
右上:「アナトム ハイテクセラミックブレスレット」ケースは32.5㎜に拡張し、ベゼルやブレスレットなどのエッジには面取りを施す。 右下:「ダイヤスター オリジナル 60周年アニバーサリー エディション」ヘアラインで仕上げたオーバルケースに六角形ファセットの風防が際立つ。 左下:「トゥルースクエア シンライン "レ・クルール ル・コルビュジエ"」美しい発色のケース&ブレスレットは傷つきにくく、輝きも色褪せない。
連載「腕時計のDNA」Vol.18
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
現代の時計技術で大きなウェイトを占めるのが素材だ。ケースはもとより、歯車やゼンマイといった機械式時計の根幹となるパーツの軽量化や耐久性の向上は、機能や精度にも多くのメリットをもたらす。ラドーはこうした可能性に着目し、外装においていち早く新素材に取り組んだマスター・オブ・マテリアルとして称えられる。
その歴史は、1917年にスイスのレングナウでシュルップ3兄弟が創業したシュルップ&カンパニーに始まる。転換期となったのは1957年、戦後復興から新たな時代を迎え、ブランド名をラドーに。これはエスペラント語で車輪を意味し、ムーブメントの要である歯車に由来するとともに、止まることなく進み続ける精神を掲げたのである。その象徴となったのが1962年にケースに採用した新素材のハードメタルだ。
ハードメタルは、1920年代に開発され、おもに工具製造に使われてきた炭化タングステン合金だ。耐傷性に優れ、これを62年に時計で初めて採用し、初のスクラッチプルーフ(耐傷性)時計を発表。世界的な名声を得た。以降もハイテクセラミックなど先進素材を開発し、パイオニアとして革新を続ける。
だがこうした新素材の高機能性もラドーにとっては時計づくりの基礎に過ぎない。最先端のマテリアルを用いることで、唯一無二の美しさ、品質、快適性を実現することこそが要諦なのだ。それが伝統的なスイス時計ブランドの中でもラドーを極めてユニークな存在たらしめる。そして限界に挑戦し、新たなイノベーションを追求するDNAが時計の進化を加速させるのだ。
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新作「アナトム ハイテクセラミックブレスレット」

先進素材で不変のデザインと装着感を実現
今年は久しぶりにレクタンギュラーやスクエアのケースがトレンドになりそうだ。ベーシックなラウンドケースに対し、それはデザインや個性を求めた先進的なスタイルといえる。ラドーは、1967年に「マンハッタン」を発表し、歴代数多くのスクエアウォッチを手掛けてきた。1983年に誕生した「アナトム」もその系譜にある。
ハードメタルとサファイアクリスタルを組み合わせた未来的なデザインに加え、出色はその装着感にあった。スクエアケースから連なるブレスレットはシェイプし、見た目にも一体感を与えるとともに、絶妙なフィット感はまさにアナトミカル(人体構造学的)に由来するシリーズ名にふさわしい。
昨年40周年を迎えた復刻では、ハイテクセラミックを採用し、風防とケースバックにはなめらかなアーチのサファイアクリスタルを組み合わせた。さらに最新作は、ポリッシュ仕上げのプラズマハイテクセラミックをベゼル、ブレスレット、リューズに用いる。これは、通常のセラミック成形プロセスの後、プラズマによる2万℃の高温窯で焼成することで表面に炭化ジルコニウムの結晶構造が生じ、メタリックカラーに仕上がる。ハイテクセラミックの魅力を広げる独自の技術だ。
光沢あるグレーブレスレットのインサートやグレーラッカーダイヤルにローズゴールドカラーのアクセントを配し、エレガンスが際立つ。それでも全体のフォルムやミニマルなデザイン、水平線のモチーフなど細部にはオリジナルの美学を忠実に継承している。独創的なマテリアルの美しさにタイムレスなデザインが調和するのである。
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定番「ダイヤスター オリジナル 60周年アニバーサリー エディション」

ダイヤスター オリジナル 60周年アニバーサリー エディション/テキスタイルストラップを付属し、EasyClipシステムで容易に交換できる。自動巻き、SSケース×ブレスレット、ケース径45㎜、パワーリザーブ約80時間、10気圧防水。¥317,900
60年の時で磨きをかけたブランドアイコン
ブランド名を改めたラドーは、それまでのムーブメント専業から完成品の製造へと事業転換した。だが時計業界の激しい競争の中でいかにしてオリジナリティを打ち出していくか。耳を傾けたのは顧客のニーズだった。社会がよりスピード感を増し、活気にあふれるなか、時計もタフネスが求められた。特にラドーは当時ゴールドケースが中心だったため、傷つきやすく目立った。そこでプレシャスメタルに変わる価値観として新素材に着目したのである。
かくして1962年にハードメタルを採用した「ダイヤスター」が誕生した。そのオーバルフォルムはまさにマテリアルからの発想といってもいいだろう。円錐状にスロープする大型ベゼルは傷つくことなく光沢に輝く。ダイヤモンドのような堅さと不変性、そして瞬く星の輝きからシリーズ名は付けられ、ブランドアイコンになったのだ。
誕生から60周年を記念したモデルでは、ブランドを象徴するハイテクマテリアルのセラモスを採用した。これは、90%のセラミックに10%の金属合金を配合し、ハイテクセラミック以上の硬度を実現するとともに、より自然なメタルの風合いを両立する。デザインを手がけたのはスイスのプロダクトデザイナー、アルフレッド・ハベリで、特徴的なオーバルフォルムはそのままに、風防を六角形のファセットで仕上げた。そして縦方向のスリットが2色で移り変わり、曜日を表示するユニークなカレンダーを備える。初代オリジナルの伝統へのオマージュとともに、そこからは斬新さを追うのではない不変的なデザイン哲学が伝わってくる。
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通好み「トゥルースクエア シンライン "レ・クルール ル・コルビュジエ"」

トゥルースクエア シンライン "レ・クルール ル・コルビュジエ"/落ち着いたカラートーンは、温もりの伝わるハイテクセラミックの触感にも合う。クオーツ、ハイテクセラミックケース&ブレスレット、ケースサイズ43.3mm、3気圧防水。¥379,500
建築界の巨匠が生んだ色彩へのチャレンジ
ハードメタル、ハイテクセラミック、セラモスと歩んできたラドーの先端素材の技術は、その熟成進化とより複雑な複合セラミックへと展開する。新たな技術領域だけにそのベクトルは幅広く、とくにハイテクセラミックの豊かな発色やバリエーション、仕上げは技術的なハードルがまだ高く、開発の余地を残す。これに挑戦したのが「トゥルースクエア シンライン"レ・クルール ル・コルビュジエ"」である。
建築界の巨匠ル・コルビュジエと時計のつながりは、出生地が時計製造の中心地あるスイスのラ・ショー・ド・フォンということだけでなく、父が時計文字盤のエナメル職人だったという縁もあるのかもしれない。
ル・コルビュジエが1931年と59年に考案した建築的ポリクロミーは、建築家の視点から画期的な色彩論で63色のカラーパレットを展開する。建物や住居を想定し、「建築的で、自然に調和しており、どのようにでも組み合わせることができる」という提唱から、色合いは心地よく、タイムレスでつねに新鮮さを失わない。このマスターピースカラーをハイテクセラミックで再現することは、ラドーにとっても大きなチャレンジであり、素材表現の可能性をさらに広げたのである。
マット仕上げのグレーブラウンナチュラルアンバーカラーのケースに、クリームホワイトのリンクを組み合わせたブレスレットがマッチする。シンプルな2針とスクエアのフォルムとも調和し、ハイテクセラミックとのケミストリーにコルビュジエの偉才をより身近に感じられるだろう。
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現代のデザインへの視座から生まれる時計
プロダクトデザインの範疇は、いまや単なるフォルムだけでなく、素材や生産、流通、リサイクルにまで及ぶ。なかでも素材開発の重要度は増し、美観に加え、機能にも大きな影響を与える。ラドーがマテリアルを通して追求するのは、こうしたデザインへの深い理解とアプローチであり、だからこそこれまでジャスパー・モリソン、コンスタン・グリッチッチなど世界的な著名デザイナー、建築家、クリエイターとコラボレーションを続けてきた。時計づくりにこれだけデザインの視座を重視するブランドは少ない。
1957年に発表したゴールデンホースでは初めて錨(アンカー)のマークを文字盤に掲げた。それは、安定や信頼を表す永続的なブランド価値を象徴する一方、機械式ムーブメントでは装飾だけでなく、重力でこの錨が揺らぎ、愛好家の目を楽しませている。そんなさり気ないエスプリもラドーらしい。

柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
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