「大人の名品図鑑」ボブ・ディラン編 #3
ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、エルヴィス・プレスリーらと並び称される比類なきアーティスト、ボブ・ディラン。2016年に歌手として初のノーベル文学賞を受賞し、今年2月には彼を主人公にした映画が公開される。そんな音楽界の“生ける伝説“にまつわる名品を掘り下げる。ポッドキャスト版を聴く(Spotify/Apple)
音楽好き、ファッション好きの間では、ボブ・ディランは革好きのミュージシャンとして知られている。本連載の第1回で取り上げた1963年にリリースした2枚目のアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のジャケット写真では、ディランはリーバイスのジーンズに茶のスエードのレザージャケットを合わせている。映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』にも描かれているが、65年、伝説のニューポート・フォーク・フェスティバルのステージに立った時に着ていたのは、黒の表革をしたテーラードジャケット。当時のフォークソングのミュージシャンのような土臭さは微塵もなく、とてもクールだ。
写真集『ボブ・ディラン写真集 時代が変わる瞬間』(バリー・ファインスタイン著 P ヴァイン・ブックス)は、当時の彼のファッションの嗜好がよくわかる。66年のヨーロッパツアーなどの模様を収録した写真集で、ディランは上下ともに黒っぽいスタイル、あるいは大柄の千鳥格子のスーツをステージで着用していた。当時流行の発信地であったロンドンのカーナビーストリートでチェルシーシーブーツを試着している写真まで見受けられる。そこから、彼の音楽もスタイルもロックテイストに傾いていったことが伺える。
この写真集で彼が多く着用しているのが、襟にエポレットが付いたレザージャケット。色は黒、あるいはそれに近い濃色で、素材はスエードだと思われる。2023年には当時、セリーヌ オムのクリエイティブ・ディレクターだったエディ・スリマンがディランをモデルにしたコレクションを自ら撮った写真がある。そこでも彼は表革のレジャージャケットを着ている。いつの時代も、ディランは自分の分身のようにレザージャケットを愛用している。
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和牛カーフレザーを使った一生もの
66年に発表されたのが、彼の7枚目のアルバム『ブロンド・オン・ブロンド』だ。アル・パチーノとジーン・ハックマンが共演した『スケアクロウ』(73年)の監督も務めたジェリー・シャッツバーグが撮った“ぶれた”ポートレイト写真で有名なアルバムだ。実はこのアルバムはロック史上初の2枚組アルバムで、アルバムを開くと、表側にディランが着用したブロンド色のスエードジャケットの全貌が見えてくる。
この写真に触発されてレザージャケットをデザインした人が、オーベルジュのデザイナーである小林学さんだ。2020/21年の秋冬シーズンに、「ビームスFからなにかレザージャケットのデザインを提案してくれないか」と依頼され、アルバム写真の別カットなども探し、マフラーに隠れた襟元がスタンドカラーになっていることも突き止め、このジャケットを再現するかのように完璧にデザインした。また、写真や資料を探す過程でダブルブレストのデザインやボタンなどのディテールから、小林さんはこのジャケットが著名な建築家、ル・コルビュジエが着ていたものに酷似していることを発見する。
「これは30〜50年代のフランスで公務員たちや国有企業などに支給されていたレザーウェアで南仏のレザーメーカーは『カーコート』と呼んでいたモデルではないでしょうか」と小林さんは語る。ディランが着用していたレザージャケットはそれよりはずっと丈が短く、シルエットも細身で、コルビュジエが着ていたコートそのものではない。このジャケットがどこのもので、どうやって彼が手に入れたのかはわからないので、ディラン本人に尋ねるしか道はないだろう。
残念ながら、ディランのレザージャケットを再現したモデルは現在生産されていない。しかしその元になったコルビュジエ着用のレザージャケットを元にしたものならば、いまも手に入れることができる。生後3ヶ月の北海道産の和牛カーフレザーを使い、表面に自衛隊も発注するミルスペックの防水加工が施されている。襟にもカシミヤが貼られ、裏地にも同じカシミヤが使われた骨太のレザージャケットだ。ディランの名曲同様、一生ものの輝きを湛えている。
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