世界の山々と遊んだ画家・熊谷榧。彼女の真っ直ぐな眼差しの先にあるものとは。
――自分の作品を通じて、伝えたいのはどのようなことですか?
「別にないですよ。山とスキー、それから絵を描くことが好きなだけなので」
赤い髪がよく似合う91歳の画家・熊谷榧(くまがい・かや)さんは質問にそう答えて、少し笑った。
長年にわたり国内外の山々を旅し、作品制作を続けてきた榧さん。現在、自身が館長を務める東京・豊島区の熊谷守一美術館内のギャラリーで企画展を開いている。先日足を運んだ際に、在廊していた榧さんに話を聞くことができた。
榧さんは「画壇の仙人」とも呼ばれた熊谷守一の次女として1929年に東京で生まれた。父の影響で幼少から絵を描くことが好きだったというが、第二次世界大戦が激化する中、「芸術どころではない」と大学では物理学を専攻していた。
しかし戦後、大学の友人に連れられた上高地旅行で山と出合ったことが、榧さんの人生における一つの分岐点となったそうだ。
「上高地から残雪の穂高岳を見て、『こういう世界があったのか』と。東京に生まれて、それまで山なんて知らなかった」
榧さんは目を輝かせながら、およそ70年前を振り返った。その旅行を契機に登山や山スキーを始めて山岳世界に魅了されていき、山や雪をテーマとした作品を描くようになった。アルプスなどのヨーロッパの山へもたびたび出掛け、自然と戯れ、そして絵を描いた。
「山スキーはやり出すと、面白くてもうやめられない。やってみればわかりますよ。山へ行く時はスケッチブックを持って行かないことはなかった。すぐに取り出せるようにいつも胸元に付けた専用バッグに入れてね」
開催中の企画展では、1960年代から近年までの油彩作品27点を展示している。榧さんの作品は、壮大な自然風景だけでなく、山や雪と遊ぶ人々や、その愉しげな気配を描いたものが多い。
彼女のまなざしは、山やスキーとともに、自然を愛する人々へも向けられてきたのだろう、と感じられた。自らの「好き」に対して素直に制作された作品は、いずれもパワーに満ちている。
『熊谷榧 山々とスキー』
開催期間:2020年12月8日(火)〜2021年1月17日(日)
開催場所:豊島区立 熊谷守一美術館 3Fギャラリー
東京都豊島区千早2-27-6
TEL:03-3957-3779
開館時間:10時30分〜17時30分(最終入館は17時)
休館日:月、2020年12月21日(月)〜2021年1月7日(木)
入館無料(1F、2Fの熊谷守一作品の常設展示は一般¥500)
※1Fの併設カフェ「Café Kaya」は新型コロナウイルス感染拡大の影響により休業中
http://kumagai-morikazu.jp/