静かなブームとなっている、北海道の木彫り熊をひも解く一冊。
本棚に埋れそうで埋れない、不思議な存在感の一冊がある。文庫本をふた回り大きくしたくらいのサイズで、80頁ほどをホチキスで綴じてカバーをかけた簡易なつくり。表紙には、まっ黒の背景にずんぐりとした熊の絵と、子どもの習字のような拙い字で「熊彫」と書かれている。
いま再評価されている、北海道の“熊彫”とは。
ここ数年、木彫りの熊の人気が高まっていることをご存じだろうか。いわゆる北海道土産の定番としてみられていたものが、実はつくり手によって特色があり、作品と呼ぶべき優れたものが少なからず存在するという。手仕事ならではの素朴さはもちろん、なんといっても愛らしさがある。来歴をひも解くと北海道史とも絡みあうこの“熊”たちは、いまその価値が見直され、愛好家や骨董店から一般にまで人気が広がり、静かなブームとなっているのだ。
この本は、名古屋のギャラリーで行われた展覧会に合わせて出版されたものだ。2017年に初版で1000部が刷られ、19年2月には第二版がやはり1000部で刷られている。税抜きで¥1,500と値段は決して安くはないが、それでも求める人が絶えない事実は“熊彫”熱の広がりを伝えている。
八雲町の木彫り熊をめぐる、貴重な記事。
本の内容は、展覧会と関連している。木彫り熊のルーツが意外にもスイスの民芸品だったことはすでに知られているが、それを北海道に持ち込んだ張本人、尾張徳川家第19代当主の徳川義親がなぜこの熊を持ち帰ったのか。またその後いかに広まったのか。その考察はとても詳しく、読み応えがある。多くの“熊”を写真で紹介するページも見どころで、さらに北海道八雲町の木彫り熊史や、八雲を代表する作家のひとり、柴崎重行をめぐる対談など、骨太で、丁寧に綴られた記事は、木彫り熊に関する様々な発見をもたらしてくれる。
木彫りの熊に劣らず、つくり手の素朴で熱い思いが込められたこの一冊は、昨秋、東京都現代美術館で行われたTOKYO ART BOOK FAIRで手に入れた。今年はヴァーチャルで行われるが、世界中から何千、何万という個性的な本が集まり、2万人を超えるアートブック好きが足を運んだ大規模なイベントだ。その会場でこの本を手に取ったのは、直前に北海道阿寒を訪れ、木彫の巨匠、藤戸竹喜の熊に出合った直後というタイミングが大きな理由であったことは間違いない。けれどもそもそも、あの膨大な本の海でこの本にたどり着いたのは、なにか偶然の力があったと感じている。
そんなつながりが生まれるのも、物質として存在する本ならではの面白さだ。膨大な情報が漂うウェブの世界で、同じような感覚を得ることはなかなか難しいだろう。ウェブメディアに日々携わる身ながら、ふと思う。(編集KI)
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