「土」と「布」から始まる、次世代のクリエーション。注目の若手デザイナー2名を紹介【シンガポールデザインの現在地 02】

  • 文:猪飼尚司
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シンガポールが国を挙げてデザイン産業に注力していることは前回の記事で述べた。そんな中、昨秋シンガポールデザインウィークの期間中に開催された、若手クリエイターの企画展「FUTURE IMPACT2」で、ユニークな活動を展開する2名のクリエイターと出会った。土にまつわる制作を行うジュヌヴィエーヴ・アンと、布をベースに多様な創作を展開するティファニー・ロイだ。今回の記事では、この二人のデザイナーについて紹介したい。

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日々の暮らしに密着する「土」

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ジュヌヴィエーヴ・アン⚫︎シンガポール生まれ。2016年、シンガポール国立大学建築学校卒業。土を媒介にしながら、彫刻的な表現の裏に潜む素材の原理や社会構造を紐解いていく。

土の人、ジュヌヴィエーヴ・アンは、10歳のとき、学校の授業ではじめて触れて以来、「土のとりこになった」と話す。

「子供のときからずっと触れてきたので、私にとって土はとても懐かしく、親しみのある存在。手は少し汚れるけれど、柔らかい触り心地は気持ちを穏やかにしてくれます。土と戯れている時間は、ほかのことを何も考えず、頭のなかを白紙にすることができるので、土は静けさの象徴とも言えるような気がします。自分の手元から、あらゆるものと関係性を比較し、眺められるのが何よりも楽しいです」

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「Reciproco」(2024年)。有機的なかたちをした一対のオブジェは、一方に触れるとその手の温もりが、触れていないもう一方に伝わるというインタラクティブなセレミックトレイ。デジタルエンジニアリングを手がけるInteractive Materials Labとのコラボーション。
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チャイナタウンにある「Eu Yan San shophouse」で行った展示会「TIn & Herbs」(2023年)。会場が元は歴史ある中国の漢方薬局であり、一族が錫の鉱山のオーナーであったことから、素材に錫と薬草を用いた作品を展開した。

どの時代、地域においても、土を用いて人は暮らしを、そして文化を形成してきた。土壌や気候の特性、文化のあり方、技術の進歩によって、その形態は多様に異なるが、現代に生きる私たちの身の回りをぐるり眺めても、食卓に並ぶうつわやビルや家に貼られたタイルも土からできたもの。さらに食べ物の9割以上が土で育てられており、スマホをはじめとする身近な家電や工業製品に使われるボーキサイトも元を辿れば土に行き着くなど、社会を構成するあらゆるものに土は絡んでいる。ジュヌヴィエーヴは土でなにかを形づくる行為よりも、このような土と人、そして社会が織りなすストーリーそのものに興味を持っている。

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柳原照弘がキュレーションを担当した「An Open-ended Dialogue」のためにつくった作品「Matter (On-going)」(2024年)は、ISSEY MIYAKEシンガポール店で展示したもの。

「土がどこから生まれ、どのように生成され、社会のシステムのなかに組み入れられていくのか。私はそのプロセスに面白みを感じています。そして、土がどこまで人の意識や感覚に影響を及ぼし、広がりを持つ可能性を持っているのかを探りたいんです」

自身のアートやデザインというように活動分野を限定せず、デジタルエンジニアや建築家という異分野のクリエイターとも積極的にコラボレーションを重ねていく。

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「もしこの世界に土が存在しなかったら」という独創的な発想から生まれた釉薬だけを使った作品「A Place With No Sand」(2024年)。

「シンガポールには、他の国と比べると土にまつわる産業が少なく、協業すべきメーカーが国内にほとんどありません。でもその代わりに、デザインはこうであるべきという定義がなく、文化の交差点にいるような感覚でいられる。おかげでなにに縛られることもなく、自分自身が信じる地点に常にいられるような気がしています」

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「テキスタイル」という、変幻自在の素材の面白さ

一方、ティファニー・ロイは、テキスタイルと対峙しながらそこに潜む創造の種を探り出すクリエイターだ。

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ティファニー・ロイ⚫︎シンガポール生まれ。シンガポールでインダストリアルデザインを専攻。2014年より織りに関する作品づくりをはじめ、京都で織り技術を学んだ後、ロンドンのRCAでテキスタイルの修士課程を修了している。

元はインダストリアルデザインを専攻していたティファニーがテキスタイルと出合ったのは、国立大学のデザイン・インキュベーション・センターに所属していたときのこと。

「とあるブランドとバッグを開発するプロジェクトの試作で、初めて自分でミシンを使って縫製したとき、自由に操作できる身近さを楽しく感じると同時に、一つでも手順を間違えると組織がずれていき、どんどん違うものに仕上がっていってしまう感覚がありました。テキスタイルに愛らしくも、手に追えないモンスターのようにも思えて。知らぬうちに、変幻自在の素材が持つ果てしない奥行きに取り憑かれてしまいました」

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織り物だけで、さまざまに空間を構成した2023年の個展「Lines in  Space」より、「The Weaverly Way II」。 ©Fabian Ong
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ワッフル状の組織でさまざまな表現を追求した作品群より「Natural Colour」。2023年にラッフルズホテルのThe Macallan Houseに飾られた。

普遍的でいて革新性に富み、あいまいな優しくソフトな存在ながらも堅牢で丈夫。テキスタイルが持つ表現の振り幅の裏には、5000年以上におよび世界各地で、異なる時代の知恵が重なりあい、発展し続けてきた歴史も大きく関係しているとティファニーは話す。

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コワーキングスペース「WeWork」のためにデザインした「JW Orchid」(2022年)。

さらに、世界的に新型コロナウイルスが蔓延したときに、ちょうど留学先のロンドンで暮らしていたという彼女は、自粛生活を送るなかで、新たなクリエーションの鍵を見出した。

「もしこの世に織り機がなかったら、この世の中はどうなるだろうか。そんな思いから、自分の手でできる織りの技を考えているうちに、新しいものづくりの発想が生まれました。さらに個展をオンラインで開催することによって、以前にもまして作品のディテールに意識が及び、色の解像度もかなり高くなったと思います」

この体験を通じ、最近はテキスタイルの発想をセラミックやガラスに転換させた3Dの作品に果敢チャレンジ。さらに建築プロジェクトにも派生する可能性も感じているという。

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織りの構造をタイルの形で表現。それぞれを組み上げて独創的なオブジェ「Link Tile Assemblage」が完成した。Super Mamaで販売中。
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テキスタイルの発想をモザイクタイルに発展させた「Mosaic Membrane」。イタリアのモザイクタイル工房、Friul Mosaicとのコラボレーション。 ©Mark Cocksedge

 

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テキスタイルから陶器の作品を作り出したティファニーが挑んだ最新のプロジェクトは3Dステンドグラスへの挑戦だ。この「Glass Cloumn」は、ガラスの切れ端を再利用し、新しい生命を吹き込んでいる。

土と布という私たちが慣れ親しむクラシカルな素材から、多くの人の感覚を刺激し、意識を揺り動かす創作を続けるジュヌヴィエーヴとティファニー。シンガポール政府がデザイン産業を積極的にバックアップしていることも、彼女たちのようなクリエイターが自由に活動し、未来を構築するための土壌づくりに直結している。

Genevieve Ang

https://genevieveang.com

Tiffany Loy

https://tiffanyloy.com

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