名画を引用した作品から10万円のうまい棒まで!? 松山智一による東京初の大規模個展が開催中

  • 写真・文:中島良平
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松山智一(まつやま・ともかず)⚫︎現代美術家
1976年、岐阜県生まれ、ブルックリン在住。絵画を中心に、彫刻やインスタレーションを発表。近年の主な展覧会に『Mythologieques』(ヴェネツィア/イタリア、2024年)、『松山智一展:雪月花のとき』(弘前れんが倉庫美術館/青森県、2023年)、『MATSUYAMA Tomokazu: Fictional Landscape』(上海宝龍美術館/中国、2023年)など。バワリーミューラルでの壁画制作(ニューヨーク/アメリカ、2019年)や、『花尾』(新宿東口駅前広場/東京、2020年)など、大規模なパブリックアートも手掛ける。

麻布台ヒルズ ギャラリーを会場に、ニューヨークを拠点にグローバルな活躍を見せるアーティスト、松山智一の個展が5月11日まで開催されている。キャリアのターニングポイントとなった代表作のひとつである2016年作の『We Met Thru Match.com』から、展覧会タイトルでもある新シリーズ「First Last」が披露されるほか、鏡面仕立てのステンレススチールによる立体作品までが華やかに会場を彩る。「最初で最後(の)」「前後を通じて」「総じて」などを意味する「First Last」をタイトルにした意図を尋ねた。

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展示室1「Homecoming Day」展示風景より、手前の立体作品が『He Sits She Reads』(2023)、奥の絵画作品が『We Met Thru Match.com』(2016)。

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古今東西のモチーフをリミックスする

「うちの父が牧師で、幼い頃からキリスト教の教えを受けてきました。この“First Last”でキリスト教の教義を語りたいわけではないのですが、イエス・キリストが弟子たちに向かって、何年間(神の教えに)コミットしようが、コミットできていることそのものが幸せなのであり、そこに早くからコミットしているか後から入ってきたのかは重要ではない、というようなことを伝えたと言われています。それが聖句として『後の者が先になり、先の者が後になる(=First Last)』になったのだと。

ニューヨークでの活動もなかなかアートで報われることはなかったけど、使命感のようにこれだけをやり切るんだという信念にしてアートを続けてきました。そしてようやく20年以上が経ち、東京で大規模な展覧会に呼んでもらえた。続けること、信じることが自分の哲学でもあり、そうしてきてよかったという思いがあります」

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ともに、展示室2「Fictional Landscape」展示風景より。2016年に始まった「Fictional Landscape(仮想風景)」シリーズ。東洋の美意識をベースに持ちながら、多様な文化や時代のモチーフを混淆することで「時間と文脈、地域性から解放してくれる」と松山は語る。

松山の作品を特徴づけているのは、古今東西を問わずさまざまな文化から題材を切り取り、マッシュアップして1枚の画面を生み出す手法。音楽もファッションもサンプリングによって新しいスタイルが生まれる現在、エディットを徹底することで出典元の境界を消し、松山の作品世界として提示する。

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作品が集まり、紡がれるメッセージ

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展示室3「Broken Kaleidoscope」展示風景より。最新のインスタレーション作品『Bronken Kaleidoscope』はさながら『不思議の国のアリス』の世界。イギリスの伝統的なフローラル壁紙を引用したパターンの空間に、手のひらサイズの磁器人形を巨大化させた立体が配置され、現実と虚構が交錯する空間への没入を促す。

展示全体に一貫して繰り広げられるのは、眩いばかりの色彩表現。松山がオリジナルで作った何千もの色のストックが、さまざまな技法によってさまざまなモチーフの描写に用いられ、画面上で響き合う。そして、展示空間のデザインもアーティスト自らで行った。展示作品の関係性を空間で紡ぎあげるような作業だったのではないかと想像する。

「作品ひとつひとつに記号のように織り込まれたものが単語だとすると、それがつながって文章が生まれます。そして、ひとつの部屋でパラグラフになり、展示全体がひとつの物語になるというのを狙ったのですが、それぞれの作品がクロスボーダーであり、グローバリズムの現在がどこにあるのかというメッセージを展示全体で伝えられたのではないかと思います」 

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ともに展示室4「Pan-Am Spiritual」展示風景。鏡面仕上げされたステンレス鋼製の立体作品『Dancer』(2022)は、その表面に映り込む空間の動きや色も作品の一部となる。

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ボッティチェリからウォーホルまで引用

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展示室5「First Last」展示風景より、『Passage Immortalitas』(2024)。ボッティチェリの『チェステッロの受胎告知』(1489-90)を引用し、処女懐胎の純白さを表現しながらも、食べかけのピザやプロテインの袋が散らばり、机には美術書の数々が。俗世の食欲や知欲を断ち切れない痕跡が描かれている。

展示室5「First Last」に並ぶのが、展覧会タイトルにもなった最新作シリーズ「First Last」と「Equestrian(騎馬像)」の新作だ。誰もが等しく神に救われることを教える聖句「後の者が先になり、先の者が後になる」にちなんで制作された「First Last」シリーズ。複数の場所をつなぎ合わせた背景と、西洋名画のシーンを現代の装いで再演する人物が特徴的であり、分断や対立が深化し、情報操作やフェイクニュースも蔓延するなど、混沌とした今の時代を、ルネサンスや近現代の絵画の主題を参照しながら批評的に捉えようと試みた。

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展示室5「First Last」展示風景より、『Black Mao, Yellow Beuys』(2023)。タイトルが指すのは、アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品『Mao』(1972-73)と『Joseph Beuys』(1980)をもとにした、黒人になった毛沢東とアジア人となったヨーゼフ・ボイスの肖像画。ニューヨークでの暮らしから、人種問題が作品テーマとなることもよくある。
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展示室5「First Last」展示風景より。東西の美術史のなかで、争いや権力のプロパガンダとして描かれてきた騎馬像をモチーフに手がけている「Equestrian(騎馬像)」シリーズの新作の立体作品も展示。

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また、下のフロアのミュージアムショップももうひとつの展示スペースとなっており、購入できるコラボレーションアイテムが並ぶ。

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A-POC ABLE ISSEY MIYAKE×Tomokazu Matsuyama 三宅一生が提唱した「一枚の布」のコンセプトを発展させていくブランドであるA-POC ABLE ISSEY MIYAKEとのコラボレーションで、トップ画像の写真で松山が着ていたコートと、33点のキャンバスからなる抽象作品『Cluster 2020』(2020)を引用し、33着のTシャツを協創。

 

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うまい棒×Tomokazu Matsuyama 国民的駄菓子「うまい棒」《げんだいびじゅつ味》の価格は、10万円。15円(かつては10円)のうまい棒に、アートという言語により新たな価値を創出することができるのか。コンセプチュアルな作品として手がけた。

色彩豊かな大型作品を全身で体験し、そこに描かれたモチーフや手法の混じり合う様子を読み解いていくと、松山が「芸術家の仕事は世相をなぞること」と話すように現代社会の姿が浮かび上がってくるように感じられる。そして、階下に向かうと、消費意欲を刺激される商品としてであったり、コンセプチュアルにアートの価値を考えさせる対象としてであったり、また異なる視点からアートを味わえる仕掛けとなっている。作家自身が手がけた空間構成も魅力的だが、その2フロアの使い方も気が利いている。

松山智一展『FIRST LAST』

開催期間:2025年3月8日(土)〜5月11日(日)
開催場所:麻布台ヒルズ ギャラリー
東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階
TEL:03-6402-5460(11時〜17時)
開館時間:10時〜18時(月〜木、日)、10時〜19時(金、土、祝前日)
※4/18(金)のみ10時〜18時
※展示室入場は閉館の30分前まで
無休
入館料:一般 WEB販売・店頭販売¥2,200、会場販売¥2,400
https://www.tomokazu-matsuyama-firstlast.jp/index.html