【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『エッシャー完全解読 なぜ不可能が可能に見えるのか』

オランダ人の画家であるM・Cエッシャーの作品は、不可能建築と呼ばれる『物見の塔』『上昇と下降』『滝』がそうであるように、“だまし絵”、すなわち錯視図形である。だが、トリックアートのたぐいとは決定的に異なるのは謎解きの難しさだ。しかも、解明されている謎もあるものの、隠されていることは未だ多い。本書の著者はその点に執着し、未知のトリックを探して謎を解き明かそうとするのだ。
とはいえ、それは目も眩むような作業であり、必ず答えが見つかるわけでもない。しかも、著者はそもそも生物学者なのだ。つまり、エッシャーに対する純粋な好奇心と熱意だけを拠り所にして、謎を解明しようと試みているのである。
たとえば『物見の塔』のトリックを解明するため模型をつくろうとする際にも、エッシャーが生きた時代になかったものは使いたくないと考えた著者はCGに頼らず、代わりにレゴを用いている。このブロック玩具は1953年に現在の構造に近い商品が発売されていたため、『物見の塔』が制作された58年に、エッシャーがレゴを手に入れていた可能性もありうると考えたからだ。
そんなところも含め、発想の自由度と行動力には驚かされる。だが、そう簡単に謎を解明できるはずもなく、多くの壁と疑問に向き合うことになる。
そのひとつが、エッシャーのバックグラウンドである。彼は数学者や結晶学者たちと交流を持ち、数学的な概念を吸収したが、いつも落第点を取っているほど、学生時代の数学の成績は芳しくなかったのだ。数学者たちと交流するようになってからも、数学がわからないと語っていたという。なのに、なぜあれだけ緻密な計算が成り立つのか。なかなか“答え”にたどり着かないからこそ、好奇心を刺激してやまないのだろう。
※この記事はPen 2025年4月号より再編集した記事です。