ついに横浜美術館が全館リニューアルオープン! コレクションに立ち返る企画展が開催

  • 写真・文:中島良平
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横浜美術館

2021年3月より、開館以来初となる大規模工事のために休館していた横浜美術館。昨年より部分的にオープンし、2025年2月8日に全館リニューアルして再開館した。そして始まったのが、横浜美術館リニューアルオープン記念展『おかえり、ヨコハマ』だ。「横浜」をキーワードに、美術館のコレクションに立ち返る展覧会として6月2日まで開催されている。「3年ぶりに横浜美術館が帰ってきた」という意味と、「異なる時代にいろいろな地域からやってきて横浜に暮らした(あるいは現在暮らす)さまざまな人たちを、あらためて『おかえり』と言って迎え入れたい」という希望が展覧会タイトルに込められている。

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開館当初の丹下健三の構想に、回帰

展示を見る前に、リニューアルした建物から見ていきたい。いくつかのポイントで、1989年に丹下健三の設計によって開館した当初の構想が復活した。そのひとつが、みなとみらい21地区の街区と館内のグランドギャラリーとのシームレスなつながりだ。広場としての美術館を構想した丹下は、誰でも気軽に立ち寄ることができ、用途を限定しないスペースを設けることを目指した。そこに立ち返り、誰もが気軽に使える家具を設置した広い「じゆうエリア」を設けた。

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ガラス張りの天井の改修工事も行われ、天井から柔らかな自然光が降り注ぐことで、より広く感じられる明るい大空間となった。
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エントランスから入ってすぐに広がる大空間「グランドギャラリー」を中心とする無料エリア。建築家の乾久美子がデザインした家具のキーカラーには、建物の素材である御影石に含まれたピンク色をサンプリングした。

『おかえり、ヨコハマ』のために檜皮一彦に委嘱して制作された作品を見ながら大階段を上り、3階展示室へと向かう。古代から現代までの横浜を「みなと」でつなぎ、展示は8章立てで構成されている。横浜美術館のコレクションから名作の数々を新たな視点で紹介するほか、横浜市歴史博物館、横浜開港資料館、横浜都市発展記念館、横浜市民ギャラリーといった市内の施設が所蔵する作品や資料も展示。リニューアル後の活動理念の柱として掲げる多様性を提示すべく、200点を優に超えるメディアもさまざまな作品と資料が展示されている。

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檜皮一彦『walkingpractice / CODE: OKAERI [SPEC_YOKOHAMA]』2024年 作家蔵 車椅子ユーザーである作家が手がけた新作はふたつのプロジェクトで構成。横浜の街で障害物に花を咲かせながら歩いて映像に収め、横浜美術館の建物を特徴づける大階段から皆で同じ景色を見るために車椅子でも移動できるスロープを張り巡らせた。

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第1章 みなとが、ひらく前

1859年の開港以前の横浜は小さな漁村に過ぎなかったというのが定説だが、実は縄文時代から、現在の横浜市域には多くの人が暮らしていたという。横浜市歴史博物館の協力を得て、古代からの横浜での人の営みを遺物や作品で辿る。

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『人面付土器(鶴見区上台遺跡)』弥生時代後期 横浜市歴史博物館 再葬墓という遺体を一度土に埋めるなどして白骨化させ、土器に納めて再び埋葬した文化の影響を受けたものだと考えられている。

第2章 みなとを、ひらけ

1959年の開港を経て、貿易開始に伴う物価高騰が庶民を苦しめ、生麦や井土ヶ谷で外国人襲撃事件が起こるなど、きな臭い空気が生まれた。一方で西洋風の街並みが出現するなど、海外からの文化も流入した。

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歌川芳員『横浜明細全図』1868年 横浜美術館 齋藤龍氏寄贈 江戸が終わる4年前の横浜の図。中央にある2本の突堤の左が現在の「象の鼻」。

第3章 ひらけた、みなと

文化と文化がぶつかるところ、文化人類学でいうコンタクト・ゾーン(接触領域)にあたる横浜。外国人向けの土産物や輸出用に絵画や工芸品が盛んに作られ、写真館もいち早く開業したという。

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綿野吉二『色絵蝶文碗・皿』『色絵花鳥文花瓶』明治時代 田邊哲人コレクション 横浜美術館に寄託
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五姓田芳柳(伝)『外国人男性和装像』『外国人女性和装像』(中央2点、いずれも制作年不詳)のような絵画は、外国人を喜ばせるために生まれた表現の典型だと言えるだろう。

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第4章 こわれた、みなと

開港から30年後の1889年に市政が敷かれた横浜には、土木や輸出入の仕事を求める人々が各地から集まり、人口は膨れ上がった。この時代に多くの画家を支援したのが、名勝・三溪園を造園した資産家として知られる原三溪。横浜は経済的にも文化的にも発展を続けたが、1923年には関東大震災に襲われる。

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(右)清水登之『ヨコハマ・ナイト』1921年 横浜美術館 左の丘が野毛、右の丘が山手、遠くに川と海が見える。震災で失われることになる横浜の貴重な情景が描かれた。

第5章 また、こわれたみなと

世界恐慌による打撃を乗り越え、徐々に震災からの復興を果たす横浜。1930年には山下公園が完成。破損した橋も架け替えられ、繁栄を謳歌する横浜(あるいは日本)だが、満州事変によって国際社会から孤立し、国際連盟を脱退するに至る。国際的な存在感を高めようという意欲的なムードと、戦争へと突き進む危うさとが同居するこの時期にはどのようなアートが生まれたのだろうか。

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片岡球子『緑蔭』1939年 横浜美術館所蔵(片岡球子氏寄贈) 34歳だった画家が、現・横浜市立大岡小学校で担任した学級の教え子たちを描いた作品。朝鮮半島を日本が占領していた当時、朝鮮の子どもたちも通っていたことが韓服を着る児童の姿によって描写されている。
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松本竣介が戦中から戦後にかけて繰り返し描いた「Y市の橋」は、横浜駅そばの月見橋を描いたシリーズ。まとめて紹介されるのは初めてであり、『横浜風景』(1941年、個人蔵)と題する作品とあわせて景色の変化を捉えている。

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第6章 あぶない、みなと

1945年5月の大空襲で大きな被害を受け、戦後には港や繁華街を含む広い範囲が占領軍に接収された。占領下の横浜の様子に焦点を当てたこの章では、戦後の混乱を引きずりアクション映画の格好の舞台となった横浜の、“港の倉庫”や“犯罪組織”などのステレオタイプともいえるイメージが炙り出される。

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(手前)常磐とよ子『ミナトのマリー 横浜 本牧』1982年 横浜都市発展記念館 栗林阿裕子氏寄贈 戦後に街娼として働いていたと言われる「マリーさん」は、その存在が謎に包まれていたことから歌や演劇、映画などのモチーフにもなった。
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(手前)篠原有司男『ラブリー・ラブリー・アメリカ(ドリンク・モア)』1964年 横浜美術館 ニューヨークを拠点に現在も精力的に制作を続ける「ギュウちゃん」らしいミクストメディア的絵画作品。

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第7章 美術館が、ひらく

好景気を追い風に、1983年より三菱重工横浜造船所の跡地でみなとみらい21地区の開発が始まり、1989年の『横浜博覧会(YES’ 89)』開催にあわせて横浜美術館が開館した。開館前後に収蔵され、親しまれてきたコレクションの名品の数々が展示される。アーティストとモデルの関係を意識して選ばれた作品が並んでいることに注目したい。

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右はセザンヌが夫人のオルタンス・フィケ=セザンヌを描いた『縞模様の服を着たセザンヌ夫人』(1883-85年、横浜美術館)。
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ブラッサイ『アンリ・マティスとそのモデル』1939年 横浜美術館 右がマティス、左はロシア出身で革命を逃れてパリに亡命したリディア・デレクトルス。家事全般をこなし、モデルも務めるようになったリディアが原因となり、マティス夫人のアメリーは1939年にマティスのもとを去った。

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第8章 いよいよ、みなとが、ひらく

子どもたちのために選んだ作品と、新しい船出を飾る2010年代以降の作品で構成する最終章。

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2025年3月に逝去した折元立身の作品も並ぶ。左のモニターに映る『ベートヴェン・ママ』(2012年、黒木健一氏蔵)は、折元がずっと同居していたアルツハイマーを患った母親の頭を「ベートーヴェンのようにくしゃくしゃにする」パフォーマンスの映像作品。右手奥の写真作品は、『パン人間の息子+アルツハイマー・ママ』(1996年、作家蔵)

第8章の展示パネルに書かれている、横浜美術館の新しい船出に向けてのステイトメントを引用して締めくくりたい。

「どんな子どもにも(そして、わたしたち大人ひとりひとりの中にいる小さな子どもにも)、無限の可能性があります。そんな彼らに、深く考えたり心を躍らせたりする機会をできるだけたくさん提供すること。それが、これまでも、この先も、わたしたち美術館が担うべき、大切な役割です」

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淺井裕介『八百万(やおよろず)の森へ』2023年 横浜美術館(横浜信用金庫創立100周年記念寄付による購入) 横浜各地から集められた土をボランティアの手でふるいにかけ、「絵具」を作り、描き上げられた、大小4種のパネル9枚で構成される作品。新収蔵作品として特別展示されている。

横浜美術館リニューアルオープン記念展
『おかえり、ヨコハマ』

開催期間:2025年2月8日(土)〜6月2日(月)
開催場所:横浜美術館
神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
TEL:045-221-0300(代表)
開館時間:10時〜18時
※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日:木(3月20日は開館)、3月21日(金)
入館料:一般¥1,800
※期間限定、枚数限定のお得な「横浜美術館パスポート2025」(4,000円)は、美術館券売所でのみ販売
https://yokohama.art.museum/exhibition/202502_welcome_back_yokohama/