ザ・ノース・フェイスが、革新的な新素材「ブリュード・プロテイン™ ファイバー」を使ったカプセルコレクションを発表した。コラボレーションしたのは、ニューヨークとロサンゼルスに拠点を置く現代美術家のサム・フォールズだ。
コレクションのテーマになったのは「SYMBIOTIC―共生」。サム・フォールズとはどんなアーティストであり、「ブリュード・プロテイン™ ファイバー」とはどんな素材なのか? 3人のキーパーソンから話を聞き、コレクションの全貌に迫った。
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自然と共創するアーティスト、サム・フォールズとは?
今回のカプセルコレクションでコラボレーションし、キーとなるアートワークを制作したのが現代美術家のサム・フォールズ。アメリカのクリーブランド現代美術館やイタリアのトレント・ロヴェレート近現代美術館など世界各地で個展を開催しているが、昨年2月、東京の小山登美夫ギャラリー六本木で日本で初めての個展が開かれた。
「シドニー・ビエンナーレというオーストラリア最大の現代美術国際展があるのですが、そこでサム・フォールズの作品を見て感銘を受けました。その後もいろいろな展示会で彼の作品を見ましたが、サムの作品は植物などをモチーフにしていて、自然と直結しています。彼の作風は日本人も好きなのではと思い、声をかけて個展を開きました」とギャラリーのオーナー、小山登美夫さんはサムとの出会いを話す。
「彼は自分で絵を描く作家ではありません。キャンバスを自然の中で放置し、布の上に植物などを置いて、そこに水に反応する顔料などを加えて、時間をかけて作品をつくっていきます。長期間、太陽や風、雨にあたるとキャンバスや植物の色も変わっていく。絵で植物を描くというのではなく、植物が太陽と一緒に描いた痕跡のような仕上がり。それがすごく面白い」と小山さんはサム・フォールズという現代美術家の魅力を解説する。
「彼の作品は自然の中で制作されること自体も面白いのですが、ゆるやかで穏やかな"時間"を経て生まれる作品の変化も、彼にとっては大事なのだと思います。このようなアーティストは、なかなかいないと思います」
自然、そして時間との共創によって生まれるサム・フォールズの作品。サステイナビリティや環境保護が叫ばれている現代だからこそ、彼の作品は見るものの心をつかむのだろう。「おそらく、ザ・ノース・フェイスというブランドとも親和性が高いと思います」と小山さんは話す。
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アートワークとなった「Spring Snow」との運命的な出会い
今回のカプセルコレクションで重要なキーワードになっているのは「SYMBIOTIC―共生」だ。コレクションは2024年8月に先行発売された2型の半袖Tシャツに加え、コーチジャケットやスウェットシャツ、Tシャツなど全7型がラインアップされ、いずれのアイテムにも24年に日本初の個展で発表された作品「Spring Snow」がキーアートワークとして採用されている。
「今回のプロジェクトのためにニューヨークへ行き、多くのアーティストと会っていたのですが、(ニューヨーク州の)ハドソンバレーにあるサム・フォールズのスタジオでこの『Spring Snow』を見せてもらいました。作品はまだキャンバスに貼られていない状態で、スタジオの2階にかかっていて、窓越しに太陽の光を浴びてとてもきれいでした。実はその作品は数カ月後に日本で開かれる彼の展覧会用の未発表作品だったのです。今回のプロジェクトのことをサムに説明をすると、彼はこの作品が最適ではないかと言ってくれました。僕もひと目で気に入ってしまったので、話が盛り上がり、アートワークにすることが決まりました」
こう話すのは、今回のコレクションの企画・ディレクションを担当した、ザ・ノース・フェイスの原田貴章さん。
サム・フォールズが描いた「Spring Snow」は、春、夏、秋と複数の季節をまたいで制作されたもので、ハドソンバレーの季節の移ろいを重層的に表現した作品だ。自然を活かした奥行きのある色調やグラデーションがそれぞれのプロダクトに落とし込まれている。
「ひとつのアートワークをいろいろなかたちで見せていく——これもサムのアイデアだったのですが、コーチジャケットのように作品を全画角で載せたプリントもあれば、あえて部分的にプリントしたものもあります。サムがこだわったのは、ロゴの入れ方でした。彼は作品とロゴを分離したくないと言っていました。そこでロゴを作品と一緒に表現するために、プリントの手法にこだわりました。ザ・ノース・フェイスのロゴの表現も特殊な方法で、グラデーションを使った刺繍で表現したものもあります。『SYMBIOTIC—共生』というテーマも彼との会話から出てきた言葉です。一緒にプリントした英文は、このキーワードをどう説明するのかと彼に投げかけた時に書いてくれたものです。素晴らしい文章だったので、そのままデザインとして使用しました」と原田さんは語る。
「ザ・ノース・フェイスが『ブリュード・プロテイン™ ファイバー』という素材を使って、コレクションとしてコラボレーションを行うのは初めてのことでした。初めての取り組みなので、ブランドとではなくアーティストとコラボしたかったんです。10組ほどアーティストに会う中で、サムの自然と共創してつくられる作品を見て、今回のコレクションとマッチするはずだと確信しました。『ブリュード・プロテイン™ ファイバー』という素材は、微生物が自然界にある、たとえばサトウキビなど植物由来の原料を食べてつくったタンパク質を原料に糸をつくっていく、そんな素材です。これは彼の作品にも通じるものです」
実はサム・フォールズはバックカントリー(スキー場などレジャー用に整備された区域ではないエリア)で行うスノーボーディングやサーフィンを愛好していて、ザ・ノース・フェイスの服も愛用してきたと聞く。「彼を知れば知るほど、今回のプロジェクトを一緒にやりたいという気持ちが芽生えました」と原田さんはサムとの出会いを話す。
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「ブリュード・プロテイン™ ファイバー」は世界を大きく変える素材
ファッションに限らず、現在は地球環境に配慮したものづくりが求められる時代と言えるが、今回のカプセルコレクションの全アイテムに採用されている「ブリュード・プロテイン™ ファイバー ファイバー」は、植物由来のバイオマスをおもな原料とし、微生物の力を活用してつくられる人工のタンパク質がもとになる。従来の化石燃料からつくられる合成繊維、また天然の動物由来繊維と比較し、環境に与える影響の低減も見込まれる。土壌環境下や海洋環境で分解できるため、循環型社会の実現を後押しする可能性も秘めた、まさに革新的な素材だ。
この素材に初期から関わり、「ブリュード・プロテイン™ ファイバー」を熟知するゴールドウインの開発本部長新井元さんに、その魅力を聞いた。新井さんはこのカプセルコレクションでも糸の紡績から、製織、染色やプリントなどの加工ほか、さまざまな製造プロセスに関与している。
「この素材はそもそもは山形県鶴岡市にあるスパイバー社で開発されたもので、ゴールドウインは同社を支援してきました。世界中にクモは何十種類もいると言われていますが、鉄よりも強い破断強度を持つクモの糸に着目したのがスパイバー社。そのクモの糸を形成するのがタンパク質であることから、クモのDNAを解析し、最強の糸を分子レベルで、かつ発酵技術を活用してつくろうと研究開発を続けました。ただ、クモの糸を再現しようとすることで水に濡れると縮むなどアパレル向けには課題が見つかったため、アパレル向けに改良、最適化する研究開発を共同で行なっていきました。簡単に言えば、『ブリュード・プロテイン™ ファイバー』はこんなアプローチでつくられました。将来的には合成繊維に代わるものになる可能性もあり、世界を変えていくかもしれない。そう考えています」
「まずはこの『ブリュード・プロテイン™ ファイバー』から生まれた糸を使って、我々がこれまで生産してきた綿製品、あるいはウールやセルロース系のニット素材に代替していこうと考えています。分子改良、生産効率等が発展していけば世界で最も多く使われている石油系の素材の代わりにもなる可能性もある。ポリエステルの数パーセントでもこの素材に変えることができれば、相当な量で資源が循環していくのではないでしょうか」と新井さんはこの革新的な素材の未来を想像する。
とはいえ、この素材はコットンやウール、シルクなどの従来の衣料に使われる素材とは違う。合成タンパク質から生成された原料を糸にするのにも、生地を織ることも、あるいは染色することもプリントを施すことも簡単なことではない。未知なる素材に合わせて、それぞれの技術も進化させていかなければならないからだ。山形のスパイバー社とゴールドウィンの協業が発表されたのが、2015年。およそ10年間を要して、今回のコレクションは生まれたものだ。
この「ブリュード・プロテイン™ ファイバー」の将来に、ある意味ブランドとしての"使命"のようなものを感じていると新井さんは話す。
「ザ・ノース・フェイスは自然の恩恵を受け、ビジネスを行い、成長してきたブランドです。ならばこの『ブリュード・プロテイン™ ファイバー』は環境を変え、維持し、世界を変えていくことに役立つのだと広めていく使命があると思うのです。だから、世界中のさまざまなブランドが使うようになればいいとも思っています。この素材を使った製品を誰もが気軽に買えるようになるには10年単位の時間が必要だといま考えていますが、多くのブランドが使用することで、それが1年、2年で可能になったとしたら我々としてはとてもハッピーなのです。そのためにノウハウを自社で閉じ込めておくのではなく、情報をオープンにして、この素材を一緒に発展させていければとも思っています」
こうした姿勢は、カプセルコレクションのテーマになっている「SYMBIOTIC―共生」そのものとも言える。それは、自然と共創するサム・フォールズの作風にも、素材で循環型社会を目指す「ブリュード・プロテイン™ ファイバー」、ひいてはザ・ノース・フェイスのブランドの根底にある価値観ともつながっているだろう。
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