民藝の聖地として、多くの人が足を運ぶ日本民藝館。着任から12年を迎えた現館長の深澤直人が思う民藝の現在地、そして、これから向かう先とは。
2025年は、「民藝」という言葉が誕生して100年目となる記念の年だ。そしていまもなお、世代を超えて多くの人が民藝に魅了されている。いま私たちが日常の中で出合う民藝の姿とは? 日々の暮らしに寄り添ってくれる、その魅力にフォーカスしたい。
『たのしい民藝』
Pen 2025年2月号 ¥880(税込)
Amazonでの購入はこちら
楽天での購入はこちら
---fadeinPager---
深澤直人
プロダクトデザイナー
日本民藝館 館長
1956年生まれ。デザイナーの個性を主張するのではなく、生活者の視点で人の想いを可視化する静かで力のあるデザインに定評がある。電子精密機器から建築にいたるまで手掛けるデザインの領域は広く多岐にわたる。世界で最も影響力のあるデザイナーのひとり。日本民藝館館長、多摩美術大学副学長
たとえ視点や立場が違っていても、同じ感覚をシェアできる
日本だけでなく、世界の名だたる企業のデザインに携わる深澤直人。第一線を走り続けるデザイナーとして活動する傍らで、深澤は2012年7月より、日本民藝館の5代目館長に就任している。しかし、そもそも民藝とは対極にあるとも思われる工業デザインのトップランナーが、なぜ館長職を務めるに至ったのだろう。
「確かに僕が就任した時に、少し世間がざわついたことも理解しています。でも、僕の前にも日本民藝館の館長に就任したデザイナーはいるんですよ」
確かに、第3代の館長を務めたのは、柳宗理。「バタフライスツール」をはじめとした数々の名品を発表し、戦後の日本のインダストリアルデザインの確立と発展に大きく貢献した人物だ。民藝運動の中心を担い、日本民藝館の創設者、柳宗悦を父に持つ宗理は、若い頃こそ反発して民藝とは距離を置いていたそうだが、1950年代後半からは、河井寛次郎の窯で黒土瓶を制作。77年から約30年間にわたり館長を務め、民藝の持つ健全さと純粋さを世に伝え続けた。
「柳宗理さんは言わずと知れたスーパースター。僕のデザイン人生の中で最も優れた存在として尊敬している人。先達として慕っていた宗理さんが2011年に亡くなり、いま民藝をつなぐには、同じデザインの道を歩む自分が立ち上がらなければと思いました」
就任から12年が経ち、民藝にまつわるさまざまなプロジェクトに関わる中で、深澤が改めて感じていることはなんだろう。
「館長として所蔵作品や空間に触れるたびに、思わず『おぉ!』と声を上げてしまうほど、新しい発見の連続です。なによりひとりの人間が全国を巡り、1万7000点あまりの民藝にまつわる作品を集め、生涯をかけてその美しい精神を語り続けた事実は、驚き以外のなにものでもありません」
柳宗悦は単なるコレクターではない。豊富な知識と深い洞察力、幅広い交流関係を活かし、見出したものをシェアしようとした。その表れが日本民藝館なのだ。
「ここは美しい工芸品を鑑賞するための美術館ではなく、文化的価値を見出し、思想を読み解き、意識を共有するための場所。宗悦自身が全国を巡り、各所で集めた民藝の品々を大切に保管し管理するだけでなく、日本民藝館という場を設けることで、その価値を大勢が分かち合える状況をつくり出しました。後世になってもその感覚は変わることなく、伝わる確信もあったはずです」
柳宗悦が民藝を謳ってから100年が経ち、社会は大きく変貌した。デジタルで情報が素早く行き来する時代において、民藝が意味するものとはなにか。
「いまや世の中はたくさんのものにあふれ、製造の技術も飛躍的に発展しました。日本も経済的に安定し、人々の生活も格段によくなっています。昔に比べて暮らしが多様化した分、ものの吟味はより現実味を帯びたかもしれません。それでもまだ、私たちは無垢な存在に憧れ、素朴なものに心奪われる。これはもはや、人類に共通した意識ではないのでしょうか」
理屈抜きに豊かさを体感し、理解するための有効手段こそ、民藝にほかならない。日本民藝館の展示物に解説が一切書かれていないのは、直接的にモノと対峙し向き合うことで、宿す普遍的な美しさを素直に受け止める直観力を大切にしてほしいという思いの表れだ。
「たとえ視点や立場が違っていても、同じ感覚をシェアできる。 僕はこれを“予定同調”と呼んでいますが、館長であり、大学教授である僕でも、ここにいらっしゃる方々と同じものを見て、思考をゆり動かされている。これこそが民藝が持つ普遍性。海外の若い人たちが日本民藝館に足を運んでくれる理由だと思います」
一方で、日本の若者の来館率が上昇することも期待する。
「美術教育の悪影響かもしれませんが、どことなく日本にはアートは変わり者がやっているという意識があり、クリエイティブがインテリジェンスよりも下に見られているような気がします。柳宗悦は、民藝の文脈の中でクリエイティブを哲学で語り、信仰として考え抜いていった。クリエイティブは社会と分離したところにあるのではなく、むしろ中核を成している大切なもののひとつなのだと」
生きていく上で大切なことを民藝は教えてくれる。ただ、民藝が大きなトレンドになったり、特定のムーブメントをつくり出すことはない。ただそこにあり続けるだけだと深澤は続ける。
「ただ無心にモノと向き合うこと。手仕事を通して、温もりを日用の中に宿すこと。世にあるものすべてにデザインは絡んでいますから、民藝から学ぶことはまだたくさんあります。ただ民藝は、目指してつくり出すものでもなければ、まねをしようと思ってできるものではありません。きっと一生憧れても、たどり着くことのできない領域。それが民藝。僕がいま心から言えるのは、『参りました、民藝』というひと言に尽きるかもしれません」
日本民藝館
民藝の美しさと概念の普及を目指し、宗教哲学者・思想家の柳宗悦が1936年に創設。柳が収集した陶磁器、染織、木漆、絵画など、約1万7000点を収蔵する。外観、内装ともに細部にいたるまでこだわり設計している。
●東京都目黒区駒場4-3-33
☎03-3467-4527
開館時間:本館10時~17時 西館10時~16時30分
休館日:月(祝日の場合は開館、翌日休み)※西館は第2・3水曜、第2・3土曜のみ開館
入場料:一般¥1,200
『たのしい民藝』
Pen 2025年2月号 ¥880(税込)
Amazonでの購入はこちら
楽天での購入はこちら