【Penが選んだ、今月の音楽】
『ホープ・ハンドリトゥン』

分断と差別を煽り、真実に嘘を上書きするドナルド・トランプ大統領のもと、急速に独裁国家への道を歩みつつあるアメリカ。音楽界にも衝撃は広がり、嫌気が差したブルース・スプリングスティーンなどはカナダ移住を決意したといわれている。
大統領と音楽界の関係はこれまでおおむね良好だった。とりわけバラク・オバマ元大統領が年2回発表するお気に入り音楽のプレイリストは蜜月関係を象徴した。それは退任から8年経ったいまも続き、センスのよい選曲が毎回話題となっている。
初のフル・アルバム『ホープ・ハンドリトゥン』を発表したホープ・タラは、そのプレイリストにこれまで3度選定された唯一のアーティストだ。人気TVドラマ『ゴシップガール』新シリーズのオープニング曲にも採用された「All My Girls Like To Fight」を2020年のリストに選出して以来、すっかり彼女はオバマのお気に入り。昨夏のリストにもアルバム収録曲「I Can't Even Cry」が選ばれていた。
そこまでオバマを魅了する彼女の魅力とはなにか。それはR&Bにボサノヴァを融合させ、音楽的多様性と独創性を際立たせた新感覚のネオソウル“R&Bossa”の曲調にあるといっていいだろう。適度にエスニックでやわらかくオーガニックな聴き心地は、アコースティック・ギターの清心な響きも手伝い、心を静かにゆさぶり、魂のデトックス効果を促進させる。
澄んだ歌声で紡がれる哲学的な歌詞も、オバマ好みに違いない。愛や自己探求、人間性についての深い考察を手書きのようにていねいに描き、聴き手に誠実で親密な物語を伝えるさまは彼女が学んだ英文学とは異次元の音楽のチカラを実感させる。名門ケンブリッジ大学の修士課程のオファーを蹴り音楽の世界に進んだ決意が結実している。

※この記事はPen 2025年5月号より再編集した記事です。