布施琳太郎によるツアー型展覧会『パビリオン・ゼロ:空の水族園』が葛西臨海公園で開催

  • 文・久保寺潤子 写真・竹久直樹
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東京の高層ビル街や工場地帯を望む東京湾を前に、AR&VR体験をする参加者たち。

アーティストの布施琳太郎は、大阪・関西万博が開催される今年、「パビリオン・ゼロ」と題したアートプロジェクトを開催。東京都とアーツカウンシル東京(東京都歴史文化財団)が主催するシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]の2024年度アーティストフェローでもある布施。CCBTのアート・インキュベーション・プログラムの一環として実施するプロジェクトの構想を発表する「記者会見」を1月15日に行った。ここではアーティストの落合陽一、美術評論家の椹木野衣とともに「日本の大地=根拠(ground)」をテーマにトークセッションが繰り広げられた。続いて2月8日、9日にはプロジェクトの中心かつ最大の企画となるツアー型展覧会『パビリオン・ゼロ:空の水族園』が東京の葛西臨海公園を舞台に決行された。

ARとVRを行き来しながら公園を回遊

2日間限定で開催されたこのツアーは布施自らがガイドをつとめ、参加者はヘッドマウントディスプレイを装着し、拡張現実(AR)と仮想現実(VR)、そして現実(リアル)を行き来しながら公園を回遊するというもの。約2時間のツアーで参加者は複数の作家たちによる映像、音声、パフォーマンス、オブジェと出合い、船上でのパフォーマンスを共有した。

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水上バスの船上では布施によるパフォーマンスと青柳菜摘による朗読が披露された。

日本には多くの埋立地があるが、その多くは産業や軍事目的のためにつくられている。かつて海苔の産地であった葛西エリアは、戦後、周囲の工場地帯から運ばれてきた産業廃棄物が散乱する場所に変わり果てていた。そこで東京沿岸部の生態系保護を担い、市民が海と出合う場所として80年代に開発されたのが、葛西臨海公園だ。広大な敷地の中央に佇むのはドーム状の屋根が特徴的な水族園。1989年、日本を代表する建築家・谷口吉生が手がけたこの水族園は、耐震性などを理由に2028年を目処に新館への機能移管が予定されている。

 「空(ソラ/カラ)の水族館」と名付けられたこのツアーで参加者は、巨大な水族園のドームを横目で見ながら、鳥たちの集う東京湾の水辺を巡った。ときおり水族館から脱走したペンギンを想像させるパフォーマンスや、届かぬラブソングを歌う女性が現れては消えていく。公園を歩いている一般の来場者とVRの映像が混じり合い、参加者はどこでもない場所・ゼロの空間へといざなわれた。 

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VRとして視界を覆う映像と脚本は布施が、ARのアニメーションは米澤柊が、音は小松千倫が制作した。

船着場に到着した一行は、いったんヘッドマウントディスプレイを外し、布施の誘導のもと、水上バスへ乗り込む。船が出発するとガイド役として説明をしていた布施がいつの間にかパフォーマンスを始めた。やがて船内には携帯電話の着信音が鳴り響き、参加者は甲板へ。スピーカー越しにライブで朗読されたのは青柳菜摘による『ぼくは戦争を手に入れた』。岸を離れた船の上からは工場地帯と夢の島、反対側には東京ディズニーランドが見える。そこにはかつて日本人が追い求めた未来の夢の跡が広がっていた。夢の島のゴミを埋め立ててできた葛西臨海公園。そのシンボルである水族館はわずか35年という短い命を終え、空っぽの空間になる準備を始めようとしている。

 

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 ウォッチングセンター1Fに展示された布施琳太郎の映像作品『空のチュートリアル』

2ヶ月後に開催される万博を前に布施が提示したこの市外劇は、美術館やギャラリー、参加型の現代美術という既成の方法を飛び越えて、新たな問いを参加者に突きつけた。都市の現実に演劇の虚構を重ね合わせた寺山修司の市街劇を参照しながら企画したという本展では、テクノロジーがもたらす経済発展の夢から覚めた時の荒涼とした現実を感じさせた。震災やインフラの崩壊が日本各地で勃発し、孤独死や尊厳死がニュースになっている現在、日本人が拠り所とすべき場所はなんなのか? 仮想現実の中で見た、赤く染まった水族園がいつまでも脳裏に焼き付いていた。

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最後は公園内の展望施設、クリスタルビューにて水族園を臨みながら現実と非現実の世界を体感した。

プロジェクト「パビリオン・ゼロ」はこの後、3月15日にコスモプラネタリウム渋谷にて『観察報告:空の証言』として、引き継がれる。今回のツアーの映像を素材として新たに語りと映像を加え、プラネタリウム空間で上映される予定だ。また同日に布施琳太郎、酒井瑛作編集による雑誌『ドリーム・アイランド』も刊行予定。実験的な試みを次々に発表し、日本の美術界に風穴を開ける布施の活動に注目したい。

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東京湾を走る水上バスでの体験が、ツアーのハイライトとなった。

全天球上映『観察報告:空の証言』

開催期間:2025年3月15日(土) 14時30分/16時/17時30分〜
開催場所:コスモプラネタリウム渋谷
渋谷区文化総合センター大和田 12F
定員:各回100名 ※事前予約制
入場料:無料
申し込み期間:上限に達し次第、終了。

https://ccbt.rekibun.or.jp/events/testimonyofair