今月のおすすめ映画①『教皇選挙』
新教皇を決める舞台裏を描いた、緊張感と衝撃を放つ政治ドラマ

カトリック教会の最高指導者である新教皇を決める、コンクラーベ。謎に包まれた選挙の裏側では、どのようなドラマが渦巻いているのか。今年の賞レースを騒がせている問題作が、ついに日本に上陸する。
ローマ教皇が急逝し、悲しみに浸る間もなくコンクラーベを執り行う役目を負ったローレンス枢機卿。世界中から100人以上の候補者が集まり、さまざまな思惑が交錯することになる。
Netflix作品『西部戦線異状なし』で高い評価を得たエドワード・ベルガー監督は、宗教画を描くような厳かな手つきで、儀式のスペクタクルを切り取っていく。密室で絡み合う、信仰と欲望、差別や策略、そして多様性。極上のミステリーに引き込まれるうちに、聖職者もまた人間であるという当然のことを思い知らされる。枢機卿たちが集う場所は、イデオロギーが衝突し、争いが絶えない世界の断面図とも言えるかもしれない。
秘密の儀式の案内人のような主人公、ローレンスを演じるのはイギリスの名優、レイフ・ファインズ。ローレンスの葛藤と憔悴を細やかに表現した彼の芝居によって、モラルを巡る物語に、より一層の奥行きが生まれている。さらに、声なき存在とも言えるシスターを演じたイザベラ・ロッセリーニの切れ味と凛々しさも忘れがたい。
緊迫感たっぷりに織り上げられた物語の最後には、思わず声を上げそうになるほどの衝撃的な告白が待ち受けている。呆然としながら映画を観終わった瞬間、ある人物に視線を向けて冒頭から観返したくなる観客も少なくないだろう。『教皇選挙』は何世紀にもわたって行われてきたコンクラーベの舞台裏を描いたミステリーであると同時に、きわめてモダンで切実な問いを投げかける政治ドラマだ。いま、観るべき映画と言うほかない。

『教皇選挙』
監督/エドワード・ベルガー出演/レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチほか
2024年 アメリカ・イギリス映画 2時間 3月20日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画②『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
シャラメの演技が魂をゆさぶる、何者でもないボブ・ディランの青春

1960年代初頭、ニューヨークへとやって来たミネソタ出身の若きミュージシャン、ボブ・ディラン。フォーク歌手のジョーン・バエズやピート・シーガーと交流しながら才能を開花させた彼は、時代の寵児になっていく。まだ何者でもなかったディランの青春を瑞々しく描き出したのは『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』のジェームズ・マンゴールド監督。吹替なしでディランを演じるティモシー・シャラメのパフォーマンスが魂をゆさぶる。
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
監督/ジェームズ・マンゴールド出演/ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートンほか
2024年 アメリカ映画 2時間20分 TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『レイブンズ』
伝説の写真家・深瀬昌久に迫った、浅野忠信による圧巻の熱量

父の写真館を継がず、北海道から上京した深瀬昌久。恋に落ちた洋子を被写体に、彼にしか撮れない作品を生み出していく。イギリス人監督のマーク・ギルが実話とフィクションを交え、伝説の写真家の人生を映画化。心の深層を可視化したようなクリーチャーを登場させながら、撮るという行為にのみ込まれていくような深瀬に迫った。昭和のムードを感じさせる映像と音楽、なによりも深瀬の自由で純粋な魂を体現した浅野忠信の芝居に圧倒される。
『レイブンズ』
監督・脚本/マーク・ギル出演/浅野忠信、瀧内公美ほか
2024年 フランス、日本、ベルギー、スペイン映画 1時間56分 3月28日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2025年4月号より再編集した記事です。