造園家・齊藤太一が実践。暮らしに植物を取り入れ、小さな習慣を積み重ねるコツ

  • 写真:齋藤誠一 
  • 編集・文:井上倫子
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齊藤太一(さいとう たいち)●1983年、岩手県生まれ。造園家、グリーンディレクター。15歳から独学で植物販売や造園を始め、2002年造園緑化事業を創業、2011年株式会社DAISHIZENを設立。暮らしの中の植物を提案する店「SOLSO」を立ち上げ、さらに商業施設やオフィスなどのランドスケープデザイン、グリーンコーディネートを手掛けている。

DAISHIZENの代表として、暮らしの中の植物を提案する店「SOLSO PARK」や、東急プラザ原宿「ハラカド」などの商業施設のランドスケープを手掛けている齊藤太一。そんな齊藤が考え、自ら実践する「ちょっといい暮らし」とは?

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いま注目される、植物のある空間

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建築家の平田晃久が設計し2024年にオープンした東急プラザ原宿「ハラカド」。DAISHIZENが手掛けた植物が彩りを与え、原宿の新たなランドマークとなっている。

2011年に会社を立ち上げた際には「普通のライフスタイルに植物を取り入れる提案をしよう」と考えていた齊藤。いまやインテリア雑誌で定期的に植物の特集が組まれ、インテリアショップにも多数の植物が並ぶほど、植物は生活に欠かせない存在となった。なぜこれほどまでに、暮らしに植物を取り入れるようになったのだろうか? 齊藤はこう語る。

「さまざまな理由があると思うのですが、コンクリートに囲まれ、エアコンがガンガンに効いているような、人工的な空間ばかりになった結果、人々が緑を求めるようになったのではと思います。結局は人間も動物で、家という自分を守るための空間に自然を置くことで、本来の動物としての自分を取り戻せると。それこそがリラックスすることなんだと思います」

 

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4月12日に新店舗「SOLSO FARM MARKET」が湘南T-SITE 2号館 1階にオープン。アウトドア&インドアグリーンだけでなく雑貨・ツールなども販売する。

そういった現代人に眠っていたニーズに、齊藤のような植物のプロだけでなく、建築やインテリア、メディアといったさまざまな分野の人たちも応え始めた。

「いまや空間に植物があったり、手つかずの自然があったりすることは、ラグジュアリーのひとつなんです。自然の中に身を置くことは、お金をかけてつくった人工物にはできない特別な体験になるんですね」

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自宅の地下1階のリビングにて。窓越しに外のグリーンがよく見えるこの空間では、少し天気が悪い時の景色のほうが美しくてむしろ好きだと齊藤は話す。

植物は育つのに時間がかかるもの。そんな植物を扱う齊藤は、さまざまなことを長い時間軸で捉えている。たとえば建築家の田根剛が設計した自宅もそのひとつだ。齊藤は自宅を“過去と未来を行き来する実験の場”だという。

「このあたりは寺や古墳があったり、僕が生まれる遥か前からの歴史が残る場所です。家をつくる際には未来の自分たちがどう過ごしたいかを描くわけですが、僕は家を実験の場と考えていて、この家のあった土地の歴史を振り返りながら、未来にどんな影響があるのかを、暮らしながら考えているんです」

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庭には木々が生い茂り、インテリアのグリーンとあいまってリビングは自然の中にいるような空間だ。

齊藤は自然を自然に維持することがいちばん難しいという。職業柄、メンテナンスや掃除が好きで、自宅の植栽だけでなく室内の土壁を維持するための塗料の実験までしているそうだ。地下1階のリビングは等々力渓谷の自然の中にいるような、仄暗い空間。上階に上がるにつれ光が入り、屋上にも植物が生い茂る。2018年に竣工した当時も、まるで昔からあったような空間だったが、それはいまも変わらない。

「長い時間軸で捉えるようになると、いろいろなことが苦じゃなくなるんですよ。植物がある空間で過ごしたほうが健康的になるという科学的なエビデンスもあって、植物をメンテナンスすることは自分を整えることにつながります。食事だって数年後の自分のためだと考えたら、少し手間でも食材にこだわってつくってみようと思ったり。未来の自分のためだと思うと、面倒だと思わずにいろいろなことができると思いますよ」

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川崎にあるDAISHIZENのオフィス「KEEP GREEN HOUSE」。たくさんの植物に囲まれた環境で働くことでスタッフたちにどんな影響があるのかを科学的に測定しているという。

さらに齊藤の視点は、地球環境という大きな領域への視点にまで及ぶ。

「プラネタリーヘルスという概念があります。暮らしに植物を取り入れたり、小さくても庭に木を植えると、地球の温暖化を低減することの一部に貢献することになるんです。植物が増えると空気がよくなり、たとえば睡眠の質が上がって人間の健康もよくなる。地球環境をよくすることは人間のためにもなっているんですよね」

SOLSOでは植物のある暮らしを提案するだけでなく、廃棄されるロスフラワーの商品も扱っている。エシカルな商品を選択したり、ヴィンテージの家具などを長く使うことも、小さなことだが地球環境を守ることにつながるという。

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お気に入りの花瓶に、花を生ける大切な時間

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河井寛次郎の花瓶は、横に広く存在感があり一輪挿しが絵になるというお気に入り。

そんな小さな「ちょっといい暮らし」を重ねることで、数年後の自分、そして環境へのよい影響へとつながる。そんなスタイルを続けるコツは、自分で決めた習慣を守ることだ。齊藤は、朝起きると近くの寺で参拝をする、赤い靴下を履くなどさまざまなルーティンを持っている。なかでもお気に入りの花瓶で花を生ける時間は特別な時間だ。

「民藝から北欧、現代の作家まで、時代も作家の国籍もさまざまな花瓶を集めています。それを使って、花を生けることは大切なルーティンですね。ルーティンがあると、それができなかった時に今日は体調が悪いな、仕事をしすぎて疲れているな、と自分の変化に気づくことができるんです。SOLSOから定期的に花が届くサービスを使って自宅の花を生けているのですが、暮らしの中に花を取り入れると季節を感じますし、そこにあるだけで気分もよくなります」

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キッチンの横で花を生ける。花屋を営んではいるが、経営者としての仕事が多い齊藤にとって、花と触れる時間は特別な時間。

他にも、人工的な光を日々浴びすぎるのは身体によくないと、夜は極力光を浴びないようにし、寝る時間も決めているという。

「特に夜に上から降ってくる光は、自然にはなく人間にとって異質なので、目線より下か、目線ぐらいのところに間接照明を付けてそれだけで過ごすようにしています。照明を集めるのも好きで、どれもヴィンテージのものですね。光量がないほうが落ち着くし、睡眠の質の向上につながっていると思います」

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左は釉薬の色が美しいフランスの作家の花瓶。花を生ける際には花瓶と花のバランスが大事だという。右は優しく照らすヴィンテージの照明。

植物をライフスタイルに取り入れることのメリットだけでなく、習慣のコツも語ってくれた齊藤。日々の暮らしを楽しむ小さな行動が、数年後の自分へ、そして大きな地球環境へとつながってゆく。