連載「My watch, My life」Vol.1
腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。この連載では、各業界で活躍するクリエイターやビジネスパーソンに愛用腕時計を紹介してもらい、“腕時計選び”から見えてくる仕事への哲学や価値観などを深掘りする。
2018年に設立したブランド、ヨーク(YOKE)で22年に「Tokyo Fashion Award 2022」を受賞、24年には初の直営店を構え海外市場への展開も進めるなど、近年注目を集めるデザイナーの寺田典夫。愛用する時計はふたつに絞っているという彼に、話を聞いた。
ロレックスの中でも、異端な一本に惹かれた

2018年に寺田が設立したヨークは、現在国内50店舗、海外20店舗のセレクトショップに展開し、シーズンごとに約100型の新作を発表している。その中で毎シーズンこだわっている商品のひとつが、グラフィックパターンをあしらったニットだ。
「ブランドを立ち上げる時は、ニット専業でいこうと思っていたくらい、ニットには特別な思い入れがあります。編み方ひとつで生地の特性が変わるし、ローゲージならザラっとした質感、ハイゲージならツヤ感が出る。色の入り方も違うし、構造次第で伸縮性や通気性の機能も変わる。編み構造や原料次第で、いくらでも表情を変えられるところが面白いんです」
多様なニュアンスを、緻密な設計でひとつの生地に編み上げ、そしてひとが着る洋服にする。そんな寺田のニットへの視点は、いくつもの部品で成り立つ時計というプロダクトにも自然と重なっていく。

そんな彼が初めての一本として選んだのは、1999年製のロレックス「チェリーニ」。ホワイトゴールドのケースに、シェルの文字盤。アラビア数字のインデックスがすべて中央に向かって配置された独特のデザインだ。ヴィンテージウォッチを扱う友人のギャラリーで出合った。
「ロレックスといえばサブマリーナやエクスプローラーのようなスポーツウォッチのイメージが強かったのですが、その中でチェリーニは異質な存在だと感じました。服のデザインでもそうですが、僕は、みんなが選ばないものに惹かれるんですよね。チェリーニは、派手さはないけれど繊細な美しさがある。シェルの文字盤は光の加減で表情を変えるし、数字の配置も普通じゃない。その“普通じゃない”感じが、自分に合っている気がしました」
ロレックスへの憧憬やチェリーニというモデルの魅力を紡ぎながら「でも」と、寺田は言葉を継ぐ。
---fadeinPager---

「この時計が好きな理由はいくらでも挙げることができます。でも、なぜ買ったのか、と突き詰めて考えると、いちばん深い理由は僕のことをよく知る友人が薦めてくれたから、だったかもしれません」
寺田にとって、人と人とのつながりはなによりも大切なものだ。ブランド名に選んだ“YOKE”は、洋服の切り替え部分であるヨークに由来する。その役割は、異なる生地をつなぐこと。寺田は、服づくりも同じように、生産者、流通、販売、そして着る人すべてをつなぐものだと考えている。
ブランドを立ち上げたばかりのファーストシーズン、展示会で印象的な光景を目にした。友人がパートナーと同じ服を共有して着ていたのだ。「服は共有できるものなのか」——その瞬間、寺田の服づくりに対する意識が変わった。服を通じて人と人がつながる、新しい可能性に気づいたのだ。以来、ヨークでは男女でシェアできるアイテムを提案し続けている。
つまり寺田がいう「友人が薦めてくれたから買う」という理由は、決して軽いものではない。身につける時計も人との関係性の中で選び取る、特別な時間の刻み方だ。

展示会やランウェイショーには、決まってチェリーニを着ける寺田。特別な日にこの時計を身に着けることは、その日の自分を特別な存在へと引き上げるための儀式のようなものだ。時間は誰にとっても等しく流れるが、時計を選ぶことで、その時間をどう刻むのかを自ら決めることができる。
寺田がチェリーニを選ぶのも、その背景と無関係ではない。洋服をつくるという行為は、単に布を縫い合わせることではない。フォルムや質感、ディテールの積み重ねが、最終的に着る人の姿をかたちづくる。チェリーニもまた、時計という道具の枠を超え、寺田の美意識をかたちにするためのオブジェとなっている。
---fadeinPager---
気負わず着けられる、日常使いのタンク

一方で、カルティエの「タンク」を手にしたのは、つい最近のことだ。40歳を迎え、自分のスタイルに新たな変化を求めていた。
「タンクはずっと気になっていた時計のひとつでした。でも、ゴールドの時計を自分が着けるイメージが湧かなかったんです。ところが、あるときゴールドケースにアイボリーの文字盤の一本を見た瞬間に、これならいまの自分にしっくりくるかもしれないと思って。実際に着けてみたら、そのフィット感に納得しました」
「タンク」は、1917年に生まれた腕時計。戦車のキャタピラーをモチーフにしたケースデザインは、直線的で無駄のない構築美を持つ。ミニマルなフォルムの中に、力強さとエレガンスが共存している。それは、ヨークの服づくりにも通じる部分がある。
「時計を買うことは、服を選ぶこととは少し違う感覚です。服は、気分や季節によって変えていけるもの。でも、時計はもっと長く付き合う存在。自分がどうありたいか、どんな時間を過ごしていきたいか。そういうことを考えさせられるんです」
普遍的な魅力を放ち、長年にわたって愛されてきたタンク。だが決して陳腐なものにならず、少しずつかたちを変えながら、ファッションアイテムとして揺るがない。そんな一本を日常使いとして気に入っている。


今後ヨークは海外市場の拡大を視野に入れ、ニューヨークやパリでの展開に向けて意欲を見せる。
「日本国内ではある程度認知が広がってきたので、次のステップとして海外市場を強化していきたい。特に今年は欧米のバイヤーさんたちからの反応がよかったので、そこにしっかり根を張っていきたいですね」
ヨークの世界観は、今後どこまで世界とつながっていくのだろう。