アート界を牽引するキュレーター、長谷川祐子がいま注目する3名の若手作家とは?

  • 編集&文:佐野慎悟
Share:

国内トップクラスの集客力を持つ金沢21世紀美術館(以下:21美)の館長であり、世界のアートシーンに対して広く影響力を持つ長谷川祐子が、いま注目しているのはどんな作家なのだろうか。未来の躍進を期待する、注目の3名を紹介してもらった。

現代アートのシーンで、次世代の作家たちが面白い。新時代のアーティスト38名の紹介に加え、足を運ぶべき展覧会やアートフェア、さらに現代アートを楽しむための基礎知識まで話題を広げた、ガイドとなるような一冊。2025年は、現代アートに注目せよ!

『2025年に見るべき現代アート』
Pen 2025年3月号 ¥880(税込)
Amazonでの購入はこちら
楽天での購入はこちら

FB-TKS-A_プロフィール写真緑の橋1.3MB.jpg
選者:長谷川祐子●金沢21世紀美術館 館長

東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授。2016年にフランス芸術文化勲章シュバリエ、24年に同オフィシエを受章。21年4月に金沢21世紀美術館館長就任。これまでにトルコ、中国、ブラジル、ロシア、タイ、フランスなど世界各国でビエンナーレや国際展を企画。

香りによって記憶の奥底に語りかける、佐藤浩一

最初に挙げたのは、21美で昨年11月から今年の3月まで開催中の展覧会『すべてのものとダンスを踊って│共感のエコロジー』にも出品中の佐藤浩一だ。

「佐藤くんは、自然環境をはじめ、生物の形態や生殖に人間が介入する行為を観察、批判しながら、そこに香りや音という感覚的なメディウムを加えることで、繊細かつエレガントな言語へと発展させることが得意な作家です。いまアートの世界では、五感に訴えるメディウムを用い、観客に伝えることの重要性が高まっていますが、綿密なリサーチをもとに、最後に官能的な表現を用いて訴える彼の手法は、とても新鮮です」

FB-TKS-B_EFC_01.jpg
FB-TKS-C_EFC_03.jpg
梅沢英樹+佐藤浩一『エコーズ フロム クラウズ』 
2021-23年 ミクストメディア・インスタレーション 3チャンネルビデオ、ステレオサウンド、フレグランス、フレグランスボトル、写真

 

佐藤浩一

1990年、東京都生まれ。自然環境や生物と産業・消費社会との関係性についてリサーチやフィールドワークを行い、映像や音、香りなどを複合的に組み合わせた作品を制作する。梅沢英樹との共同プロジェクトである『エコーズ フロム クラウズ』では、佐藤がビデオ、テキスト、フレグランスを、梅沢がサウンドと写真を手掛けた。

「水資源や、それらを取り巻くさまざまなエコロジーをテーマに、水が山の上流から都市に降りていくまでのプロセスを追いながら、人間が介入することによって、自然がどう変わるのかに着目するという内容でした。展示室の内部には消毒された水の香りが漂い、それが我々にとっていちばん身近で、馴染み深い水の香りであるということに気付かされます」(長谷川)

現代社会の不確かさを可視化する、松田将英

次に挙げられた松田将英は、2010年からSNSを舞台に匿名で活動を開始した作家だ。

「松田くんは、ネットの世界にあふれるさまざまなシンボルを使って、私たちの心理に働きかけることがとてもうまい作家です。現実世界における先行きの見えない不確かさと、虚実が入り混じるネットの世界の不確かさをプレゼンテーションとして鮮やかに可視化します。ある意味で彼の手法は、デュシャンが既製品を表現の素材としたことや、ウォーホルが日常にありふれたものをポップアイコン化したことと同じ文脈の上にあり、さらにアップデートされているところに新鮮さと強さがあります」

FB-TKS-D_pen-02.jpg
『The Big Flat Now』
2023年 PVCバルーン photo by Kenryou Gu

松田将英

1986年、神奈川県生まれ。2016年、『サザエbot』で「Prix Ars Electronica」準グランプリを受賞。以降、欧州を中心にネット社会における匿名性や集合知、主体や作者性を問いただすイベント、インストラクション、パフォーマンス作品を多数発表。写真は金沢21世紀美術館で23年に開催された企画展『コレクション展1 それは知っている:形が精神になるとき』の展示風景。

「ネットの世界では、相手の感情をどのように読み取ればいいのか、そして相手に自分の感情がどのように読み取られるのかもわかりません。近年頻用されている『泣き笑い』の絵文字は、そんな不確かさを的確に表現しているシンボルであると言えます」(長谷川)

圧巻の超絶技巧でSF世界を具現化する、池田晃将

3人目に挙げられたのが、21美にも近い金沢市内に工房を構え、伝統的漆芸の技術を用いた工藝美術作品を展開する池田晃将だ。

「『サイバー螺鈿(らでん)』とも呼ばれるミクロン単位の超絶技巧で、地球外高度知的文明の産物や、超古代文明の遺物を想起させるような池田くんの作品は、デジタルのスピードや解像度に深くエンゲージすることに慣れ、その基準の中でしか価値を測れなくなっている現代人のパースペクティブを逆転させて、いま一度、物質としての魅力や奥深さへと立ち返らせる強い力を持っています」

自身の立ち位置を確立し、巧みに現代社会とコミュニケートする若き作家たちに、長谷川の熱い視線は向けられている。

 

FB-TKS-F_DSC1827 のコピー_1_1_1_1.jpg
『閃煌石鏃型香合』
2024年 漆、木曽檜、夜光貝、白蝶貝、金 photo: Akifumi Nakagawa
FB-TKS-E_Inscription.jpg
『Inscription』
2024年 漆、麻布、夜光貝、鮑貝、木 photo: Akifumi Nakagawa

池田晃将

1987年、千葉県生まれ。2016年に金沢美術工芸大学大学院美術工芸研究科修士課程工芸専攻を修了し、19年に金沢卯辰山工芸工房漆芸工房を修了。現在は金沢市内に工房を構え、伝統的な螺鈿技法に新技術を取り入れながら創作活動を行う。23年には金沢21世紀美術館のデザインギャラリーで公立美術館では初となる個展『虚影蜃光』を開催した。

「池田くんの作品には、アートや工芸に関する素養の有無にかかわらず、見た者すべてを魔法のように魅了してしまう、ものとしての強さがあります。その根底には、圧倒的な技術力があるということは言うまでもありません」(長谷川)

Pen0128売_表紙_RGB.jpg

『2025年に見るべき現代アート』
Pen 2025年3月号 ¥880(税込)
Amazonでの購入はこちら
楽天での購入はこちら