クマタイチは、人と街とをつなぐ新しい建築のあり方を提案しながら、暮らしを豊かにする注目の建築家だ。自らの生活の延長線上にある仕事のスタイルを追った。
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人と街がつながるシェアハウス
インタビューを行ったのは東京・文京区水道橋にあるホテルの複合施設「SHORTsuido」。1階はカフェと台湾ダイナー「BANRAI HANTEN」だ。最寄駅は飯田橋、神楽坂、江戸川橋、茗荷谷。どこからも徒歩15分と決してアクセスがよいとは言えないが、印刷工場や住宅が立ち並ぶこのエリアはどこかのんびりとした空気が漂う。「昔、町の中華屋さんだった建物をリノベーションしました。昔の萬来飯店は1階から3階までが店舗で、お祭りの時期になると和室の宴会場に人々が集うような、街に愛されていた場所です。名前を英語にして、そのまま使わせてもらいました」


和室だった部屋はそのまま客室にリノベーションされ、いまも一番人気の部屋だという。宿泊客の8割は外国人だが、東京の真ん中で地元感を味わえると好評だ。「海外の知人から『東京でシェアハウスつくっているなら空いている部屋ない?』と聞かれることも多くて、それならいっそホテルをつくってしまおうと思ったんです」。全5室のスモールホテルだが、洗濯機や冷蔵庫、簡易キッチン付きの共用部もあるので、ショートステイから中長期の滞在も可能だ。
BANRAI HANTENのある文京区小日向地区から神楽坂にかけてはクマが幼少期から住み慣れた地域。2012年からこのエリアで5つのシェアハウスを手掛けているが、多くが1階に飲食店やショップを併設している。「地元ではあるんですが、中学から私立の学校に通っていたり、大学からは海外に出ることも多く、地元の友達が意外と少なくて。いま東京では街の人のつながりが希薄になっていますが、シェアハウスを手掛けるようになって、地域とつながる村みたいなものをつくりたくなったんです。シェアハウスやホテルは外部の人々を呼び込みますが、それだけだと広がりがない。地元の人とつながるために1階を店舗にしようと考えました」

1階にコンビニショップを併設した「SHAREyamabukicho」レストラン/ワインバーを併設したシェアオフィス/シェアハウス「SHAREtenjincho」もその一例だ。「山吹町のコンビニ『SHOPPE』ではカウンターで酒が飲める角打ちを展開しています。そこでは雑誌やSNSを見てやってきた20代の若者と、地元の60〜70代のおじさんが一緒に飲みながら会話をしている光景に出合える。テラスもあるので、ここに人が集っているだけで街の雰囲気がちょっと変わるんです」


クマ自身も朝はBANRAI HANTENに隣接したカフェ「Stroll_In」で朝食代わりのバナナジュースを飲みながら、定点観測するのが日課になっている。「最近はこのあたりを自転車でぐるぐる巡っています。銭湯へ行ったり居酒屋に立ち寄ったりしながら、昔からの住人の話を聞くのが楽しくて。新たな発見があります」

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バッグひとつでどこでも出かけ、土地の魅力を発見
自分の生活の延長にこんな場所があったらいいな、を形にしているクマ。日常をよくするために心がけているのはフットワークの軽さだという。「仕事でもプライベートでも、常に移動しています。家でぼーっとしていることはあまりなくて。仕事も机に向かうより、移動中の新幹線の中がいちばん集中できる。車中でパソコンを開き、トラックボールタイプのマウスを使ってがっつり仕事してますね」
移動に欠かせないのがSHOPPEでも販売しているバッグだ。「持ち物はなるべくミニマルに絞り、このバッグで3泊くらいの出張も行きます。ノートPCと充電器、水筒、下着、ホットアイマスクとスカルプブラシを入れています」。バッグひとつでどこへでも出かけ、日常をちょっとよくするためのアンテナを張り巡らせているクマ。それは従来の建築のあり方を見直すことにもつながっている。
「近年建築費の高騰がずっと続いていて、この先建築が人々の生活や文化から離れてしまうのではないかという危惧がある。だからこそ、いまあるものを楽しみながら建築との新しい接点を増やしたいと思っています。一からつくるのではなく、既存の建物をちょっと変えることで楽しくなることって結構あるんです」
中華料理店をホテルにしたり、床屋だった木造家屋をレストランにしたり、クマの手掛ける物件は、その場所の記憶を残しながら新たな人の交流を生み出している。

大のサウナ好きでもあるクマだが、仕事でもいくつかサウナの設計を手掛けている。目下取り組んでいるのはスウェーデンのサウナだ。「オスロ近郊に昔フィンランド人が住んでいたエリアがあって、中身は伝統的なスモークサウナですが建物はモダンな雰囲気になります。サウナは外に出た時の環境が大事。緑や海、湖に囲まれた環境でのサウナはより一層活性化される気がします」

フットワーク軽く移動を続けながら、その場所にしかない魅力を引き出すための場づくりをする若き建築家は、なにげない日常にこそ素敵な発見があることを教えてくれる。