ファッションデザイナーの浅川喜一朗にさまざまな質問を投げかけたら、彼の口から何度も飛び出すふたつの言葉があった。その言葉とは「つくりたい」と「届けたい」だ。彼はいまファッションをつくることに夢中で、その成果を客に届けることに喜びを感じている。そのためにふたつの職を兼任し日々を過ごしている。ひとつは自身の美意識を表現するブランド「シュタイン」のデザイナー、もうひとつは世界中のエッジィなブランドを集めたセレクトショップ「キャロル」のオーナーである。ショップ運営から本格的なキャリアをスタートさせ、ファッションデザイナーにもなった浅川。その活躍ぶりが日本のモード界で話題になり、2024年に世界進出を狙うデザイナーの登竜門である「ファッション プライズ オブ トウキョウ2025」を受賞。同賞のサポートを受けて25年1月にパリメンズ・ファッション・ウィークでランウェイショーのデビューを果たす。今回の海外進出への思いを、彼は次のように語った。
「世界戦略を進めていたタイミングで権威ある賞を受賞できたことを本当にうれしく思っています。日本に来たお客様だけでなく、世界中の人に自分の服を届けられますから。近年、少し海外で仕事をして印象的だったことがふたつあります。ひとつはドイツでシュタインのポップアップショップを開催した時。日本でも時間が許す限り店頭に立ち、お客様に商品の魅力をお伝えするようにしているのですが、この時も店に立って海外の人が着た時のバランスを間近で見られ、彼らからの直接のフィードバックもたくさん得られたのはうれしかったです。もうひとつは、パリで2回ほどシュタインのロケ撮影を行った時。街の空気が寛容に感じられたのです。クリエイティブな活動を拒絶しない姿勢がありました。自分たちのファッション感覚が世界中で受け入れられる可能性も感じられました」
海外経験では、触って初めてよさを感じる生地といったストイックな日本的センスが世界で認められる手応えも得たようだ。
「世界各国のバイヤーがシュタインの生産背景に強い興味を持ってくれており、『日本の生地か?』『日本の縫製か?』と尋ねてきます。日本発信であることが取り扱いブランドのアイデンティティになるようです。シュタインは日本生産が主軸で、これまで日本の機屋さん、縫製工場さんを訪ね歩きました。ご高齢の方が多く働いていて、プライド高くものづくりをしています。それがめちゃめちゃカッコいい。こうした服の感動や生産背景の素晴らしさを、世界にお伝えしたいです」
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貪欲に学び続け、よりいいものを届ける
パリコレへの切符も手にし、いっそう勢いを増す浅川だが、心の奥底にはクリエイターとしての焦りを抱えているらしい。自身を追い込む焦りが、彼の行動を突き動かしているのだろう。
「子どもの頃からファッションを仕事にすると決めていた人たちと比べると、一般大学を卒業してセレクトショップ勤めからキャリアを始めた自分は出発が遅れています。最初に服づくりをしたのも、キャロルでお客様のサイズに合わせて1点もののリメイクデニムを仕立てた時です。このような経歴ですから、世界の偉大なデザイナーやファッション関係者たちの実力に早く追いつきたいのです。も
っといいものをつくり、もっと多くの人に届けたい。いまは勉強して勉強して、自身の内側にインプットしてはアウトプットする生活。いつかは仕事に余裕が生まれるかもしれませんが、いまは頑張りどきです」
忙しい日常の中でも、デザイナーと店のオーナーとの役割を浅川はしっかり振り分けている。シュタインのコレクションが充実するキャロルは、あくまでもセレクトショップ。「店が仕入れるブランドのひとつがシュタイン」という位置づけで展開している。
「店のお客様には、自分が新しいファッションに感動する気持ちを一緒に感じていただけたらと願っています。世の中にはいい服がたくさんあります。シュタインをそんな服を集めたこの店に並べるのにふさわしいブランドに成長させていきたいです」
ものづくりに情熱を燃やしながらも、その感情に溺れず冷静に自身を見つめる浅川。日本のモード界が期待を寄せるプレッシャーにも耐えながら。彼の謙虚な人柄は、世界のファッションピープルにどのように映るだろうか。
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WORKS
ファッション プライズ オブ トウキョウ
東京都の一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構が主催し、毎年一組のファッションデザイナーが選ばれる海外ビジネスのサポート制度。シュタインは25年度に選出。過去にはオーラリー、CFCLらが受賞した。
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シュタイン 24AWコレクション
欧文ブランド表記をsteinからsssteinに変更し、ロゴも刷新して世界戦略に歩みを進めたコレクション。ベースとなる色彩は黒、グレー、カーキ。発表したルックでは女性モデルも着用しているが、服の基本構造はメンズだ。
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セレクトショップ「キャロル」
2021年に現在の閑静な表参道エリアに移転した、浅川が運営するセレクトショップ。旬の感性漂う国内外からの買付け商品に加え、国内で最もシュタインの品揃えが豊富だ。
住所:東京都渋谷区神宮前5-45-3 コスモビル1F
※この記事はPen 2025年2月号より再編集した記事です。