東京都写真美術館で開催中の『総合開館30周年記念 鷹野隆大 カスババ この日常を生きのびるために』展。2005年に発表した写真集『IN MY ROOM』で第31回木村伊兵衛写真賞を受賞し国内外で活躍する写真家、鷹野隆大が初公開作品を含めた多岐にわたる作品を紹介する注目の展覧会だ。
都市空間をイメージした回遊型の展示構成
タイトルになっている「カスババ」とは鷹野の造語で「カスのような場所」を意味する。都会の雑居ビルや路地、看板や側溝のような誰も目に留めないような場所にあえてレンズを向けた作品群だ。「もともと私は東京の都市景観が好きではありませんでした。古いものと新しいものが混在し、道はグニャグニャと曲がり坂道も多く乱雑。すべてがバラバラに並列して存在しているのが許せなかった」と鷹野は言う。しかし若い頃は受け入れられなかったその光景が実は自分にとって一番身近な場所だったということに思い至る。「そこに存在するものをなかったものとして扱うのは、ある意味暴力的な行為なのではないかと思ったのです」

なんのモチベーションもない対象物を撮影するのは苦痛だったという鷹野だが、オートフォーカスのコンパクトカメラで撮り続けるうちに、次第に場所のおもしろさを発見するようになった。「無理矢理シャッターを切るうちに、今まで無視したり蔑んできたものに対して敬意を抱くようになったんです。東京に象徴される日本の街並みには中心がなく、複数のものがヒエラルキーなく同時に存在している。そんな多視点の景色に、自由さを発見したのです」
展示構成を担当したのは建築家の西澤徹夫。都市空間をキーワードに構成された会場で、鑑賞者は自在に回遊しながらイメージを膨らませることができる。会場には印画紙に直接焼き付けるフォトグラムや古典技法を用いた作品、映像やインスタレーションなどさまざまな手法を用いた鷹野の作品が、公園や路地を思わせる立体的な演出で展示。街角で偶然出合ったかのように、風景や人々と対話しながら鑑賞できる仕掛けが興味深い。

鷹野は1998年から毎日最低1枚は写真を撮り続けており、『毎日写真』シリーズとして本展でもその一部が紹介されている。ほかにもセクシュアリティをテーマにした『In My Room』や影そのものを印画紙に採取した『Red Room Project』、コロナ禍で人々が触れ合うことを制限されたときの記録『CVD19』など作品のスタイルは多岐にわたる。会場の奥へと進むと、壁で仕切られた小部屋には、作家と被写体が裸体で並んだポートレートが象徴的に展示されている。「ウクライナでの戦争以降、世界の均衡が崩れつつあります。力に対して力で対抗するという構図からいったん外れることが必要なのではないかと思い、弱さの象徴としてこの作品を中心に据えました」

大規模な自然災害や感染症の世界的流行、経済発展による環境破壊や都市開発など私たちの生活は目まぐるしく変化を遂げている。2010年頃には写真もアナログからデジタルに急速に移り変わった。そんな激動の時代の流れのなかで見過ごされてきたものや弱きものを記録し続ける鷹野の写真は、「写真とはなんだろう?」との問いを投げかけているようにも思える。開館30年を迎える東京都写真美術館で、いま改めて写真の存在について、考えてみたい。
『総合開館30周年記念 鷹野隆大 カスババ この日常を生きのびるために』
開催期間:開催中〜2025年6月8日(日)
開催場所:東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
入場料:一般¥700
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4826.html