第百一回“人生の産湯”【小山薫堂の湯道百選】

  • 写真:アレックス・ムートン
  • 文:小山薫堂
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〈和歌山県田辺市〉
湯の峰温泉 公衆浴場・つぼ湯

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日本の風呂を一つの文化と捉え、未来に遺す……。そのために始めた湯道百選であったが、重要なことに気づいた。百の風呂で語り尽くせるほど、湯の道は浅くない……というわけで、湯道百選、二巡目に突入と相成りました。

言わば再出発、その始まりはここしかないと思った。「よみがえりの湯」との異名をとる、湯の峰温泉つぼ湯! 和歌山県田辺市の熊野古道沿いにある、世界で唯一の入浴できる世界遺産である。水の流れで削られた天然の窪みに自然湧出していて、二人も入れば窮屈なくらいにこの風呂は小さい。発見されたのは日本最古と称される約1800年前。熊野本宮大社へ詣でる前に、人々はこの湯に浸かり身を清めていたとか。つまり湯垢離(ゆごり)のための場であった。

実はいまから10年前、50歳になった記念に3日がかりで熊野古道を踏破し、その褒美としてつぼ湯に浸かったことがある。自分の抱えている問題を自問自答しながら山の中を歩き続け、その終着点に熊野という祈りの場がある。疲れ果てた身体をまさに壺のようなかたちをした湯船に沈めた時、母の子宮に還り、新しい世界に生まれ変わるような感覚を得たのをはっきりと覚えている。湯に浸かる前の行動が、それを極上の湯に変えるのである。

ここは自らの生き様を振り返り新しい一歩を踏み出す時にこそ浸かりたい「人生の産湯」かもしれない。

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南紀白浜空港からクルマで約1時間。熊野古道のうち、大日越と赤木越ルートの途中につぼ湯はある。写真は大斎原大鳥居。 

 

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深さ2mの浴槽は石で底上げされているが年に2回の清掃で石を表に出す。その貴重な場面。足元湧出の源泉温度は約54℃。湯の色が1日に7回も変化するといわれる神秘の湯。30分交代制。

湯の峰温泉 公衆浴場・つぼ湯

住所:和歌山県田辺市本宮町湯峯108
TEL:0735-42-0074 
営業時間:6時~21時 ※30分交代制、予約不可
定休日:不定休
料金:一般¥800
www.hongu.jp/onsen/yunomine/tuboyu

※この記事はPen 2025年3月号より再編集した記事です。