消費者が想像を膨らませる大切さ、社会問題を解決するフランス発の商品ブランド

  • 文・写真:細谷正人
  • 現地コーディネイター:Naoko Unbekandt
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フランス北部の街・リールで生まれた、アップサイクルクラフトビール (午前零時のパン)。フランスでは、食物廃棄第一位はパンであり、なんと生産量の約40%のパンが廃棄されている

最近、社会問題に取り組む企業や商品が増えてきました。しかし、その取り組みがブランド価値を支えるものとなり、生活者にとって愛着のあるブランドとなっているケースはまだ少ないのが現状です。

それらのブランドが熱狂的な顧客を生み出せない理由は、いくつかの原因があると考えられます。最大の理由は、社会問題に取り組む上で徹底的に踏み込んだ解決に向けた深いストーリーがきちんと組み立てられていないこと、そしてストーリーそのものが生活者と共有できていないことです。今回もフランスの事例を取り上げ、よい取り組み方についてご紹介します。

フランス北部の街・リールで生まれた、アップサイクルクラフトビール

パリからTGVでリールまで約1時間半。フランスといえばワインのイメージがありますが、ベルギーに近いリールはビール醸造所も多く、この地域ではビールを飲む文化が定着しています。

またフランスでは、食物廃棄第一位はパンであり、なんと生産量の約40%のパンが廃棄されているといいます。ビール販売を2017年から始めていたMartin Marescaux氏が、現状よりも二酸化炭素排出量が低いビールを生産するために着目していたのが、廃棄される売れ残りのパンを利用したビールです。

実は、フランス人はパンの鮮度をとても気にします。例えば、朝食用のパンを朝起きてから近所のパン屋さんにすぐに買いに行くことは普通のことです。また、その時に夕食用のパンを買うことはしません。夕食に食べるパンは、その日の夕方に買いに行きます。

日本ではPascoや山崎製パンのホールセールのパンが主流で、消費期限が数日ありますが、フランスの家庭では、前日のパンを翌日に食べることはほとんどしません。Pain Perdu(フレンチトースト=駄目になったパンという意味)にすることもありますが、捨てるのが当たり前なのです。

このような習慣から、前日のパンを食べるということはほとんどありません。つまり、前日のパンは一工夫されて販売されるものもあるようですが、それもわずかで、余れば廃棄されてしまいます。

そこにMarescaux氏は着目し、パン屋から売れ残りのパンを回収し、ビールの原材料の一部である穀物に置き換えて、新しいパンとして活用しようとしたのです。

このアイデアには2つの利点があります。1つ目は、パンをアップサイクルすることで廃棄を減らすということです。2つ目は、パンを穀物に変換することで、パンの原料となる小麦などの穀物の生産自体を減らすこと。その結果、二酸化炭素の排出量を低く抑えることができ、節水にも繋がり、地球環境に優しいビールをつくることができます。Marescaux氏の目的は、廃棄されるパンのアップサイクルによって廃棄される量を削減することにとどまらず、最終的に二酸化炭素の排出量を低くすることなのです。

指定した3つの団体アソシエーションがパン屋の売れ残ったパンを回収。なんと、毎日6トンのパンが回収されているといいます。フランスパンやパンドミーなどの種類ごとに選別され、ベルギーとフランスにある醸造所に送られて、アップサイクルクラフトビール「Pain de Minuit」(午前零時のパン) がつくられるという仕組みです。

「Pain de Minuit」というネーミングもユニークです。先ほども説明した通り、フランス人はパンの鮮度をとても気にします。廃棄されてしまうパンを午前零時のパンと比喩し、思わず笑いをそそるようなパッケージデザインも、二酸化炭素の排出量削減を真面目に楽しみながら貢献できる気分にさせてくれます。

製品化された「Pain de Minuit」 は、パンを提供した店に卸され、そのパン屋が誇りを持って販売します。このビールが目指す社会とストーリーを店主自らが常連客に伝え、つくられたばかりの新鮮なパンと共に販売する仕組みとなっています。ビールとパンによって社会価値と経済価値を同時に生み出す素晴らしいエコサイクルがつくり出されています。

さらに、二酸化炭素排出量を低く抑えるために、一定距離内に、パン屋、アソシエーション、ビール醸造所があることで、輸送における二酸化炭素排出量を保つことができます。現在「Pain de Minuit」は、ブランドとしてのその姿勢が評判を呼び、ユーロスターで車内販売されています。現在、毎月約5万本のビールがフランス、ベルギー、オランダで販売されています。

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リール近郊で醸造されている売れ残ったパンを原料にしたビールの数々。「Pain de Minuit」が火付け役になり、新しい銘柄をつくる醸造所が増え、リールの名産になりつつある。
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「Pain de Minuit」にパンを提供し、ビールを出しているレストランのメニューには、コンセプトと店で提供しているパンの量がわかる説明がされている。オーナーのビールへの責任と誇りが感じられる。

生産者への支払う対価をパッケージに表現。主要スーパーマーケットが生み出す、仕組みが透明化されたPBブランド  

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2018年2月に誕生した「MERCI!」。 パッケージに直接、希望店頭価格と酪農家への還元金額が大きく表示されている。希望店頭価格は各店舗で設定ができるが、酪農家への還元金額やパーセンテージは再設定はできない。左のパッケージの場合、希望店頭価格は5,90ユーロ。酪農家への還元金額は3,05ユーロと設定している。

2016年の牛乳危機の際、スーパーマーケット「Intermarché」のプライベートブランド(PB)の牛乳をつくっていたロワール・アトランティック県のある酪農家たちが、この危機を乗り越えるため、酪農家によりよいインセンティブを還元するためのブランドを提案しました・「Intermarché」は、酪農家たちの強い要望に賛同し、18年2月に初めて「MERCI!」ブランドを立ち上げ、第1弾として店頭に牛乳が並ぶことになります。

最もユニークなのは、パッケージの表示内容です。日本でもみられるような大手スーパーマーケットのPBのように、生産者の顔がわかる顔写真と名前、生産された地域が記載されています。しかし、日本と大きな違いは、パッケージに直接、希望店頭価格と酪農家への還元金額の2つの金額が大きく表示されていることです。

希望店頭価格は、定価はあるものの各店舗で設定ができるシステムですが、酪農家への還元金額は再設定はできません。今やフランスのどのスーパーマーケットでも、生産者へのインセンティブを重視したPBを出していますが、インセンティブの額を明確にパッケージに表記しているのは、この「MERCI!」ブランドだけです。

このパッケージによるブランドが誕生したことにより、消費者たちの酪農家への関心も高まり、生産者に対してきちんとこの金額が還元されているのかなどの心配や、生産者に対する激励の手紙が届いたこともあるそうで、酪農家たち自身のモチベーションを高めることにもよい影響を与えています。

現在、280以上の酪農家たちがこのプロジェクトを契約しており、1000リットルあたり440€の報酬と5年間の契約を提案しています。これは、共同回収している牛乳の中でも、最もよい報酬制度のある仕組みのひとつとなっています。この報酬制度は酪農家たちにとって、酪農ビジネスの再投資や酪農全体のコスト増加を補填するために、経営上大切な制度なのです。

牛乳から始まった「MERCI!」ブランドは、バター、ヨーグルトなどの乳製品の他、卵、ハム、ベーコン、鶏肉、牛ひき肉、豚肉、はちみつなど約30品目にまで拡大しています。

実際にこのパッケージに載っている生産者の存在の信憑性と、彼らへのインタビューおよび実態調査をまとめたものがあります。それは、7つの生産者に詳細を聞くものでした。

希望店舗価格の最低40%以上が生産者への還元金額に設定されており、牛乳は希望小売価格1本(1L)1,10ユーロのうち、56サンチームが支払われています。牛肉は1kgあたり35サンチーム高く、つまり牛一頭あたり200ユーロ高く卸すことができています。同様に養蜂農家では、一瓶(500g)5,90ユーロの小売価格のうち3,05ユーロが支払われており、これは通常のインセンティブより1ユーロ高い金額になります。卵であれば、1つあたり2サンチーム高く、2023年養鶏農家には7000ユーロの特別報酬がありました。(出典:「France Télévisions」24年2月記事から)

この報酬は、彼らの生活や生産を楽にするだけでなく、動物にもよりよい環境にするための器具などの購入にも役立ち、長期的な視野に立てば、結果的に人にも環境にも負荷が少ない生産体制につながっていきます。

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「Merci!」の無加糖100%リンゴジュースのパッケージには、店舗価格の40%以上が生産者に還元されることが表示。
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豚加工品のベーコンとハム。パッケージ中央には、生産者のポートレートと共に名前と県名が書かれ、顔の見える商品は消費者への購買意欲へもつながる。

消費者が生産者を支援するために、共同で商品化しているブランド

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フランスでは、緑は無脂肪牛乳、青は低脂肪牛乳、赤は全乳と決まっていて、一般的には青の低脂肪牛乳が家庭でよく飲まれる。「この牛乳は生産者へ正当なインセンティブを支払います」、「消費者によりつくられ、投票され、確認された商品です」と書かれている。

さらに2016年の牛乳危機に、「MERCI!」と同時期のタイミングで、酪農家たちを支援する目的で設立されたブランドもあります。フランス中央部に位置するリヨンからほど近いラン県で生まれた、その名も「C’est qui le patron?!」 (パトロンは誰?!)。とてもユニークなネーミングです。これは、決定権があるのは誰かということを意味しています。生産者の意見を取り入れながら、決定権があるのは消費者であるという強い意思表示が込められています。

この牛乳危機は、イタリアの牛乳が0.22€/ℓで輸入されたことにより、フランスの酪農家たちはこの価格で牛乳を販売すると廃業の危機があるとした社会問題だったのです。当時、共同生産組合長であったMartial Darbon氏が地域のスーパーに直接かけあったところ、ボナス市のカルフールが賛同し、契約を獲得したことで、最終的にカルフール本社まで動かすことができました。同時に、すでに規格外の野菜や果物を商品化していたブランド「Les Gueules Cassées(レ・グール・カッセ)」にも協力を仰ぎ、「C’est qui le patron?!」を共同設立することになります。その結果、フランスの農家・酪農家を支援するための、大きな消費者と生産者との共同ブランドが誕生したのです。

「C’est qui le patron?!」の特徴としては5つ。
1.オンラインアンケートにて消費者の誰もが商品について決めることができるということ。
2.大型スーパーで購入可能であること。
3.生産者は相応のインセンティブが必ず得られるということ。
4.消費者の誰もが1€で消費者組合員になることができ、組合員は商品への投票や検証に参加できること。
5.もし利益が出た場合は、生産者へ還元されること。
そして、なによりもパッケージデザインがとてもユニークで棚でもインパクトがあります。

「C’est qui le patron?!」は、消費者が生産者を支援するために共同で商品化しているブランドです。消費者組合、営利企業である「C’est qui le patron?!」、販売財務やIT、広報などを行う運営企業「La Maison des Marques」の3つの団体から構成されています。

消費者組合は、誰もが1€で組合員になることができます。製品の方向性と開発を共同で決定することができ、そのプロセスの透明性や検証もできます。また、消費者と生産者とのミーティングやイベントの実施も行っています。

一方、「C’est qui le patron?!」は、消費者組合と連携し、販売への実務を担う企業です。ブランドを保護し発展させる役割を持っています。さまざまなアンケートを共同作成し、製品のマーケティングを監視ならびにサポートします。また、製造パートナーとの契約、第三者認証機関の管理を通じて仕様への準拠を確保します。さらに消費者組合と連携し、彼らの承諾なしでは製品を販売することができません。

「La Maison des Marques」は、 財務、人事、法務、IT 開発、広報、デザインなど、消費者組合と直接関わらず、製品化の実現のための具体的な業務を行なっている企業です。プロデューサーをサポートするための実験や新しいプロジェクトの開発も行なっており、将来的なプロジェクトの構築も担っています。

パック牛乳からスタートした「C’est qui le patron?!」は、その後、バター、クリーム、ヨーグルト、卵、リンゴジュース、リンゴのピュレ、はちみつ、チョコレート、ジャガイモ、トマト缶、小麦粉、牛ひき肉ステーキ、ワインなど、34製品が販売されました。16年の設立から36ヶ月で1億5000万個の製品が販売され、これはすべての記録を更新する快挙となりました。一部の製品は販売中止になったものの、現在は17製品が販売されています。これは、消費者と生産者の間で、正当な価格の見直しと生産者の現状について話し合いがなされているからこその結果です。

また、他のブランドよりも高価格でありながらも、売れ行きは好調だそうで、高速鉄道「TGV」や特急列車「intercité」などの鉄道社内販売でもジュースが取り扱われています。また、飲食店業者専門の卸スーパー「METRO」では24年4月に牛乳の販売が始まるなど、このブランドの取り組みへの支援がフランス全土へと広がっています。

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ヨーグルトより乳脂肪分が多いフロマージュ・ブロン。左のフランス最大手のスーパー・ルクレールのPBは地方名産をセレクトした高級感を持つ。右のヨープレイトは購入しやすくするため、隣の2つよりも少ない量の850gで3つの中で最も安価。コンセプトがしっかりしているこの2つは、値段も少し高く1kg。
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「Plein Air(放し飼い)」の卵。フランス西部のブルターニュとロワール地方の養鶏場で飼育され、梱包もブルターニュのLOEUFで行われていると書かれている。一連の作業が近隣で行われていることは、鮮度を保つだけでなく、二酸化炭素排出量も少ないので、環境にも優しいことを謳っている。

生活者一人ひとりが、もっと想像を膨らませて買い物をする大切さ

日本人と比べて、フランス人は環境問題や人権問題に対して高い倫理意識を持ち、実際の行動や政策に結びつける意識が強いと思います。批判精神や国際的視野を活かしながら、個人の自由と社会的責任をバランスよく追求する気質が挑戦的なブランドを誕生させているのかもしれません。

もちろん日本でもさまざまな先進的な取り組みが行われています。しかし、よい取り組みにもかかわらず、草の根的な施策で終わってしまい、大きなうねりをつくり出すような確立されたビジネスモデルには至っていません。

日本の生活者一人ひとりが、「私たちは、なぜ牛乳がこの価格で飲めるのか?」「このビールは一体何からできているのか? 環境を害していないのか?」「酪農家や生産者は、苦しんでいないのだろうか?」と、もう一歩踏み込んで商品の背景にある状況に想像を膨らませ、生産者の立場や厳しい状況を深く考えることができれば、彼らが直面している課題をサポートすることができます。

今回紹介したブランドは、危機感から生まれた商品ですが、同時にビジネスとしても売上が拡大している事例です。社会価値と経済価値の両立を実現しています。私たち生活者一人ひとりが、その背景を考え、誰かを想い、深く想像力を膨らますことで社会は変えられるということを教えてくれた素晴らしいフランス発の商品ブランド群でした。ぜひ日本でも実践したい新しいブランドのつくり方です。

細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

ブランディング・ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター株式会社を設立。同社代表取締役。P&Gや大塚製薬、サイバーエージェント、ワコールなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、人財育成まで包括的なブランド構築を行う。主な著書に『ブランドストーリーは原風景からつくる』、『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(いずれも日経BP)。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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