1990年代後半から現在に至るまで、暮らしへの民藝の取り入れ方を提案し続けている、モギ フォークアート(東京・高円寺)店主のテリー・エリスと北村恵子。現代における民藝の姿と楽しみ方をふたりに聞いた。
2025年は、「民藝」という言葉が誕生して100年目となる記念の年だ。そしていまもなお、世代を超えて多くの人が民藝に魅了されている。いま私たちが日常の中で出合う民藝の姿とは? 日々の暮らしに寄り添ってくれる、その魅力にフォーカスしたい。
『たのしい民藝』
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民藝運動が始まって100年。1世紀という時間の中で人々の生活様式は変わり、民藝の捉え方も大きく変化してきた。現代における民藝を考える時に、民藝とは100年ほど前に活躍した民藝運動の作家たちが、自由にやりたいことをやってきた結果だったのだと想像することで、民藝の捉え方はもっと広くなり、深度を増すのではないだろうか。
「民藝を見る時に大切なのは、美しいとご自身が思うかどうかだと思うんです。〝用の美〟も大切な要素ですが、デイリーユースなものだけが民藝だと思われてしまうのも違うと思います。私たちは、目で楽しめるものも含めてものを選んでいます」
現在の民藝ブームに大きな役割を担うモギ フォークアートの北村恵子はそう話す。
民藝が語られる時に必ず登場するキーワードに、民藝の美意識の代名詞として用いられる「用の美」という言葉があるが、この「用の美」であることだけが民藝の本質のようになってしまうと、本来自由であったはずのものが型に収まってしまうのだろう。民藝には自由な楽しみ方があるのだ。
テリー・エリスと北村恵子は1990年代後半から、民藝の歴史に最大限の敬意を払いながらも、時代に合ったかたちで民藝を暮らしに取り入れる手本を見せてくれている。
ふたりが民藝の世界に入ることになったきっかけに、柳宗理デザインのバタフライスツールの存在がある。80年代からセレクトショップ、ビームスのロンドンオフィスでファッションのバイヤーとして活躍していたふたりは、90年代の中頃にインテリアアイテムを扱うビームス モダンリビングを立ち上げ、40〜60年代を中心にした北欧デザイナーの家具を紹介し、後に訪れる北欧ブームの流れをつくった。その中で、バタフライスツールをミックスしたのだ。
「日本のミッドセンチュリーのアイコン的なデザインとしてバタフライスツールがありました。昔のヨーロッパのインテリア雑誌などを見ると必ず登場するそのスツールのデザイナーが柳宗理さんだと知り、日本に帰ってきて、柳さんの事務所を訪ねてみたんです」
時間をかけて関係性が築けたことでバタフライスツールの取り扱いが実現した。その後も交流は続き、柳が館長を務めていた日本民藝館に何度も足を運ぶうちに、柳の父、柳宗悦が提唱した民藝運動の魅力に引き込まれていった。
「民藝とは、土地の人たちが、その土地の材料を使って、その土地の人たちのためにつくったものですよね。いまは世界中で人とものの移動が簡単になり地域性が薄れてきていますが、世界的に見ても、土地固有の手仕事がこれだけ残っている国は日本以外にありません」と、エリスは語る。
確かな審美眼を持つふたりには柳も心を開いて、自身の所蔵品を見せるだけでなく、全国のつくり手を紹介してくれた。ある時、名刺の裏に紹介状的なメッセージを記して持たせてくれたそうだ。当時の日本でこれ以上の紹介状はないだろう。ふたりはその名刺をお守りのように大切にしている。
柳との出会いが大きなきっかけとなって以降、日本全国の手仕事の現場を訪ねるようになったふたりは、つくり手たちとの深いコミュニケーションを重ね、自分たちの心が動いたものだけを世に紹介していった。
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北欧デザインの巨匠の家に行くと、必ず民藝があった
モギ フォークアートの店内に入ると、民藝、フォークアート、洋服、雑貨、そしてヴィンテージからオリジナルアイテムまで多様なプロダクトが混ざり合い、現代のライフスタイルと民藝のミックスのヒントを得ることができる。それは、ビームス モダンリビングのあと、1997年に立ち上げた、日本の手仕事とデザインを融合したスタイルを提案するレーベル、フェニカの頃から一貫しているスタイルでもある。
「ビームス モダンリビングで北欧のデザインを扱い始める時にバタフライスツールを取り入れたことがきっかけになって柳さんと出会い、私たちの興味が民藝にも広がったのですが、北欧を巡っている時に、フィン・ユールやボーエ・モーエンセンといった北欧デザインの巨匠の家に行くと、そこには必ず民藝があったんですよ。濱田庄司のお皿とかが飾ってあって、彼らも民藝が好きで日本の民藝と暮らしていたんだとわかるんです。ハンス J・ヴェグナーの家には藁で編んだ雪国の靴や蓑などがありましたね。彼らは純粋に美しいと思って集めていたんです。北欧デザインのスパッとした空間の中にそういうものがミックスされて飾られていました」と、北村。
北欧デザインと民藝をミックスした暮らしの面白さを伝えようとビームス モダンリビングで民藝を取り扱うようになったが、初めから受け入れられたわけではなかった。97年当時は、やっと北欧のデザインが浸透してきた頃で、ガラス製品や、白く美しい器などは手に取られるようになってきたのだが、そこにどっしりとして、大胆な絵柄が施された沖縄の焼き物を並べて置いても、ほとんど興味を持ってもらえなかったそうだ。
「当時、私たちが関わり始めた頃の民藝はもっと上の世代の方たちのものになっていました。生活の中にあるものたちとは一緒に考えてもらえなかったんです」
そこで、北欧デザインを求めてやって来たお客さんにも違和感なく取り入れてもらえるように無地のやちむんを企画した。つくり手を訪ねて提案してみると、初めは疑問の声も上がったが、明確な目的とイメージを伝えることで理解を得て実現。別注品の無地のやちむんは人気の商品となった。他にも多くの別注品を手掛けるなど時代とニーズに合わせた民藝を提案した。そんな努力が実を結び、2000年頃から店と民藝の認知度が高まり、近年の民藝ブームにつながっていくこととなる。
自由な感性で手に入れたものは、必ず自分の暮らしに溶け合う
「本当にその人が好きか、使ってみたいかっていうのがいちばん大事で、一緒に暮らそうと思ってもらえないといけませんよね。飾った方がきれいだと思えば飾ればいい。もし、気分が変わったとしたら、じゃあ今度は同じ作家がもうちょっと前につくったものを手に入れてみよう、というように次につながればいいと思うし、ものの系譜を学んでいくことで民藝がもっと面白くなります」
好きなものがあったらとにかく買ってみればいいという北村。そうして「好き」を大切にして集めていくと、自分の感覚も先に進んでいくそうだ。そんなふたりが長年集めたコレクションはふたつのショップに並んでいるが、自宅にもすごい量をお持ちだということは容易に想像がつく。
「こんなに持っていてもしょうがない、じゃなくて、その子たちが活躍する場をつくればいいんです。私たちは家に来る人によってディスプレイを変えたり、食事のための器を考えます。そうすることで、来た人との話が広がるんですよ。そして家が狭いからものを増やせないという意見をよく聞きますが、逆に狭いところに大きいものを置くんです。そうすると場所が広がりますから。狭いスペースに小さなものをごちゃごちゃ置くよりも大きいものを置いたほうがバランスが取れるんですよ」
90年代当時、誰も見向きもしなかった民藝に美しさと面白さを見出し、過去の繰り返しではなく、時代の少し先を行った見立てで民藝を暮らしに取り入れるアイデアを教え続けてくれているエリスと北村。ふたりが大切にしているのは、純粋に好きであること、そして自分の感性なのだ。
「買う時にはスマホでいろいろ調べないほうがいいですよ。情報ではなくて自分の感性のままに手に入れるのがいいと思います」
エリスはそう教えてくれた。自分を信じて自由な感性で手に入れたものは、必ず自分の暮らしに溶け合うはずだ。100年前の作家のものも、現在進行形の作家のものも、等しく自由なクリエイティブでつくられた民藝が古くなることはなく、いつの時代にも暮らしに彩りを与えてくれるだろう。心を開けば、美しく自由な民藝との出会いが待っている。
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