大阪市内の街を歩くと、多くの近代建築が残っていることに気づく。日本屈指の大都市でありながらいまなお建物が現役で使われている理由を、厳選した8つの名建築を紹介しながら、専門家の言葉で紐解く。
大阪がいま、大きく動き出している。そんな大阪の街をより深く知るために、最新の旬なエリアから、名建築やローカルフードまで、地元をよく知る編集者やクリエイターに案内をしてもらった。第2特集では開催直前となった「大阪・関西万博」の見どころを紹介。ダイナミックに変化を続ける“いま”だからこそ出会える大阪の魅力を発見しよう。
『大阪 再発見』
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①大阪市中央公会堂 [ 中之島 ]




大阪市民に愛され続ける、中之島のランドマーク
都市化が進んだ明治時代を象徴する建物のひとつ。株式仲買人の岩本栄之助の寄付により、1918年に竣工した。公会堂のコンペには武田五一や伊東忠太など名だたる建築家が参加し13案が提出。岡田信一郎のデザイン案が選ばれ、設計は辰野金吾が担当した。岡田の案は地下1階の展示室で見ることができ、現在の公会堂と見比べてみると面白い。構造は鉄骨煉瓦造で、ネオ・ルネッサンス様式を取り入れている。
竣工後はヘレン・ケラーの講演会をはじめ、著名人から市民の演奏会までさまざまに使われてきた。71年には取り壊しが発表されるも反対運動によって88年から保存する方針に転換。2002年に改修された際には古い建築物に高い耐震性能を蘇らせる「免震レトロフィット構法」を取り入れたことなどでも評価され、重要文化財に指定された。
大阪市中央公会堂
住所:大阪府大阪市北区中之島1-1-27
TEL:06-6208-2002
営業時間:9時30分~21時30分
休業日:12/28〜1/4 、第4火曜 ※祝日の場合は開館、翌水曜休館
入場無料
https://osaka-chuokokaido.jp
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②大阪府立中之島図書館 [ 中之島 ]



左:建築の中心にあるドームを内部から見る。頂上にはステンドグラスがあるがパンテオンのように光が差し込み神聖さも感じる。 右:北欧の伝統的な家庭料理のオープンサンドを中心としたメニューを提供するカフェ「スモーブローキッチン」。インスタ映えするメニューで人気を呼んでいる。
住友家の寄付によって誕生し、120年の時を経て若者で賑わう図書館へ
住友吉左衛門友純は図書館建設費の15万円と図書購入基金5万円を寄付する(当時の小学校教員の初任給は10円前後であったとされる)。設計者の野口孫市は海外の視察を終えたばかりで、当時欧米で主流だったネオ・クラシック様式を取り入れた。
構造は石造・煉瓦造り。平面は十字型で、中央にドームを配した。竣工は1904年、22年には野口の部下の日高胖(ゆたか)によって両翼が増設された。さらに74年に重要文化財に指定され、2013年に大規模改修が行われた。16年からは一部民間が運営し、建物内のカフェが連日賑わっている。
大阪府立中之島図書館
住所:大阪府大阪市北区中之島1-2-10
TEL:06-6203-0474
営業時間:9時~20時 ※土曜は17時まで
休業日:日曜、祝、3・6・10月の第2木曜、12/28~1/4
入場無料
www.library.pref.osaka.jp/nakanoshima
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③綿業会館 [ 船場 ]


繊維業を中心とした会員制の「日本綿業倶楽部」の社交場としてつくられた建物なので、一般的な商業施設と違い、建築の顔とも言える特徴的なファサードがないことも特徴。
各国の要人たちももてなした、実業家たちが集う大阪の社交場
東洋紡績の専務、岡常夫の遺贈金と業界からの寄付により建設。渡辺節の設計で竣工は1931年、満州事変が起こった年。開館直後にリットン調査団がここで会談したことでも知られる。
1930年代頃、名実ともに経済の中心として栄えて華やいだ「大大阪時代」を感じる建築のひとつ。構造は鉄骨鉄筋コンクリート造で地下1階地上6階建て。1階のホールを中心に、3階まで豪華な談話室などで構成されるが、意外にも4階以降はシンプル。渡辺が合理性を重視する大阪人たちに評価されたのも頷ける。
綿業会館
住所:大阪府大阪市中央区備後町2-5-8
TEL:06-6231-4881
営業時間:10時~20時 ※会員以外の見学は毎月第4土曜日に有料で開催。
https://mengyo-club.jp
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④生駒ビルヂング [ 船場 ]



左:階段がかつての面影を残している。 右:1階のエレベーター周辺。
堺筋で時を刻み続ける、アール・デコ様式の建築
堺筋と平野町通りの交差点に立ち、時計店として1930年に竣工した鉄筋コンクリート造の建築。設計は宗建築設計事務所で、施工は大林組が担当した。当時としては珍しいエレベーター付きで、1997年に登録有形文化財に登録された。現在は1階にエスニック料理を中心としたスタンドが入居し、上階はコンシェルジュ付きのレンタルオフィスとして使われている。
この建築の特徴は、アール・デコ様式の時計店にふさわしい細やかな装飾だろう。また当時よく使われた細かな溝を施したスクラッチタイルは、オーナー自らタイルを別注したという。1階のエレベーター周辺にはいまも当時の面影がよく残っている。
生駒ビルヂング
住所:大阪府大阪市中央区平野町2-2-12
www.ikoma.ne.jp
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⑤ダイビル本館 [ 中之島 ]


1階にある「ダイビルサロン“1923”」はダイビルの最上階にかつてあったサロン「大ビル倶楽部」の雰囲気を再現した。
超高層とのハイブリッドで、いまも息づく渡辺節の意匠
ダイビル社の前身・大阪商船の本社と貸ビルとして、1925年に渡辺節の設計によって建てられた鉄筋コンクリート造のビル。村野藤吾も製図主任として参加した。23年に関東大震災があったことから耐震性が重視された。また、当時はビルの建設自体がまだ少なく建材や設備を輸入に頼っていたが、この建築では積極的に国産品を使ったことで知られている。
2階から8階は貸ビルらしい合理的でシンプルなつくりだが、飲食店も入る1階やエントランスには独自に発展させたロマネスク洋式の装飾があり、ところどころに彫塑も施されている。
ダイビル本館
住所:大阪府大阪市北区中之島3-6-32
www.daibiru.co.jp/office_osaka/honkan
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⑥船場ビルディング [ 船場 ]

当初は住宅として建てられたが、現在はオフィスとテナントのみが入居し、紳士服店や書店、ギャラリーなどが並ぶ。

内部には石畳のある豊かな中庭の空間が広がっていて、屋上庭園もある。
“大大阪時代”をいまに伝える、中庭を備えた憧れの文化住宅
船場にある、鉄筋コンクリート造の地下1階、地上5階建ての商業ビル。設計は村上徹一で、1925年の竣工当時は住宅とオフィスが入っており「職住一体の鉄筋文化住宅」と紹介された。大大阪時代の憧れの住宅だった。
外観はシンプルなアールデコの様式で、見どころは内部にある中庭。トラックや荷馬車を引き込むために設けられたものだが、都会の喧騒を忘れさせてくれる落ち着いた空間。オフィスやテナントの入居希望者が後を絶たない人気の物件だ。
船場ビルディング
住所:大阪府大阪市中央区淡路町2-5-8
www.senba-building.com
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⑥北浜レトロビルヂング [ 北浜 ]

通り側から見た正面。反対の土佐堀川越しに見た裏側も隠れた見どころ。

ケーキや雑貨を売る1階のショップ。屋根の色に合わせた水色の建具がかわいらしい。家具もすべてアンティークだ。
高層ビルの間に佇む、英国式の小さな建築
近代建築や高層ビルが立ち並ぶ中之島エリアに、ぽつんと立つかわいらしい建築。証券の仲買業者の商館「株友会倶楽部」として1912年に竣工、大林組が設計施工したと言われる建築だ。97年に英国式の紅茶を楽しめる喫茶店として生まれ変わり、登録有形文化財にも指定されている。
竣工当時この地域は金融街。世界経済の中心だったロンドンに倣い、英国式のデザインが取り入れられている。煉瓦造りでシンメトリーな外観は、両サイドの柱を強調させ2階の窓にはアーチも備える。2階の喫茶室からは中之島バラ園が一望でき、ロケーションも含め大正時代の世界観を味わえる建築だ。
北浜レトロビルヂング
住所:大阪府大阪市中央区北浜1-1-26
www.kitahama-retro.com
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⑦堺筋倶楽部 [ 南船場 ]

1階にカフェ、2階は写真スタジオ、3階はウイスキーのショールーム、4階はオフィスが入る。

写真はレストランだった頃のものだが、つくりは同じで現在はカフェとして営業している。
元銀行のレトロ建築で、大人気のパンとコーヒーを
長堀橋の近くにあり、1931年に川崎貯蓄銀行大阪支店として建設された堺筋倶楽部。設計は銀行の設計課の矢部又吉が担当したのではないかと言われている。鉄筋コンクリート造の小さな建築だが、現在は1階に人気カフェ「パンとエスプレッソと」が入居していることもあり、連日多くの人で賑わっている。
外観はルネサンス様式を思わせるデザイン。1階のカフェは銀行の営業部の姿を残す吹き抜けになっており、当時の金庫もそのままにあり、金庫内に入ることもできる。一時は取り壊しも考えられていたが、2001年に会員制のレストランへとコンバージョン。その後、1階はカフェへと姿を変えながら現在に続いている。
堺筋倶楽部
住所:大阪府大阪市中央区南船場1-15-12
www.sakaisujiclub.com
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建築史家・倉方俊輔が紐解く、大阪近代建築の歩み
江戸時代、水の都・大阪には商人たちが出資してできた橋が多くあった。お上に頼らず自分たちで街をつくる、そんなカルチャーが明治になっても続いていたことが、大阪の街並みからはうかがえる。実業家の寄付によって生まれた近代建築や、民間のレトロビルが多く残っているからだ。なぜ大阪にはそのような近代建築が残っているのか、その背景を建築史家の倉方俊輔教授に訊いてみた。
「中央公会堂も中之島図書館も実業家の寄付によって誕生しましたが、当時は大阪に限らず財力のある人は公共のために寄付をするのが一般的で、そういった建築は東京にもあります。民間のビルも同じですが、東京は取り壊しになってしまったケースが多い。大阪にはいろいろな条件が重なって奇跡的に残ったものが多く、それ故に大阪が特別だと感じるのではないでしょうか」
そういう意味では大阪は近代建築の宝庫とも言えるという。まずは大阪を代表する3軒の名建築について倉方にその魅力を尋ねた。
一つ目は辰野金吾が設計した大阪市中央公会堂だ。株の仲介人として成功した岩本栄之助は、アメリカを訪れた際に知った慈善事業に感銘を受け、大阪市に寄付をする。その使い道を市が検討した結果、公会堂を建設することになった。
「最年少の岡田信一郎の案が選ばれました。当時のコンペは選ばれてもその人が設計するわけではなく、設計は辰野が行いましたが、岡田のコンペ案が活かされています。ふたつの塔の真ん中にアーチがあるという子どもでも描きやすい明確な構成は、辰野にはない発想。岡田は川に囲まれ遠くからでも目立つ立地をしっかりと理解していたと思います」
さらにこのアーチの内部には貴賓室がありインテリアも見どころだという。
「洋画家の松岡壽が天井や壁面に日本の神話の絵を描いています。国立でも首都でもない市の建物に、国のはじまりという壮大なテーマを描いていることに気概を感じますし、ヴォールト天井の曲面を活かし左右に向かい合うように描いているのも素晴らしいです」
次に紹介するのは、中央公会堂の隣にある中之島図書館。この建築も住友家の15代当主、住友吉左衛門友純が寄付したことで誕生した。設計は銀行や住友家の邸宅の設計を手掛けた野口孫市だ。
「当時の図書館は訪れる人が限られていて、多くの蔵書を保管していることが重要でした。しかし中央に蔵書と関係がない大きな吹き抜けがあり、さらに入り口には立派なペディメント(屋根の下にある三角形の装飾部分)がある。機能だけでなく威厳や美しさを見せることを意識しているんです」
友純は華族出身。建設予算を発表後に寄付を申し出ており、欧米を視察した経験から立派な図書館があることが街の誇りになると考えていたのだろう。
最後に挙げるのは、紡績業の実業家たちのための会員制の施設、綿業会館だ。現在の東洋紡の専務だった岡常夫の遺産と業界からの寄付で1931年に竣工。設計は商船三井ビルディングなどを手掛けた渡辺節で、後に日生劇場などを設計する村野藤吾が渡辺の事務所の所員として担当していた。
「会員制のエクスクルーシブな建物なので外観は渋く品格を感じますが、対照的に内部には中央の吹き抜けを囲むように多彩な部屋があります。当時は街中にカフェがたくさんあるわけもなく、談話室や図書室など目的別に楽しめる部屋がつくられたのです」
渡辺は合理的な設計で大阪人たちにモテた建築家だという。アメリカ式の設計を取り入れ、冷暖房の普及を予想してダクトの径を太くしていたり、各部屋の窓に鋼鉄ワイヤー入り耐火ガラスを使用したことで戦火を逃れた。
ここまで3つの名建築を紹介してきたが、建築は使い続けることが大切だと倉方は言う。
「公会堂が改修された際に地下のレストランにエントランスを通らずに行ける入り口が設けられ、店に入りやすくなりました。時には思い切って変えることで、結果として建築が長く愛され、街の個性となるのです」
案内人
倉方俊輔 建築史家
大阪公立大学教授。日本の近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行う。建築公開イベント「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」などに携わる。著書に『京都 近現代建築ものがたり』など。今年5月17〜24日に「東京建築祭」を開催予定。