日本の武士道に縁のある“赤銅”をテーマにしたジュエリー展が、「レコール アジアパシフィック」開校5周年を記念して香港で開催中

  • 文:植田沙羅
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宝飾芸術の世界を一般に向けて紹介する世界初の学校として知られる「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」。香港にある「レコール アジアパシフィック」の開校5周年を記念し、日本の伝統的な武士の装飾品「赤銅」をテーマとした『赤銅:武士の装飾品からジュエリーまで』が4月13日まで開催中だ。

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会場となる「レコール アジアパシフィック」は、パリのヴァンドーム広場に次いで2019年にオープンした「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」2番目の常設校。

世界的なハイジュエリーメゾンであるヴァン クリーフ&アーペルの支援のもと、2012年に設立された「レコールジュエリーと宝飾芸術の学校」。宝飾芸術の世界を一般に向けて紹介する世界初の学校として知られ、ジュエリーの歴史や“サヴォアフェール”と称される匠の技、そして宝石学を探究する講義をはじめ、カンファレンストークや出版活動に至るまで、ジュエリー文化の裾野を広げる取り組みを続けている。

現在「レコール」の拠点はパリに2カ所と、香港、上海、ドバイの世界5カ所。パリのヴァンドーム広場に次ぐ2番目の常設校としてオープンした香港の「レコール アジアパシフィック」は、尖沙咀(チム・サーチョイ)にあるアートに彩られた文化的な複合施設「K11ミュゼア」内に位置している。

世界的な美術館や学術機関と連携しさまざまな研究プロジェクトを行うほか、オンライン講義やジュエリーアートに特化した図書館も提供し、老若男女問わず開かれた教育の提供を目指している。そしてこのたび、開校5周年を記念し、『赤銅:武士の装飾品からジュエリーまで』と題した展覧会を開催している。

13 - Necklace with butterflies, Japan, late 1800s, gold and silver-gilt shakudo. Private Collection. Photo - L'ECOLE, School of Jewelry Arts - B. Chelly (.jpg
24 - Bracelet, Japan, late 1800s, gilt-shakudo and shell. Private Collection. Photo - L'ECOLE, School of Jewelry Arts - B. Chelly (2).jpg
左:蝶々の羽に富士山など日本の四季の風景や草花が描かれた「蝶のネックレス」。1800年代後期の作品で、金銀の象嵌を施した赤銅。 右:江戸時代の市井の人々の風流な暮らしが垣間見える「楽器を演奏する男女を描いたブレスレット」。こちらも1800年代後期の作品。(C)L'ÉCOLE, School of Jewelry Arts - Benjamin Chelly

古くから日本において武士の刀装具として用いられてきた「赤銅」をテーマにした、世界的にも珍しい展覧会。赤銅作品における独自の技巧や歴史的背景に迫る本展では、ジャポニズムが華開いた19世紀後期のヨーロッパで生み出された、ジュエリー全36点を展示する。

日本の江戸時代の情景を金、銀、銅の「象嵌」と呼ばれる工芸技法で描いた作品は、いずれもひとつのプライベートコレクションから提供されており、一般公開されるのは今回が初めてという貴重な品々だ。展示は赤銅加工の技術的な側面を紐解く章、歴史的な背景を辿る章、そして海外からの影響を探る章の3つのセクションから構成されている。

そもそも赤銅とは、銅に金を4%ほど加えた合金のこと。その艶やかで黒々とした色味は、金工師が赤銅の表面を炭で研いで脱脂し、薬液に浸してつくりだしたもので、平安時代末期から鎌倉時代にあたる12世紀には、漆に代わって鍔や目貫などの刀装具として用いられるようになった。赤銅の技術は日本以外に古代ギリシャの叙事詩『イーリアス』などの古典にも言及があることから、今回の展示では、世界の金属工芸史における赤銅の位置づけについても紹介されている。

4 - Brooch with frogs in a water lily pond, Japan, late 1800s, gold and silver-gilt shakudo. Private Collection. Photo - L'ECOLE, School of Jewelry Arts ( (4).jpg
11 - Necklace, Japan, 1800s, gold and silver-gilt shakudo. Private Collection. Photo - L'ECOLE, School of Jewelry Arts - B. Chelly (2).jpg
左:動物を擬人化し風刺的に描写した絵巻物「鳥獣人物戯画」に着想を得て制作されたといわれる「睡蓮の池の蛙を描いたブローチ」。1800年代後期の作品で、蛙の表情や動きに至るまで細やかなつくりこみを見て取れる。 右:刀の鍔のようなフォルムの赤銅に金銀の美しい細工が施された「武士の刀の先端部(頭)に似せたパーツで構成されたネックレス」。1800年代。(C)L'ÉCOLE, School of Jewelry Arts - Benjamin Chelly

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赤銅が刀剣を彩る装飾からジュエリーへと変貌を遂げたのは、日本の激動の歴史と深く関わっている。江戸時代末期、黒船の来航をきっかけに長きにわたる鎖国を終え、欧米との国際貿易を広く再開した日本。文明開化華やかなりし明治の時代において、1876年には廃刀令が公布され、かつて特権階級だった武士の力は急速に衰えていく。刀剣の需要が先細るなか、金工師たちは明治政府の輸出政策に後押しされ、赤銅の技巧を活かしたヨーロッパ向けの装飾品をつくりはじめたのだ。

折しも当時のヨーロッパは、1867年のパリ万国博覧会をきっかけにジャポニズムが席巻していた頃。卓越した職人技と、金・銀・銅のあざやかな色彩で描かれた、まだ見ぬ日本の花鳥風月、そして生き生きとした人々の暮らしに心奪われたヨーロッパの宝飾商は、カメオやエナメル細工の代わりに、赤銅の装飾をジュエリーに取り込んでいく。

ヨーロッパの美学と日本の金工技術がひとつになり生み出されたジュエリーは、日本への憧憬を物語るものばかり。今回展示される作品群もヨーロッパの装飾品を土台に、琴を弾く女性や漁船、擬人化された動物など赤銅製のパーツが組み合わされている。来場者は拡大鏡を通して、日本の金工師が手掛けた精緻な技巧を堪能できるのも、本展の見どころのひとつだ。

展示の各セクションには香港の兩依藏博物館所蔵の刀剣や、フランスのプライベートコレクションからジャポニズムの影響を強く感じさせるポスターやデッサンが展示され、赤銅にまつわる技巧や文化を立体的に感じ取ることができる。武士の刀装具としての工芸技術からはじまり、彼方の地でジュエリーに生まれ変わった赤銅の軌跡を辿ることで、日本とヨーロッパの文化的な交流まで窺い知ることのできるこの展覧会に、是非訪れてみてはいかがだろう。

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宝飾品の展示をきっかけに、工芸技術としての赤銅製品にとどまらず日本とヨーロッパの交流の歴史をも学べる。まさにアジアの拠点に相応しい「レコール アジアパシフィック」のキュレーションは必見だ。

『赤銅:武士の装飾品からジュエリーまで』

開催期間:開催中〜2025年4月13日(日)まで
開催時間:13時~19時(特別休館を除く)※入館は閉館の30分前まで
開催場所:レコール 珠寶藝術學院
510A, 5F, K11 MUSEA,Victoria Dockside, 18 Salisbury Road, Tsim Sha Tsui, Hong Kong
入場無料 ※要予約
www.lecolevancleefarpels.com