【Penが選んだ、今月の音楽】
『フレデリック・ジェフスキ:
「不屈の民」変奏曲/ノース・アメリカン・バラード〈全6曲〉』
『団結した民衆は決して屈しない!』こと通称『不屈の民』は、1973年にチリで生まれたスペイン語のプロテストソングで、発表当時、チリの政治状況に注目が集まっていたこともあいまって世界的に有名になった。その2年後、アメリカの女性ピアニストであるウルスラ・オッペンスは、このプロテストソングをもとに変奏曲を作曲してほしいと、作曲家・ピアニストのフレデリック・ジェフスキに依頼。変奏曲の歴史における最高峰のひとつ、ベートーヴェンの『ディアベリ変奏曲』に比肩するような作品を目指して1975年に誕生したのが『「不屈の民」変奏曲』だ。日本では高橋悠治による1978年の録音が代表的な名演奏として知られ、広く聴かれてきた。
まさにその高橋の録音を聴いて衝撃を受け、いつの日か挑もうと考えてきたのが大瀧拓哉だ。彼はヨーロッパで現代音楽のスペシャリストたちのもとで研鑽を積み、20世紀以降の音楽に特化したオルレアン国際ピアノコンクールで2016年、優勝を果たした。ソロから室内楽まで、その時々に求められる音楽に的確に対応できる幅広い表現力が持ち味で、帰国後も現代音楽を中心に活躍している。そんな大瀧の魅力と能力が最大限発揮されているのが本盤だ。音楽の歴史を総ざらいしているかと思えるほどの多彩さ(口笛も吹く!)をもった36回の変奏の個性を、大瀧は徹底的に際立たせていく。バラバラになりそうだが、そのほうが終盤の変奏が盛り上がり、作品全体のまとまりもよくなるのだから驚かされた。これぞ新世代の新たな名盤といえるだろう。
併録されたノース・アメリカン・バラード第1~6番は人類の愚かな歴史を生々しく伝えてくれる作品で、ピアノと同時にチェーンを演奏する第5番は鳥肌なしに聴けない。
※この記事はPen 2025年2月号より再編集した記事です。