80年代の傑作音楽MVを観て気づく、アナログ時代ゆえの工夫とアイディア

  • 文:一史
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家庭の主流がまだブラウン管テレビだったころ、番組放映の映画をよく観てました。
現代ではネットサービスで流通する古い映画をパソコンで見返すと、新たな発見がたくさんあります。
高精細な液晶、外部スピーカーの迫力ある音、すぐ眼の前に置いたモニタによる没入感などが、その気づきを高めているのでしょう。
単純に自分が年を重ねてモノの見方が広がったこともあるのでしょうけども。

懐かしのミュージックビデオ(MV)もいま観ると同様の発見があります。
ネット配信の「あなたへのオススメ動画」で見かけてクリックし、古い記憶の扉が開くときもあり。
曲をよく知ってても初めてMVを観るケースもたくさんあります。

ここではデジタル技術が未発達だった1980年代の映像から、最近ちゃんと観て「ううっ!」と唸らされた3曲を掲載します。
すべて「ゴドレイ&クレーム」による映像制作。
映像監督であり自身もミュージシャンな二人組。
何でもCGでつくれちゃう現代ではむしろ生まれにくいであろう、豊かな味わいのある前衛表現。
アイディア、美術、手間を惜しみなく追求したクリエイティブの極み。

Wang Chung - Everybody Have Fun Tonight (Official Music Video)

感動です!
なんとも素晴らしい1986年のMV。
80年代ポップを代表する有名曲です。
過去にテレビでチラ見した記憶があるのですが、フルでちゃんと観たのは最近になってようやく。

写真のジャンルでは余計なものや邪魔なものを写り込ませたり排除しないことを、「ノイズを加える」「ノイズのある写真」などと言い表すことがあります。
このMVもローファイなノイズだらけ。
アバンギャルドなのに体温を感じます。
デジタルのCG映像だとアプリが自動的に補正して滑らかに仕上げてくれる現代では、このように雑然と完成させるのが難しいのではないでしょうか。

映像をダウンロードしてMacのQuickTimeで一コマずつ再生してわかったのが、膨大な数のスチールを繋ぎ合わせた作品ということ。
バリエーション豊富に何度も動画撮影を重ね、コマ単位でチェックして拾い上げて繋いだのでしょう。
二人組のワンチャンの歌と口がしっかりとリップシンク。
完璧さの追求とノイズをOKとする判断とのバランスが最高です。

さらに今回気づいたのが、色彩構成の美しさ。
木材部屋のブラウン系、人物の衣装とマイクのブラックとホワイトのほぼ3色だけでシックに構成されてます(リードボーカルの金髪は茶系に含まれる)。
ストイックな色の絞り込みで人物の動きを際立たせた美術。
バックダンサーたちのスーツのインナー、楽器、女性の化粧にレッドが多く、色のアクセントとして機能してます。
瞬間的にブルーやイエローも出てくるのですが、ほぼ印象に残りません。
その点も計算して仕上げたのでしょう。

私も仕事で写真を撮るときに主要モチーフを3色以内に収めることが多く(意図せず結果的にそうなりがち)、色彩の有効性を身に沁みて感じてます。
ただワンチャンのこのMVのごとくノイズをも許容する技は持ち合わせてません。
勉強が必要だなぁ……。

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Sting - If You Love Somebody Set Them Free

ワンチャンと同様の手法による85年のMV。
若い頃にテープ録画して何度も観てた映像です
The Police→解散→Stingと大好きでした。

久々にネットで見返しまして、やはりスタイリッシュですね。
透ける人物(世界最高峰のジャズサックスプレイヤー、若きブランフォード・マルサリス)、モノクロ人物の立体的なレイヤーも楽しいですが、なんといっても女性コーラス二人組のスローモーション、ストップモーション、早送りの時間軸のズレがヤバすぎです。
淡々と流れる曲調の音楽に、別のリズムを加えています。

こちらもワンチャンと同じ色彩表現。
ブラウン系、モノトーンの絞り込み。
絨毯、窓のカーテンのレッドがアクセント。

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Ultravox - All Fall Down (Official Music Video)

こちらの映像を観たことのある人は少ないかもしれません。
上記の2点のMVとは異なる正統派の映像ストーリー。
曲のムード、歌詞の内容と見事にシンクロしつつ、曲の素晴らしさが引き立つ表現。
これもまたゴドレイ&クレーム監督の実力が発揮された映像でしょう。
ぜひ最後の最後までご覧くださいませ。
「我々は皆倒れていく」の反戦ソングが胸を打ちます。
泣かないようにお気をつけを。

86年に映像化されたシングルです。
ウルトラヴォックスのラスト・アルバムからの一曲。
エレクトロ&クラシックな作風だったバンドの唯一と言っていいケルト民謡風の音楽。
ボーカルのミッジ・ユーロはイギリスの北のスコットランド出身です。
この時期にはフォークランド紛争や北アイルランド紛争があり、ケルト音楽を採用したことからもこれらの戦争から着想された曲なのは間違いないでしょう。
歌詞にはアメリカやロシアの国名も登場し、グローバルな反戦ソングになってます。

2018年のチャイルディッシュ・ガンビーノ「ディス・イズ・アメリカ」のように強い衝撃による社会メッセージも凄いですが、このように静かに響かせるのも有効ですね。
身近にいる人々のことをつい考えて、他人事ではなくなる瞬間。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。

高橋一史

ファッションレポーター/フォトグラファー

明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。