障がい者が輝きながら働けるフランスのレストラン、世界へ広がるガストロノミーの挑戦

  • 文・写真:細谷正人
  • 現地コーディネイター:Naoko Unbekandt
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「Le Reflet(ル・ルフレ)」創立者のFlore Leliévreさん。

近年、日本では家族連れや会社の同僚、友人、そして女性ひとりでも入りやすい新しいタイプのレストランやカフェが次々に登場しています。その流れの中で、多様化意識の高まりから障がい者が働くことのできるレストランやカフェも増えてきました。こうした事業所は福祉施設を母体とするケースが多く、フランスでも同様ですが、まったく異なるアプローチで誕生したレストランがフランス・ナントに誕生しました。

ダウン症の兄が働く姿から生まれたレストラン

「Le Reflet (ル・ルフレ)」は2016年にナントの旧市街にオープンしました。パリからTGVで約2時間半のこの街で、ダウン症などの精神的な障がいのある人々が、サービススタッフや調理スタッフとして活躍しています。

創立者のFlore Lelièvreさんは当時、インテリアデザインを学んでいた大学生でした。彼女の兄がダウン症であり、障がい者雇用の課題について常に考えていたことから、このレストランプロジェクトが卒業制作として生まれました。

その課題とは、彼女の兄は週35時間働いても月500ユーロ(約8万円)しか稼ぐことができず、社会との接点も限られていたこと。「どうしたら障がい者が普通の会社で働き、同じ収入を得られるか」という問いに対し、彼女はレストランを開くという答えを導きました。 

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私たちが訪れた時もランチは満席。「Le Reflet」の存在は地元ナントに定着している。
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左:彼らのオープンまでの活動を記録した本「Restaurants EXTRAORDINAIRES」。ダウン症についての詳しい説明、障がい者雇用の現実、彼らのノウハウと実現までに関わった人たちの証言やリサーチなどが書かれている。 右上:当時ヨーロッパで唯一存在した障がい者を雇用したローマのピッツェリア「Locanda dei Girasol」の視察記録。 右下:卒業制作であるプロジェクトからレストランオープンまでの経過を時間軸を入れてわかりやすくチャートで説明。

一人ひとりが、自信を持って働ける環境をつくる

2016年、彼女は「Torinôme44」というアソシエーションを設立し、専門家11人とともに資金調達を開始しました。しかし、当時のフランスには同様のレストランがなく、公的支援を得ることができませんでした。そのため、財団や企業にプレゼンし、共感を得る形で資金を集めることにしました。しかし、彼女の知人からは「なぜそんな挑戦をするの?」「カフェならまだしも、料理を提供するレストランとして成功するのは難しいのではないか」などのネガティブな声もあったそうです。

そのような声がある中でも、単なる福祉施設ではなく、おいしい料理を提供するガストロノミックなレストランを目指しました。そのため、ナントの中心地という好立地に店舗を構え、料理のクオリティにもこだわりました。スタッフが働きやすいよう、さまざまな工夫もなされています。

例えば、以下のようなアイデアが実行されています。
・利用客がカードにスタンプしてオーダーし、スタッフの記憶力に負担をかけないようにする
・ダウン症の人の小さな手に合う、運びやすい人間工学的な皿を地元の陶芸家に依頼して制作
・スタッフの作業内容をピクトグラム化し、カードで一目で分かるように工夫
・週20~25時間の勤務で、年間8週間の休暇を確保
このような取り組みにより、障がい者雇用に必要な配慮だけを考えるのではなく、何よりも彼らが自信を持って働ける環境が整えられています。

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カードとハンコを使ったオーダーシステム。利用客がカードにスタンプしてオーダーする方式を採用した。
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小さな手を持つダウン症スタッフのためにデザインされたオリジナルのお皿。彼らがサービスをしやすいように配慮されている。

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スタッフの仕事内容が一目でわかるピクトグラムが描かれているカード。やるべき作業内容をピクトグラム化した。

チェーン展開ではなく、地域に適したレストランとして

友人たちの心配をよそにオープン直後から「Le Reflet」は大きな注目を集め、BBCなどのメディアにも取り上げられました。そして2019年にはパリのマレ地区に2号店をオープン。世界各地から問い合わせが寄せられる中、チェーン展開ではなくそれぞれの文化や地域に適したレストランをつくる方針をとりました。

そのため、アソシエーション内に「並外れた料理集団(Les Brigades Extraordinaires)」というグループを設立。同じコンセプトを持つレストランをオープンしたいオーナーたちが世界の至る所から集まり、勉強会で意見交換をしているといいます。その規模は大きくなり、現在、フランス国内外で21のレストランが開業し、さらに11のプロジェクトが進行中です。

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「並外れた料理集団(Les Brigades Extraordinaires)」というグループを設立。勉強会は定期的に行われ、お互いの状況報告。問題点はみんなで考える。地域に根ざした店づくりは、内装、料理、人材育成全てに対して反省される。
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「並外れた料理集団(Les Brigades Extraordinaires)」は、パリ以外にフランス全土にネットワークを持っている。

社会の一員として活躍できる環境をつくる

「Le Reflet」は、単に障がい者が働くレストランではなく、社会の一員として彼らが活躍できる場をつくり上げています。その象徴的な取り組みのひとつがスポーツとの連携です。例えば、ナント・マラソンの公式パートナーとなり、スタッフがランナーとともに走ることで、多くの人にレストランの存在を知ってもらうきっかけづくりをしています。また、ツール・ド・フランス4200キロのツーリングや大西洋横断セーリングなど、スポーツ挑戦者たちがこの活動のメッセージを広めています。

私たちが訪れた日も店内は満席。メニューには、オレンジビネガーやヘーゼルナッツのクランブルなど、創造的な料理が並びます。利用客の多くは、この店のコンセプトを知らずに「美味しいレストラン」として訪れています。それこそが「Le Reflet」の成功の証なのかもしれません。障がい者が社会の中で自然に働ける環境をつくりながら、美食の楽しみも提供する「Le Reflet」。とても自然で優しいこの挑戦は、これからも世界へ広がっていくでしょう。

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公式パートナーになっているナント・マラソン。不特定多数の人にメッセージを届けることができ、ある企業から障がい者雇用のためのサポートをしてほしいというオファーもあり、「Le Reflet」の存在は地元に定着している。
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フランスで大人気のツール・ド・フランス。国中が盛り上がる。オーレリアンは4200キロを41日間、アソシエーションカラーの自転車とTシャツで完走。大西洋横断したティトゥアンのヨットもアソシエーションカラーに。

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「Le Reflet(ル・ルフレ)」創立者のFlore Leliévreさんと私たち。

細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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