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現代中国のブックデザインのパイオニアとして知られる呂敬人(リュ・ジンレン)。彼の書藝を日本で初めて大々的に紹介する展覧会が、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)にて開催されている。日本とも関わりが深く、「中国芸術の核心に迫る」という呂のブックデザインの魅力とは?
杉浦康平と出会い、本格的にブックデザインの道へと進む
1947年に上海に生まれ、文化大革命の農村下放プログラムにより、68年からの10年間を黒竜江省の農場で労働に従事したという呂敬人。そこで生涯の師と仰ぐ画家の賀友直と出会い、78年に帰郷すると、中国青年出版社に入社して出版活動に携わる。当初は文芸本のイラストを担い、次第に表紙絵を制作する中、もっと広く学びたいという気持ちを強くした呂は、89年に初めて来日。そこでグラフィックデザイナーの杉浦康平と出会い、杉浦デザイン事務所での学びを通して、本の内容から全体を構築していく「ブックデザイン(書籍設計)」に開眼する。そして98年、50歳にして敬人設計工作室を設立し、中国の豊かな出版文化の歴史を再発見しながら、独自の方法論にてさまざまなブックデザインを手掛けていった。
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解説を読みながら囲碁が打てる書も! 呂の豪華本の魅力
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呂が制作した約1万点もの書物から厳選された約50点を、3つのフロアで紹介する本展。1階では、宋代の拓本を原寸大復刻した『朱熹榜書千字文』をはじめ、全長10mの巻物10巻を納めた『絵図五百羅漢詳解』などの豪華本全8点を展示している。このうち『朱熹榜書千字文』とは、宋の名家、朱熹による四字一句の250句からなる長詩で、千字文の拓本を複製した函入り3冊組の本。外函は木版印刷の版木を模し、精巧に千字を彫り込んだ桐板を背中合わせにして皮帯で連結するなど、「夾板装」と呼ばれる古代の書籍形態を模している。書物の函というよりも、長い歴史を踏まえた骨董のような味わいのある名品だ。また中国最古の囲碁譜などを納めた『忘憂清楽集』は、書のための碁石入れや碁盤も一体となった函を設計していて、解説を読みながら実際に囲碁が打てるということに驚いてしまう。---fadeinPager---
中国の文化や生活に関する多彩な書物を一堂に公開
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地階会場では京劇やお茶、篆刻など、中国の芸術文化や生活にまつわる多彩な書物を展示している。『中国記憶―五千年文明瑰宝』は、中国五千年の文物の流れを一覧するギャラリーをコンセプトにしたもの。「世界で最も美しい本」賞を受賞するなどして高い評価を得ている。また『中国水書』とは、貴州省の少数民族スイ族の文字の文献をまとめた書物だ。トンパ文字と並び、現存する数少ない古代の象形文字体系の一つとして知られるが、現在では失われる瀬戸際にあるという。一方で緑茶、烏龍茶とその生活文化を紹介する『霊隠天成―清心緑茶』と『蘊芳涵香―静心烏龍茶』は、スタイリッシュでモダンなデザインが魅力に満ちている。緑茶の巻では袋とじページの内側の茶葉の図像がうっすらと透けて見え、茶葉の香りが漂うようなイメージを演出している。
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手にとって楽しめる作品集や自著なども展示
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呂による多彩な書物を見ていると、思わず頁をめくりたくなるが、それを叶えてくれるのが2階のライブラリだ。ここでは父親の100歳の誕生日を祝って兄弟が書いた文集の『百歳老父』や、手漉きによる表紙がユニークな『芸報故郷』などの自費出版から、1階に展示されていた中国の扇子についての百科全書『懐袖雅物―蘇州扇子』など21点の作品をリアルに手にとって楽しめる。いずれも知性の力が宿るように凛とした佇まいを見せながら、愛おしくなるほど手わざが感じられるものばかりだ。自ら「東方の気品溢れるデザインを、洋書を模倣せず時代精神を奮い立たせる作品を創ることを追求する」と語り、杉浦が「東洋的な自然観と美意識があふれ、気韻生動が感じられる」という呂のブックデザイン。紙による書籍文化の衰退が指摘されるいまこそ、その真髄をつかみ取りたい。
『書藝問道 ブックデザイナー 呂敬人の軌跡』
開催期間:開催中〜2025年3月27日(木)
開催場所:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル
開館時間:11時~19時
休館日:日、祝
料金:無料
https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg