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右上:「パノルナ・インバース」アシメントリーなダイヤルに相対する、大径ムーンフェイズと精緻な調速脱進機が映える。 右下:「シックスティーズ」レトロ感漂うアラビア数字に、ゴールドのアクセントカラーのコントラストがエッジーな個性をアピールする。 左下:「セブンティーズ・クロノグラフ・パノラマデイト」注目を集める角形ラグジュアリスポーツのスタイルに、独創的な技術とドイツ時計らしい控えめな美学を秘める。
連載「腕時計のDNA」Vol.17
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
たとえウォッチトレンドが流行によって移り変わる表層だったとしても、その根底にはブランドそれぞれの理念がある。そこには歩んできた歴史や文化に加え、国柄も息づくのではないか。特にものづくりという側面では、スマートウォッチのようなコモディティ化が進むほど、より明確な個性として浮かび上がってくる。ドイツ時計はその証左といえるだろう。
ドイツ東部、鉱山の町グラスヒュッテは1845年に新たな産業として時計製造が始まり、多くの時計工房が生まれた。やがて国内製造の中心として発展するが、戦後の東西ドイツ分断の下、1951年に全工房は統合し、国営企業になる。グラスヒュッテ時計産業公社、通称GUBだ。
戦争という不幸な歴史による変遷ではあったものの、結果的にクオーツ時計の台頭など時代の激動にも伝統的なドイツ時計製造の技術や文化は守られ、さらに醸成を重ねた。そしていよいよドイツ再統一後の1990年に民営化され、グラスヒュッテ時計産業を承継する形で、ブランドとして確立されたのがグラスヒュッテ・オリジナルである。
1995年に当時のバーゼルフェア(後のバーゼルワールド)でデビューし、再び世界にその名を知らしめた後、2000年にスウォッチグループ傘下に入り、現在に至る。今年はグラスヒュッテで時計製造がスタートして180周年という特別な年だ。
ブランドの特徴は、クオーツを手がけず、機械式時計のみを製造することだ。いまも発祥の地であるグラスヒュッテで伝統的な自社一貫製造を続ける。さらに文字盤ファクトリーも備え、名だたるマニュファクチュールでも文字盤までも製造するブランドは限られる。その自社パーツ製造率はなんと95%以上を誇るのだ。
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新作「パノルナ・インバース」
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モダンとクラシックの融合に技術が宿る
かつて時計産業の集積地だったグラスヒュッテをブランド名に冠し、いまもマニュファクチュールの伝統を守り、さらに新たな創造性を注ぐ。その象徴が「パノルナ・インバース」だ。ベースになった「パノ」はブランドを代表するアイコンシリーズで、時分表示のインダイヤルとスモールセコンドを文字盤の左にオフセットし、その余地に大型かつ仕切りのないパノラマデイトはじめ、さまざまな表示機能をアシンメトリーにレイアウトする。豊富なバリエーションでも人気が高い。
このひと目でそれとわかる大胆なデザインに、ブランド初のインダイヤル一体型のムーンフェイズを備え、本来は裏側に位置する調速脱進機を正面に移した(=インバース)。そこにあらわになったのは、バランス調整用のチラネジを外周に備えた大径のテンプと、独自のダブルスワンネック緩急針だ。これは、ヒゲゼンマイの長さを調整する緩急針を横方向から押さえた湾曲バネを左右に備えることで、それぞれ独立して振動数の微調整と振角を制御する。精緻な美しさに見た目にも異彩を放つ独創的な技術である。
ムーブメントの一部が見える文字盤は、伝統的なグラスヒュッテ3/4プレートに、大径のムーンフェイズはディスクにアベンチュリンを用いて美しい星空を表現する。モダンとクラシックが絶妙に融合し、ブランドのオリジナリティがより際立つのだ。
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定番「シックスティーズ」
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レトロヴィンテージに時代の躍動感を刻む
いまもベルリンには旧東ドイツ時代の名残がランドマークとして数多く残る。60年代末に登場したテレビ塔であり、その近くにあるウーラニアー世界時計は多くの観光客で賑わう。GUB時代を彷彿させる「シックスティーズ」が醸し出すレトロ感はまさにそれに通じる。
オーソドックスな中三針のスタイルに唯一無二の個性を演出しているのが3、6、9、12のユニークなアラビア数字だ。手書きの味わいある丸みを帯びたタイポグラフィはオリジナル。ドイツと言うとバウハウスを代表するフーツラ書体の印象が強いが、これは60年代、ビートルズやローリングストーンに始まり、世代交代の下、新たな建築様式やデザインが生まれ、人間の挑戦もいよいよ宇宙へと向けられた時代の躍動感を象徴するのだ。
シンプルなラウンドケースにドーム型のサファイアクリスタル風防を備え、同じくドーム状になった文字盤に分針と秒針の先端がなめらかに沿う。アワーインデックスはプリントや植字ではなく、文字盤を彫り込み、ケースや針と同色で仕上げた凝った仕様だ。これも自社の文字盤ファクトリーを持つ強みだろう。
オーセンティックでありながらも細部にはエッジーなデザインを秘める。それだけに多彩なケース素材や文字盤カラーにも違和感なく馴染み、好みに合わせて選ぶことができるのも嬉しい。そのスタイルは時代を超越する。
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通好み「セブンティーズ・クロノグラフ・パノラマデイト」
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ひけらかさない美学にドイツらしさが伝わる
70年代、ファッションがより自由な個性を楽しむようになるにつれ、腕時計も多様化し、自動巻きクロノグラフなどスポーティな機能性や鮮やかなカラー文字盤、TVスクリーンと呼ばれたクッションケースが登場した。そんなスタイリッシュな時代の息吹を伝えるのが「セブンティーズ・クロノグラフ・パノラマデイト」だ。
ブランドのアイコンであるパノラマデイトに、2カウンターのクロノグラフを装備する。だがクロノグラフの積算機能は、中央の秒針と30分計に加え、弧を描いた小窓で12時間積算を表示する。70年代のテイストを損なうことなく、現代的なクロノグラフ機能を備えるのだ。さらにフライバック機能を備え、瞬時の操作と誤操作によるメカトラブルを回避する。質実剛健なドイツ時計の本領発揮である。
もうひとつ注目したいのがパワーリザーブ表示だ。一般的な針表示とは異なり、スモールセコンドの外周をさり気なく切り欠きし、消費量を示す。そんな最小にして最大の効果を得る合理的なスタイルにもドイツらしさが伝わってくるのだ。
存在感ある文字盤にはそれにふさわしい多機能を秘める。それだけの卓越した技術のある一方で、ひけらかすことのない美学が時計愛好家を虜にする。久しぶりに角形時計への注目が集まる今季、見逃せない一本だ。
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道具としての完成度に希少価値も高い
ドイツの工業製品から伝わるのは、合理性と効率を追求した設計思想とデザインであり、優れた機能性はロジカルなものづくりの哲学に支えられる。それは腕時計も例外ではない。スイス時計に比べると華やかさに欠けるかもしれない。だが決して無味乾燥としたものではなく、使うほどに実用性を味わえ、愛着が増す。つまりは日常をともに過ごす道具としての完成度が高いのだ。
グラスヒュッテ・オリジナルの年間生産本数は極めて少ない。それも高品質と手作業にこだわり、よりオリジナリティの高い時計をつくるからにほかならない。そして95%のパーツ自給率とマニュファクチュールの体制を貫くことからも極めて希少価値は高く、マニアならずともぜひ魅力に触れてみたいブランドである。
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柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
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