第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し「クズとワルしか出てこない」と話題を呼んだ染井為人の小説が映画化された。
監督は『アルプススタンドのはしの方』や『女子高生に殺されたい』の城定秀夫、脚本は『ある男』や『愚行録』の向井康介。市役所の生活福祉課に勤め、真面目で気弱な性格ゆえに奈落の底へと落ちていく主人公・佐々木守を演じるのは北村匠海。佐々木を陥れようとするシングルマザー・林野愛美を演じるのは河合優実。他にも、裏で糸を引く悪事の首謀者・金本龍也を演じる窪田正孝や異常なほど正義に固執する佐々木の同僚・宮田を演じる伊藤万理華、金本の手下でドラッグの売人・山田吉男を演じる竹原ピストル等が出演。多くの才能が結集し、思いがけない出会いをきっかけに破滅への転落を描いたサスペンス・エンターテインメントが誕生した。北村と河合に聞いた。
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―北村さんは『悪い夏』のどこに惹かれたのでしょうか?
北村 残酷な出来事が起こり続けて「誰がこの人たちを救ってくれるんだろう」と思う一方で、そこに喜劇的な要素があったところに惹かれました。エンタメ映画として昇華できることが想像できたというか。城定監督とご一緒したかったのもあります。そして河合さんも窪田さんも出演されますし、ワクワクする要素がとても多くて、「こういう映画に出たい」と思ったので出演させていただきました。
―河合さんは城定監督とご一緒するのは3度目ですが、本作のどこに惹かれましたか?
河合 劇中のいろいろなシーンや愛美という役柄において考えなければいけないことが多くあるなと思い、お話を頂いてすぐに出演させていただくことを決めたというのではなく、最初は悩みました。でも、また城定さんにお声がけいただいたことも大きかったですし、脚本が向井さんであること、そして北村さん、窪田さん、竹原さんが出演されることなど、企画の雰囲気から城定さんが何か新しいものをドカンと打ち上げようとしているように感じられたことが嬉しく、「自分ができることをやろう」と思って出させていただくことにしました。
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―北村さんは「喜劇的要素がある」とおっしゃっていましたが、人間の恐ろしい欲深さが描かれながらも痛快さが感じられる作品です。おふたりは怖さと痛快さとどちらを多く感じましたか?
北村 どちらかというと痛快さです。生活保護受給者の話ですし、ケースワーカーやシングルマザーの現実やホームレスの問題を描いていて。その部分は笑ってはいけないところですが、喜劇の積み重ねみたいな展開があって、終盤に向かってはちゃめちゃなことが起こっていく。『この人たちは一体必死に何をやっているんだろう?』と思って笑えたんです。見てくださる方にとっても日常のギフトになり得るエンタメ作品なんじゃないかと思いました。
河合 私も恐さと痛快さだったら痛快さですかね。脚本を読んで、痛快なクライマックスに向けて進んでいく作品なのかなと思いました。そこで突き抜けるようなカタルシスが生まれるべきなのかなと。ただ、私にできることはいつも通り自分が演じる愛美の背景も含めて背負うことで、最終的にエンタメとしてドキドキしてもらえるようなバランスは作品がとってくれるかなと考えていました。
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お互いから学ぶことが多かった作品
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―おふたりはNHK連続ドラマ小説『あんぱん』でも共演されますよね。
北村 そうですね。『悪い夏』の撮影中に河合さんが『あんぱん』のキャストに加わることが発表されて、そのあと『あんぱん』の撮影でもご一緒したという流れでした。『悪い夏』が初めての共演でしたね。
河合 そうですよね。
―『悪い夏』での初共演前はお互いどんな印象を持っていたんですか?
北村 やはり河合さんはひと際存在感がある方だと思っていたので「いつか共演したいな」と強く思っていました。でも、思いのほか早く共演できることが決まったので撮影がすごく楽しみでしたね。
河合 ありがとうございます。北村さんは私よりずっと長いキャリアをお持ちですし、しかも多岐にわたって活動されています。「どこで交わることができるんだろう」と思っていたら、城定さんの映画でご一緒できることになって嬉しかったですし、ひとりのお客さんとしても北村さんが『悪い夏』に出ることを楽しみに思いました。他の方のお芝居を見ながら、脚本に対して堅実に演じているのか、 それともその場で生まれたものをを発散するのが得意なのか、感情を積み重ねていくのが得意なのかというように、個人的な目線で役者の方を観察してしまうこともあるのですが、北村さんが出演された『幽☆遊☆白書』などを見る中で「すごく真面目な方なんじゃないか」と思って。おそらくお芝居や映像作品がとてもお好きなんだろうし、作品作りのプロセスに関わることを楽しんでいらっしゃるんじゃないかなと勝手に考えていました。実際にお会いしたら腑に落ちたところがあって。すごくやりやすかったですし、心強かったです。
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─北村さんが演じる生活福祉課でケースワーカーとして働く佐々木守は愛美によって犯罪に巻き込まれていく役ですが、河合さんから刺激をもらったところはありましたか?
北村 刺激ばかりでしたね。自分自身がどんどん引き出されていく感覚がありました。これまで僕はひとりで現場を俯瞰している感覚を抱くことが多かったのですが、『悪い夏』は河合さんと同じ目線で現場を見ている感覚を勝手ながら感じていて。さっき河合さんが言ってくれたみたいに、僕は作品づくりのプロセスが好きで、スタッフさん目線で現場を見ていることが多いんですよね。役をパズルの1ピースとして捉えた上で、どういうピースであるべきかということを考えています。それもあって力強くみんなをけん引していくタイプの座長ではないんですけど。撮影現場でいろいろなことがものすごいスピード感で巻き起こっている状況を、「役としてこうしたい」という思いもありながら、たとえば「ここで立ち上がったらこういう風に話が動いていく」など、さまざまな選択肢を意識しながら俯瞰して現場を見ているんですけど、河合さんも客観的にも主観的にも現場を見ていて、その上で役として誰かに花束を渡せる方なんだなと思いました。同じような感覚を共有できている実感は初めて味わったので不思議でした。
河合 そう言っていただけてとても嬉しいです。北村さんは幅広い作品に携わられていますし、音楽活動もやられていて裏からも多くのモノづくりの現場を見てらっしゃるからか、作品に関わっている人それぞれの仕事に想いを馳せられる方なんだなと感じました。私自身も俳優はたくさんいるつくり手の中の一部だと思っていますが、北村さんは俳優部からは見えていないものをたくさん見てきた方なんだろうなと思いました。
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監督、役者として…北村匠海の今後の展望
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―北村さんは2月に公開される『世界征服やめた』で初めて監督を務めましたが、仮に河合さんを撮れるとしたら?
北村 撮れるとしたら? 撮りたいに決まってるじゃないですか(笑)。
河合 (笑)。
―(笑)仮の話で申し訳ないです。どんな役を撮りたいですか?
北村 まず、切なる願いとしては河合さんにもう今回の愛美のような可哀想な役じゃないものを撮りたいです。
河合 あははは(笑)。
北村 現場で河合さんにも直接お伝えしたことなんですが、僕は他の人のインタビューを読むのがすごく好きで、河合さんのインタビューを拝読して河合さんのモノづくりの捉え方や映画の捉え方、役の背負い方にとても感銘を受けたんです。『悪い夏』の取材を一緒にする中でも言葉選びひとつ取っても使命感を背負っている方なんだなと思いました。だからこそほのぼのしたいかも(笑)。
河合 (笑)
北村 僕自身がやりたいことでもあるんですが、窓際とかでふたりでずっと喋ってるだけみたいな平凡な会話劇がやりたいですね。隣人同士がお互いの部屋から外に乗り出して喋ってるだけで、波風が立ちそうで立たない、なにかが生まれそうで生まれないみたいな作品がいいかもしれないです(笑)。
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シャツ¥41,800、ジャンプスーツ¥81,400/ともにオーラリー(☎03-6427-7141)
河合 (笑)。ありがとうございます。監督をやるってすごいことですよね。勇気や労力がとてもいることだと思いますし。いろいろなことを考えて臨まれたんだろうなって。
北村 怖さはあります。僕がこれまで出会った監督は舞台挨拶の初日に不安そうな顔をしていた方が多いイメージです。「なんで監督はそんなにソワソワしてるんですか?」って僕ら役者が言ったりして。
河合 「もっと堂々としてくださいよ」って思ったり(笑)。
北村 そうそう(笑)。自分が監督をやってみて、なんで監督があんなにそわそわしているのかが初めてわかりましたね(笑)。
『悪い夏』
監督/城定秀夫
出演/北村匠海、河合優実、窪田正孝ほか
https://waruinatsumovie.com
2025年3月20日(木・祝)より全国公開
©2025映画「悪い夏」製作委員会