国立新美術館に展示されたグーグル製品カラーで彩られたテーブル
「(Google Pixel 9は)これまでGoogleで手がけたプロジェクトの中で、最も満足している成果」
11月に掲載したインタビューの中で、Google ハードウェアデザイン責任者、アイビー・ロスはそう言い切っている。
「AIスマートフォン」が宣伝文句となっている同製品だが、最近、急速にシェアを伸ばしており、他の国よりも製品のデザインに対するこだわりが強い日本市場で、同製品のデザインへのこだわりをより強くアピールしていきたいようだ。
昨年、12月には国立新美術館で「GOOGLE HARDWARE DESIGN STUDIO DINING TABLE, 2024」という特別展示が行われた。12月11日から23日という短い期間の展示で、取材の案内が前日に来たことからも急に決まったイベントであることが伺える。
展示内容は、前回のインタビューで筆者が言及した2024年4月のミラノデザインウィークで行われた展示「Making Sense of Color(色彩の意味を理解する)」の一部を日本で再現したもの。最新のPixel 9で採用された8つの製品カラーにインスピレーションを与えた素材を「食材」に見立てて食卓の上に並べた展示だ。
8つの製品カラーと、グーグルがそこに込めたイメージは次の通り
ー Peony(ピオニー): 創造性を刺激し、限界に挑戦する鮮やかなピンク。
ー Winter Green(ウィンターグリーン):エネルギッシュな輝きがあり、心を穏やかでありながら目座また意識へと誘う。
ー Bay(ベイ): 空を見上げるというシンプルな行為は希望と喜びをもたらす。
ー Porcelain(ポーセリン): 微妙な砂の表情、時代を超越したニュートラルさ、そしてエレガンスのささやき。
ー Aloe(アロ):緑豊かで活気に満ち、新しい成長の可能性と喜びを捉える。
ー Rose Quartz(ローズクォーツ): クールな自信と、ほんのりとした甘さを兼ね備える。
ー Hazel(ヘーゼル): グレーでもなく、グリーンでもない影の独特な色調にインスパイアされた色。
ー Obsidian(オブシディアン): 研磨された火山ガラスを思わせる豊かで神秘的な黒。
食卓はリサイクルプラスチックやアルミ、ガラスなど製品の製造に使われた素材で作られたスイーツ風のオブジェや製品色に近い日本の草花で彩られ、その周りにPixel 9やPixel 8aといったスマートフォン、純正のスマートフォンケース、スマートウォッチのPixel Watch 3やそのバンド、イヤホンの Pixel Buds Pro や海外でデザインが絶賛されている室温コントローラの NEST THERMOSTAT (日本未発売)といったGoogleハードウェアデザイン部門自慢の製品が並べられていた。
現在の Google ハードウェア製品のデザイン哲学は「エモーショナルデザイン」だが、同じ製品でも CMF (Color、Material、Finish=色、素材と仕上げ)を変えるだけで、これだけ異なるエモーション(感情)や世界観を生み出せるということがわかると同時に、それを通してグーグルの製品が幅広いユーザー層の好みに応えている、ということもわかる展示だった。
展示の設営にあたっては本社からグーグル社デザイン部門のCMF担当となったRachel Rendely(レイチェル・レンデリー)も来日していた。
また同部門の日本人として製品の量産などを可能にするインダストリアルデザイナーとして、アイビー・ロスよりも古くからグーグルに在籍している松岡良倫(よみ)も同時に日本を訪れていた。
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京都で期間限定の町屋を展開
実は日本を訪れた両名にはもう1つ大きなミッションがあった。グーグルのハードウェア製品のデザイン哲学「エモーショナルデザイン」を感じてもらう町屋造りのコンセプトハウス「Google Pixel: Home of Design」の設営だ。
京都御所の近くの伝統的な京都の町屋を、単なる展示を超えて、訪れる人々の感情に働きかける「エモーショナルデザイン」の哲学を、五感を通じて体験できる仕掛けが随所に施されたデザイン体験の場へと変貌させた。
特筆すべきは、体験の設計をグーグルが単徳で行うのではなくアーティストの渋谷慶一郎や、障害のある作家が描くアート作品をファッションを含む様々な持続可能ビジネスに展開し注目を集めるヘラルボニーのアーティストといった日本のクリエイターとコラボをしたことだろう(実はミラノのデザインウィークでの展示でも毎回、他のクリエイターとのコラボという形にしている)。
体験は「味覚」をテーマにしたダイニングルームで始まる。
「Peony」と「Rose Quartz」の色調で彩られた空間、テーブルの上には京都の老舗和菓子屋「菓子屋のな」特製の生菓子が、視覚と味覚の両方を楽しませてくれる。壁には、ヘラルボニー契約作家SATOのアート作品が、空間に彩りを添える。
ダイニングの奥、中庭に臨む1階のリビングルームのテーマは「触覚」。
「Porcelain」をテーマにした畳の空間。陶器の質感や自然の石など、触覚を通じた体験を提供。時間と光の変化とともに、素材の表情が移ろう様子を観察できる。ヘラルボニー契約作家 片寄大介の作品が展示されている。
階段を上がってすぐに見えてくる書斎空間のテーマは「視覚」。「Obsidian」の漆黒を基調とした空間にヘラルボニー契約作家 佐々木早苗が描いた黒い円の作品が強烈なインパクトを残す。自然のオブジェや画材、書籍などから創造的な刺激を受けることができる。
黒曜石のような深みのある色彩が、思考を深める場を演出している。スケッチブックにGoogleデザインチームの柵と思しき製品のデザインスケッチが描かれているのも気になるポイントだ。
階段の正面にある寝室は「嗅覚」をテーマにしている。「Wintergreen」の清々しい色調に包まれた空間には、ヘラルボニー契約作家 小林泰寛の作品が展示されている。簡単なアンケートに答えると、この部屋に置かれたディフューザーに、そこで選んだ感情に呼応する特別な香りが設置され部屋全体を包み込む。 「Google Pixel: Home of Design」では、一部、インフルエンサーなどを招いて宿泊体験も提供していたが、宿泊した場合には、その香りで目覚めとともに訪れる新鮮な感情を楽しむことができるという。
2階の書斎の奥には小さな引き戸がある。戸を開くと隠し部屋のような屋根裏部屋のような和室が現れる。ヘラルボニーの契約作家、Kayano Tanitaの作品を合わせた「Hazel」(ヘーゼル)をコンセプトにした瞑想的な空間は、渋谷慶一郎の作品となっている。
部屋に入ると同時に、二度と同じ瞬間が訪れず永遠に変化し続ける渋谷のサウンドインスタレーション作品『Abstract Music』の音が流れ、壁のスクリーンにAI を駆使するアーティスト岸裕真が手がけた無限に詩を生成するプログラムによる詩が映し出される。
詩はグーグルハードウェアデザイン責任者、アイビー・ロスが提案する「Hazel」カラーがもたらす感情を表す 6 つのキーワード――「grounded」「peaceful」「rest」「soothing」「hushed」「content」――をもとに生成されているという。
「これはAIによるポエトリーリーディングだ」と渋谷は語る。3分に1回詠まれる詩は、AIにその瞬間に沸き立ってきた言葉を詠ませたもので、約1ヶ月の展示期間が終わる頃には1冊の詩集が出来上がるほどの詩が貯まるという。音楽もデジタルの音でありながら、どんな環境音にも調和するように作られているという。
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2027年のPixel 11に日本からのインスピレーションを期待
これらの展示を手掛けたデザイナーは、展示を作るにあたってどんな想いを込めたのか。
レイチェル・レンデリーは「色の背後にあるインスピレーションを見せたかった」と語る。
「東京のテーブルの展示では、それぞれのセットアップを通して各色の個性やインスピレーションを表しました。今回の京都の展示では、例えばPorcelain(磁器)という名前に合わせて選定した美しい磁器を並べました。こうした美しいものが、製品デザインにおける基準になっています。来場者の方々には私たちのデバイスにおいて色がどのように命を得るのかを展示で示したいと思っております。」
ソニーやPalm社を経て2011年にグーグルに参加している松岡良倫は「製品を語る時に、例えば何メガピクセルとかいったスペックや技術で製品を語る会社が多いけれど、アイビーはどうやったらそれをもっと優しくできるかをいつも考えている人。例えば我々の製品で重要なAIのGemini(ジェミニ)にしても、普通に紹介すると難しくなってしまいがちだけれど、アイビーは『これがあることで生活がよくなるんだ』と優しい言葉に置き換えて紹介することができる人物。
一時期、アイビーは自らのデザインをSoft-[wear]という言葉で表現していました。アプリなどのソフトを表す言葉はSoftwareだけれど、あえてウェアを「wear」と綴ることで自分たちが作るものは、日常生活に溶け込むどこか柔らかくて優しい存在であることを表したのですが、おそらくいまでもそれは生きていて、それが今回のような展示に繋がったのだとお思います。」と振り返る。
では、今回、2つの展示を日本で行ったことにはどんな意味があるのだろう。Googleのデザインチームにとって日本はどのような場所なのだろう。
レンデリーは「例えばPorcelainのインスピレーションの元になった磁器のいくつかも日本から手に入れたもの。日本からはいつも大きなインスピレーションを得ている。」と語る。
グーグルのデザイン部門には日本好きな人が多く、最初は緑系の製品カラーのこともシリコンバレーでも大流行中の「抹茶」と呼ぼうという動きがあったようだ。しかし、実際の色が抹茶の色にしては薄過ぎるという議論になり、現在の「Aloe(アロエ)」になったという。
日本人デザイナー、松岡の答えはもう少し具体的だ。毎年1度は日本に帰国するという松岡。帰国する度にPixelのユーザーが増えていることに驚き喜んでいるという(実際、いま世界で一番Pixelが売れている国のひとつが日本なのだという)。
だから、松岡が担当する価格が手頃でより多くのユーザーが手にするPixel a というシリーズでも、日本のユーザーのニーズを徹底的に分析していまの形になっているという。グーグルでは、いくつか製品のバリエーションを作った後、実際にユーザーがどの製品を使っているかのデータを詳細に分析して次の製品を作る会社だ(常に2年後の製品を並行して開発しているという)。
例えばピンク色一つにしても、どの色だと手に取らないのかといったことを徹底的にユーザー調査をする。そうした調査の1つで日本では製品がある幅を超えると、途端に製品を手に取らなくなることがわかったので、常にそのサイズを超えないように心がけて製品をデザインしているという。
ということは、今回、日本の文化の中心の京都で「Google Pixel: Home of Design」を展開し、日本のアーティストとコラボし、日本のグーグルファンと行った交流は、いまから2年後、2027年に登場するPixel 11あたりに生かされるかも知れない。一体どんな製品になるのか、楽しみに待ちたい。
Google Pixel: Home of Design
住所:〒 602-8028 京都府京都市上京区門跡町 門世跡町 291 番地公開期間:2024年12月29日(日)~2025年1月31日(金)
料金:無料
https://store.google.com/intl/ja/ideas/google-pixel-home-of-design
※1回1時間30分のご利用となります。 ※予約に関する注意事項に関してはページ内利用規約をご確認ください。
ITジャーナリスト
1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。
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1990年から最先端の未来を取材・発信するジャーナリストとして活動を開始。アップルやグーグルなどIT大手に関する著書を多数執筆。最近は未来をつくるのはテクノロジー企業ではないと良いデザインやコンテンポラリーアートの取材に注力。リボルバー社社外取締役。金沢美術工芸大学客員教授。
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