建築家・安藤忠雄が語る、大阪への愛情とまちづくり

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:高橋美礼
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日本を代表する建築家であり、大阪を拠点に世界的な活躍を続ける安藤忠雄。大阪・関西万博をひとつのきっかけに、街の風景を一変させるような大規模開発が進むいま、安藤はその変化にどう向き合っているのか。建築人生をかけて手掛けてきたプロジェクトとともに、大阪の街について語った。

大阪がいま、大きく動き出している。そんな大阪の街をより深く知るために、最新の旬なエリアから、名建築やローカルフードまで、地元をよく知る編集者やクリエイターに案内をしてもらった。第2特集では開催直前となった「大阪・関西万博」の見どころを紹介。ダイナミックに変化を続ける“いま”だからこそ出会える大阪の魅力を発見しよう。

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半世紀を超える、大阪中心部への緑と水の提案

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安藤忠雄 ●建築家 1941年、大阪府生まれ。69年に安藤忠雄建築研究所設立。79年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞、95年プリツカー賞、2010年文化勲章など国内外で受賞多数。代表作に「光の教会」「ピューリッツァー美術館」「地中美術館」などがある。

「私は大阪生まれの大阪育ち。事務所を東京やパリやニューヨークに移そうとか考えたことはありません。大阪への愛情というのか、“ここが自分の居場所”という思いが強くありますから」

設計依頼の85%が海外のクライアントというほど世界を股にかけて活動する安藤だが、いまも変わらず大阪に拠点を置く。にもかかわらず、「大阪の仕事は少ない」と笑う。それは設計料をとらずに安藤が自ら発案するプロジェクトが多いからにほかならない。

そうした姿勢は活動最初期から垣間見える。大阪駅前に立ち並ぶビルの屋上を緑化して連続した空中庭園にする“地上30メートルの楽園”という構想が目を引く。1969年、建築家としてスタートを切ったばかりの27歳だった安藤の提案は聞き入れられなかった。しかし、その後も継続した提案と都市部に緑地と水景を実現したいという熱意は、およそ半世紀を超え、いままさに進む梅田駅周辺の再開発へと結実していく。

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1969年、安藤が27歳の時に大阪市に直接提案した“地上30メートルの楽園”(大阪駅前プロジェクトⅠ)構想のスケッチ。この頃から変わらない、大阪の都市づくりへの強い想いが「グランフロント大阪」や「グラングリーン大阪」へとつながった。
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グランフロント大阪 ●うめきた開発第1期として2013年に開業。安藤が監修し、大阪駅北口の正面には約10000㎡の憩いの空間「うめきた広場」が誕生した。水都大阪をイメージした水景施設や緑地が整備され、歩道部分と敷地内を合わせると3列にもなる銀杏並木が全長約500mにわたって続く。商業施設に計10000㎡を超える屋上庭園が設けられた景観には、安藤が提案しつづけたプロジェクトの影響を見出せる。

安藤が携わる「うめきた開発プロジェクト」は、1期として駅前広場を含む大規模な開発が行われ、2013年に「グランフロント大阪」としてまちびらきをし、大阪の街並みのシンボルとなった。さらにいま、2期で「グラングリーン大阪」の開発が進み、街の風景と都市生活の様相を一変させている。

「大阪という自由で大らかな風土だからこそ、学歴もなにもなかった私が建築家として立つことができた。その恩返しという気持ちもある。大阪人は昔から自分たちの街は自分たちで、つまり民間が力を合わせてつくりあげてきました。たとえば、中之島にある中央公会堂は株式仲買人だった岩本栄之助の寄付、中之島図書館は住友家の寄付によって建てられたものです。古くは〝水の都〟と呼ばれた大阪には八百八橋と言われるほど多くの橋があり、そのほとんどが大阪商人や町人の力によって架けられました。大阪人は公共心に乏しいなどと言われることもありますが、先人たちは高い公的精神を持っていたわけです」

大阪への想いが、“水都”の新たな原風景を生む

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1988年、安藤が自ら提案した「中之島プロジェクトⅡ」の手描きドローイング。中之島の地下全体を文化施設にしてはどうかと“地中30メートルの楽園”を構想した。

先達の熱気を帯びた安藤の提案は、都市の中心部だけにとどまらない。1988年には“地中30メートルの楽園”「中之島プロジェクトⅡ」と題した構想を発表。地下に広がる美術館や学芸施設などの文化都市の創造を提言した。こちらの提案も実現こそしなかったが、その後、中之島には、国立国際美術館や大阪中之島美術館などの文化施設が立ち並び、2020年には安藤が私財を使って完成させた子どものための図書館「こども本の森 中之島」も加わった。かたちこそ異なるが、安藤の試みは大きく街の姿を変える原動力のひとつとなったのだ。

大阪には安藤にとって特別に思い出が深い橋もある。大川(旧淀川)に架かる桜宮橋、通称「銀橋」だ。育ての親である祖父と一緒に写る数少ない写真の1枚が、銀橋の下で撮ったもの。2006年、「新桜宮橋」を安藤が設計監修した際には、銀橋のかたちをなぞってプロポーションを揃えた。寄り添うような新旧ふたつの橋は、大阪の原風景を継承する象徴のようだ。

建築以外のアプローチである「桜の会・平成の通り抜け」も、安藤の大阪への深い愛着を表す。寄付と市民ボランティアの力によって、銀橋を含む大阪市内一帯の親水エリアに桜並木を整備した。春には満開の桜を楽しむ人々の姿が水都を彩る。

「大阪の風土とその気質が、私という人間の核にあるのは間違いありません。私を育ててくれたのは大阪の街と人です。個人の強い思いを受け止めてくれる深い度量がこの街にはある。平成の通り抜けもこうした街と人だからこそ実現したわけです」

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桜の会・平成の通り抜け/新桜宮橋 ●大阪人の原風景でもある川沿いの活性化をテーマに、2004年から安藤が積極的に推し進めた桜の植樹プロジェクト。大勢の人で賑わう造幣局の桜の通り抜けの拡張として、新たに約3000本の桜を植えた。6㎞もの桜並木は、桜宮橋(通称・銀橋)と新桜宮橋による優美なアーチとともに多くの人を惹きつけてやまない。祖父との思い出が深く残る銀橋と並ぶ新桜宮橋のプロポーションを、安藤はなぞるように揃えて設計した。

未来へと広がっていく、子ども本の森プロジェクト

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こども本の森 中之島 ●中之島公園に安藤がデザイン設計と建築費用を寄付するかたちで開館した、子どものための図書館。1階から3階まで吹き抜けの空間が広がり、約2万冊の蔵書が建物のカーブに沿うように並ぶ館内は、立体迷路のよう。遠くからも目を引く大きな青いリンゴも、安藤がデザインしたオブジェ。アメリカの詩人サムエル・ウルマンの詩「青春」をモチーフに、「内なる若さを失わなければ、人は老いることなく生きられる」という安藤のメッセージが添えられている。

安藤の都市に対する多彩な提案は波紋のように広がり、グラングリーン大阪では広大な敷地の半分が緑地化され、水景が広がる「うめきた公園」になった。ターミナル駅に直結する都市型公園としては最大級の規模で世界の注目を集めている。また、中之島から始まった「こども本の森」の試みは、全国に広がり、愛媛や北海道でも新プロジェクトが進む。さらには「ほんのもり号」と称する移動型の「船の図書館」が大阪から出港し、瀬戸内海で就航する計画も進んでいる。

「街と文化を思う、人々の純粋な心が集まってつくられたもの。そうした建築や街並みが文化を支えている。この事実は、先人たちから受け継いだ精神がこの地に息づいていることを示しています」

安藤は、街や公共建築は建物が完成したら終わりではなく、育み発展させていくものだと語る。大阪ではいままさに、新しい世界を拓きながら、未来へと託す建築が広がっている。

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大阪市内にある安藤忠雄建築研究所。その地階は、模型制作のための場所として使われている。「こども本の森」が船になって瀬戸内海を航海するプロジェクト「ほんのもり号」の模型に、安藤は「ものづくりには愛情がないとね。だから模型は所員たちでつくっています」とドローイングを加えていった。この模型はうめきた公園内の文化施設「VS.(ヴイエス)」にて3月から始まる展覧会で展示される予定だ。

『安藤忠雄展 | 青春』

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安藤忠雄の過去と現在を一望する展覧会が、本拠地大阪で開催される。会場は、安藤がデザイン監修を手掛けた「VS.」。模型・ドローイングのほか、代表作を巡る没入型の立体映像や、原寸大の空間インスタレーションなど見どころ多数。

開催期間:3/20〜7/21
開催場所:VS.(グラングリーン大阪)
営業時間:10時~18時(金、土、祝前日は〜20時)
定休日:月(祝日は開館)
料金:一般¥1,800、大学生¥1,500、高校生¥1,000
https://vsvs.jp

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