生茶のシンボルやパッケージのデザインを手掛ける村上雅士は、日常生活に“新たな視点”を取り入れることを心がけているという。心地よい暮らしへのきっかけづくりを提案する、デザイナーの視点に迫った。
異なる環境に身を置くことで、複数の視点を持つ

「キリンレモン」のリブランディングや、アニメ『チェンソーマン』「紅白歌合戦2023」のアートディレクションなど数多くの話題作を手掛ける村上。現在もプロダクトパッケージから空間デザインまで30件以上の仕事を抱えているが、デザインする上で大切にしていることがあるという。「デザインにはモノの見方を変える力があると思っています。日常なにげなく目にしているものも、視点を変えることで新たな魅力が発見できる。そういう気づきや視点をデザインに込めることを大事にしています」
モノの見方を変えるためには複数の視点を持つことが必要だと村上は続ける。「自宅も仕事場も東京ですが、都心は流行の移り変わりがとても早い。ずっと同じ場所に住んでいるとモノの見方が偏ってしまう気がして、3年ほど前から八ヶ岳で週末を過ごすようになりました。八ヶ岳では時間の流れ方が全く違って、やることといえば庭仕事か料理くらい。同じデザインのことを考えていても、場所が違うと異なる感覚が生まれるんです」
異なる環境に身を置くことで、新たな視点が生まれるという村上。それは東京にいても当てはまる。「机に向かって考えている時は、なかなかいいアイデアは生まれない。ところがサウナに行ったりランニングしている時、いままで思いつかなかったことがポンと浮かぶことがあります。悩んでいた時に無意識の中に沈んでいたものが、ある時突然出てくる感じでしょうか」
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生活をよくするためのデザインとは?

2024年に村上がリニューアルデザインを担当した「生茶」は異例の大ヒットを記録。”現代におけるお茶の在り方”というコンセプトにまで遡ってデザインを考案した。「従来のパッケージデザインは店頭では目立つけれど、生活の場では主張が強すぎて馴染みにくい印象でした。そこで商品名を小さくして背景を緑茶の緑ではなくあえて白にすることで、日常に馴染み、お茶そのものの色やシンボルの雫の緑が際立つようにしました。525mlボトルはガラス瓶を模したフォルムでMacBookと一緒にリュックサックに入れても違和感のないようなデザインとなっています」
今年行ったリニューアルでは、縦組みだったローマ字を横組みにし、雫をより瑞々しい色にすることでさらに洗練されたイメージにアップデートした。
他にも村上が手掛けた仕事の一例として紹介してくれたのは、生活をちょっとよくしてくれるキッチンツールブランド「DYK(ダイク)」だ。「燕三条で150年以上大工道具をつくっている髙儀という老舗メーカーのブランドです。昔の大工さんは何百種類もの中から建物に合わせて道具を使い分けていたそうです。料理道具も好きなものを集めてキッチンを彩ってほしいという思いから、ダイクと名付けられました。プロダクトデザインは鈴木啓太さん。僕はロゴやパッケージ、ビジュアルデザインを担当しました。DYKというロゴは直線を重ね合わせたミニマルなものにしました」

新しいところでは、2025年3月に中川政七商店と堀田カーペットが共同で立ち上げたブランド「Tactile(タクタイル)」のロゴなどのアートディレクションを担当。「日本では昔は漆塗りや和紙、織物、畳、佐官などの工芸技術を建材に取り入れていました。タクタイルとは触覚という意味。触りたくなるような工芸の質感を住まいに取り入れることで、生活がよくなることを目指している。『タクタイル』の英語表記にはTの文字がふたつあり、それを少しずらすことで工芸らしさ、家の形を表現しました」

プロダクトや作品の世界観を少しだけずらすことで、普段見慣れているものに対して立ち止まらせる力が村上のデザインにはある。アートディレクターを務めたアニメ『チェンソーマン』のBD/DVDパッケージは、アニメの世界観を表現しながらもより幅広い人の目に留まるようなデザインになっている。「BD/DVDパッケージはキャラクターの絵を中心にして全巻のデザインを統一するのが常套手段ですが、アートブックのような佇まいを目指して各巻毎にキャラクターの個性を4種類の異なるデザインに落とし込みました」

日常の視点を少しだけずらすこと。その匙加減がデザインの醍醐味だと村上。「日常生活で使うものって突飛なものは受け入れられないですよね。見たことがあるようでいて、どこか新しい、その落とし所が大事です。『生茶』もそうですが、落ち着きがあって親近感が持てるけれど、新しさを感じさせる。そのバランスをいつも考えています」
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“視点を変える”ことにつながる、お気に入りアイテム
そんな村上が日常をよくするアイテムとして挙げてくれたのは、石ころに籠編みの技法を使って革を巻いたオブジェだ。「『ミラノサローネ(毎年4月にイタリア・ミラノで開催される世界最大規模の家具見本市)』に合わせて出展していたロエベの展覧会場で出合って、衝撃を受けました。なんの変哲もない石に職人が革を巻くことで上質なアートピースになる。僕が日頃から考えている“視点を変える”ことにつながっています」

最後に、日常をよくするためのヒントを聞いた。「デザインはなにかをよくする力がありますが、“よいもの”は人によって違うはずです。だから自分が心地よく感じるものはなんだろう? 自分はなにが好きなのか? をまず考えることです。オリジナリティって自分でつくるものではなく、自分を知ることによって出てくると思うんです。心地よいと感じるものを具体化し実践することで、生活はよりよくなるのではないでしょうか」
