つくったものが民藝の仲間であると認めてもらえるのは素直にうれしいーー真鍮 作家・菊地流架

  • 写真:中島光行
  • 文:猪飼尚司
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歴史に敬意を払い、伝統を守りながらも自身の思いや技術を活かして挑戦を続ける現代のつくり手たち。彼らはどのように民藝を思い、対峙し、制作に活かしているのだろうか。

2025年は、「民藝」という言葉が誕生して100年目となる記念の年だ。そしていまもなお、世代を超えて多くの人が民藝に魅了されている。いま私たちが日常の中で出合う民藝の姿とは? 日々の暮らしに寄り添ってくれる、その魅力にフォーカスしたい。

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日用の道具に垣間見える、“人間らしさ”

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菊地流架(きくち・るか)●真鍮 作家
1983年、岡山県生まれ。2000年より父のもとでアクセサリーづくりを始める。06年にカトラリー製作を開始。10年に工房Lueを構える。25年5月には東京のカシカで個展を開催予定。

細く長い柄の先にぷくりと丸みを帯びた匙が付いた、菊地流架のカトラリー。有機的なシルエットと表情豊かな曲面、ところどころに残るハンマーの槌目がていねいな手仕事の様子を映し出す。

「特に民藝の枠組みや思想を意識した仕事をしているわけではありません。でも、つくったものが民藝の仲間であると認めてもらえるのは素直にうれしいですね」

菊地の作品は、全国各地の民藝店で販売されると同時に、エッジの利いたコンテンポラリーデザインショップや人気のライフスタイルストアなど、幅広いジャンルの店舗で取り扱われている。

「無名の職人による普遍的な仕事、日常に寄り添う健康な美しさを宿す民藝の基本精神は好きです。でも『民藝はこうあるべきだ』と言われてしまうと、なんだか息苦しいし、つまらなくなってしまう。民藝の存在や価値は一部の許された専門家が決定づけることではなく、広く大衆に委ねられるもの。民藝の考えも時代によって変化しますが、根本的にはよし悪しの区別はなしに、モノの中に見え隠れする〝人間らしさ〞を微笑ましく、心穏やかに感じ取ることだと思っています」

 

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ハンドメイドだけでなく、機械でつくったものにもそれなりのよさがある。そう考える菊地は、燕三条の工場と協働し、自身のデザインを工業生産したコレクションも手掛けている。

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上:Lueの定番カトラリーシリーズ。購入時は黄金色に輝く真鍮は使うほどに味わいを増す。右から:一枚板サーバー¥5,940、ケーキフォーク¥3,740、フルーツフォーク¥3,520、よつばフォーク¥4,180、小スプーン¥3,300、大スプーン¥ 3,960、サーバー¥4,400、コーヒーサーバー¥5,500、ティーサーバー¥4,180 下:刃のかたちとそれぞれの用途に合わせて、柄の幅を適切に調整。菊地のナイフシリーズは、卓上に置いただけでも絵になる。右から:チーズナイフ 小¥13,200、大¥14,850、ペーパーナイフ各¥5,720

手づくりでアクサリーを製造販売していた両親を、17歳の頃から手伝ってきた菊地。結婚して子どもが誕生したことをきっかけに独立を決めるが、学校で美術やデザインを学んだわけでも、工芸の特別な訓練を受けたわけでもない。両親と寄り添う中で自然と身についた金工の技に、料理好きの気持ちを乗せながらつくり始めたのが真鍮のカトラリーだった。そこからおよそ15年を経た現在でも、基本的なかたちは当初からほぼ変わらないのも興味深い。

「僕がつくっているスプーンは、独立する直前に父が『カトラリーをつくるならこうやってみれば?』と教えてくれたものから派生したかたち。初めてつくった時、先端と柄の部分をロウ付けして、横と上を順番に叩いて成形する工程が理にかなっており、均整の取れた美しいプロダクトだと感じました。その時の印象がずっと変わらないからこそ、同じものをつくり続けているんでしょうね」

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真鍮を叩いているうちに、ちょうどいいポイントが見えてくる

 

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ひとつずつ工程を重ね、真鍮の板からカトラリーをかたちづくっていく菊地。右:定尺の板の上に、自身が決めた寸法とかたちのアウトラインを針先で描き込んでいく「ケガキ」。左:ケガキで定めたラインに沿って、金切りばさみで部材を切り出す「本切り」。
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右:丸く切り出した皿をバーナーで熱を加え、やわらかくした状態にして細かな加工をしやすくする「焼きなまし」。このあと、菊地が金型に当てて叩きながら調整を加えることで、やわらかく広がる美しい3次元曲面の匙が生まれる。左:もうひとつの特徴である長細い柄は、四方を「叩き出し」することでかたちを整えつつ、強度を増す。強すぎれば凹み、弱すぎるとうまく成形できない。菊地のカトラリーのように細かな部材をバランスよく仕上げるには、かなりの技術力を必要とする難しい作業だ。

 

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右:作業中のレードル。U字に曲げた柄の先に付いたお玉は浅めで横広のため、鍋の底に残ったものも掬いやすい。軽量で扱いやすく、フックなどに吊るして収納できるのも便利だ。左:バーナーで金属を熱する「焼きなまし」の作業スペース。手元で火を使うため、夏場には汗を垂らしながらの仕事になる。

機能性をどう考えているかについて問うと、自分が使い勝手がいいと思うものは、世の中すべての人に共通する感覚ではないという言葉が返ってきた。

「カトラリーは食事のために使うものですから、道具として機能するのは当然のこと。でも、僕にとって機能的であることが第一優先ではありません。人それぞれにフォルムや大きさの好みがあるように、機能性にもいろんな見方が存在する。あえてこれが機能的なかたちだと断定すると、それ以外の感覚や意識を否定しているようで居心地が悪い」

できるだけ同じかたちに仕上げたい、きれいに整えてクオリティを維持しようという意識もかつてはあった。しかし、経験を重ねるほどに、自身がよいと判断するものを純粋に好きだと言ってくれる多くの人がいることに気づく。

「定尺の真鍮板からかたちを切り出し叩いているうちに、ここがちょうどいいというポイントが自ずと見えてくる。一律に整っていなくても、自分がよしと思い求めてもらえるのなら、それが正解なのだろうといまは感じています」

いまでは工房にスタッフも加わり、生産体制も比較的安定してきた。2024年の秋には、現在の瀬戸内市の田園地帯にある工房から少し離れた日生エリアの高台に、もうひとつのアトリエを開設。

「ひとりになって自分と向き合ってみると、これまでの、家族を養い日々を暮らしていくための仕事とはまた違った感覚で仕事をしてみたくなる。真鍮でやってみたいことがまだまだあるし、やれることも見えてくる。もっと仕事に集中して、新しいものができるような気がしています」

25年春には個展も開催する。さらに自由に、大らかな表現を楽しみにしたい。

 

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真鍮製の大きなキッチンカウンターが印象的な工房2階のラウンジ。客を招いてミーティングスペースとして使うほか、好きな作品を並べたギャラリーショップとしても活用している。

 

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田園に囲まれたのどかな風景の中に、菊地のアトリエはある。玄関先から見える雑木林の中にぽつんと立つ八幡宮は、江戸時代の歴史書『備陽国誌』にも登場する由緒ある社だ。

 

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焼き物の原型といわれる壺は、菊地のコレクションのひとつ。アメリカの現代作家からイランのアンティークまで、時代も出自もさまざまだが、どことなく類似した空気感を醸し出す。

 

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工房2階の一角にある、菊地のお気に入りコーナー。アジアの土器、北欧のクラフト、日本各地の民藝に加え、自身の昔の作品と父が手掛けたアクサリーなどが美しく並んでいる。

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