民藝が与える現代を生きる暮らしへのヒント。"割り切れない美”をともに悦びながら継承していく

  • 写真:朝山啓司
  • 編集・文:久保寺潤子
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100年前に提唱された「民藝」は、現代を生きる私たちにどんな暮らしのヒントを与えているのだろうか。自身の店で作り手と使い手をつなぐ高木崇雄に話を聞いた。

2025年は、「民藝」という言葉が誕生して100年目となる記念の年だ。そしていまもなお、世代を超えて多くの人が民藝に魅了されている。いま私たちが日常の中で出合う民藝の姿とは? 日々の暮らしに寄り添ってくれる、その魅力にフォーカスしたい。

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『民藝』は日本民藝協会が発行する機関誌で、高木は現在編集長を務めている。日本各地の民藝のいま、そしてこれまでとこれからを紹介。バックナンバーは日本民藝協会のホームページで入手できる。

1926年、柳宗悦らが提唱した民藝は約100年の間、時代に応じて生活文化運動として発展してきた。ライフスタイルという言葉が定着し、個人の美意識を大切にすることが当たり前になった現在でも、民藝は美の価値基準を求める際、羅針盤のような役割を果たしてきた。福岡で工藝風向を営み、機関誌『民藝』の編集長を務める高木崇雄は、現代における民藝の意義について、どのように捉えているのだろうか。

「柳らが民藝運動を行った時代と現在では、必ずしも時代状況が異なるとは考えていません。彼らが生きた時代は、帝国が周辺諸国の人々を〝標準化〞しようとした時代で、それはグローバリゼーションが進むいまと近い面もある。ひとつの価値観が社会を覆いつつあった時代に日本各地の手仕事や、朝鮮半島・沖縄・アイヌといった独自の豊かな暮らしを営む人々が生み出す品々に美を見出し褒め称えた柳は、上から目線で彼らを〝保護〞しようとしたわけではありません。美しさを生む背景にある当たり前の暮らしの多様さ、豊かさを守るためにはどうしたらよいのかを考え、彼らとともに歩むべく活動したのです」

その土地の土でつくられる器を私たちが日々使うことも、地域の固有性を愛し、土地の風景を守ることにつながると高木は言う。

「筑後川沿い、日田や久留米の焼きそば屋や焼き鳥屋で、小鹿田焼や小石原焼の器がボロボロになりながら使われていたり、沖縄では『やちむん』と呼ばれる地元の焼き物が戦前も戦後もつくられ、使われ続けてきたりする。器はいつも暮らしの風景を支えてきたのです。民藝は単なる『懐かし手仕事愛好会』ではありません。常に小さな存在のそばに立とうとしてきたし、民藝を継承するということは、多様な美をともに悦ぶことであってほしいと考えます」

世界各地のものに関する情報があふれ、なんでも手に入るいま、日本人ならではの共通した美意識が見えにくくなっている。高木は柳による「奇数の美」こそ、その答えのひとつではないかと言う。

「柳は『日本の眼』という文章で、日本独自の美の見方として『奇数の美』という言葉を使っています。それは不完全さに潜む美であり、また割り切れない美しさをそのままに受け取ることでもあるでしょう。僕らはすぐに是か非かを二分化して判断してしまいますが、どちらかに居着くことなく軽やかに、かつしっかりと美しさを受け止める胆力が必要だと考えます。簡素であること、普通であることに美しさを見出すこと。自分にとっての『奇数の美』とはなにかを考えてみることは、暮らしを削ぎ落としつつ深めることにつながるのではないでしょうか」

 

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右:工藝風向の展示風景。木村硝子店のワインカラフェには、高木の自宅の坪庭や道端で摘んだ季節の花が活けられている。公園と神社に挟まれた緑豊かな環境に調和している。

左:光を受けて窓辺で艶やかに輝くちゅーかー(左)と按瓶(右)は、沖縄のからや窯で創作を続ける登川均の作。ぽってりとした佇まいが目にも優しい。

現代においてものを語る上でキーワードとなるのが「デザイン」だが、柳たちが用いた「無名」や「用即美」という考え方はデザインを考える上でのヒントになると高木は言う。

「近年は、優れたデザインであればあるほど『見えないデザイン』になっているなと感じています。それはデザイナー個人の作家性や見た目のインパクトが前に出るというよりは、多くの人が共有しうる形として生まれる、いわば『無名のデザイン』です。それは公共デザイン、コミュニティデザインのような無形のデザインも含みます。優れたデザインは常に人々に働きかけ、動き出すことを求める。働きのなかで美が生まれ、美があるからこそ働きが促される。この相互関係が『用即美』ではないでしょうか。プロダクトのデザインを行う場合であっても、いつか皆のものとして受け入れられ、社会に溶け込んでゆく『用即美』のあるデザイン、『工藝的なるデザイン』を考えることは、これからのデザイナーにとって重要なのではないでしょうか」

日々、器や道具に接している高木は、どのような姿勢で店を運営しているのだろうか。

「河井寛次郎の『追えば逃げる美、追わねば追う美』という言葉があります。さまざまな美が主張される時代ではありますが、僕自身はあっちの美、こっちの美と追うつもりはまったくなく、信頼し合って一緒に仕事ができるかという観点を軸として作り手と付き合っているだけです。もちろん人やものが『民藝的』であるかどうかも考えません。僕が作り手やものを選んでいるのではなく、僕は彼らに選ばれているに過ぎないんです。配り手として作り手・使い手に選ばれる仕事を重ねることで、いつか柳たちが選んだような美しいものがこの社会にも生まれるといいなとは願いますが、自分が生きている間にそれを見ることができるかどうかは重要ではありません」

美しいものに出合うためには「直下に物を見る」ことが大切だと柳は言った。直下に見るために、私たちはどんなことを心掛けるべきだろうか。

「ただ、きちんと見ることです。『見テ 知リソ 知リテ ナ 見ソ』と柳は語りますが、往々にして人は見ようとしないし、知ろうともしない。見たとしても知ることを怠ってしまう。その時の気分と社会が駆り立てる欲望のままに選び、消費しているだけです。まずは目の前の相手を素直に受け止め、そして相手から学ぶことを繰り返してゆけば、いつかきっと素晴らしいもの・人と出会うことができるのではないでしょうか」

 

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工藝風向の店内。焼き物やガラス、漆器や編組品など、作り手との信頼関係によって集まった数々が見やすく展示されている。定期的に開催している企画展は季節を感じさせる品揃えが魅力。

 

 

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高木崇雄
工藝風向 店主

1974年、高知県生まれ。2004年、福岡県で「工藝風向」を開店するとともに、九州大学大学院にて柳宗悦と民藝運動を対象に近代工藝史を研究。日本民藝協会常任理事。著書に『わかりやすい民藝』。

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