土地性を活かした民藝を感じさせる宿が、日本各地にある。それぞれの地に根ざす歴史や手仕事の妙を感じながら、暮らしの中での民藝を、旅先で楽しみたい。
2025年は、「民藝」という言葉が誕生して100年目となる記念の年だ。そしていまもなお、世代を超えて多くの人が民藝に魅了されている。いま私たちが日常の中で出合う民藝の姿とは? 日々の暮らしに寄り添ってくれる、その魅力にフォーカスしたい。
『たのしい民藝』
Pen 2025年2月号 ¥880(税込)
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楽土庵/富山県砺波市
民藝の精神性を体感する、古民家のアートホテル
富山県西部に広がる砺波平野は、かつて大名前田家が統治し、加賀百万石の4分の1を担う年貢米が収穫された一大穀倉地帯だった。この地を特徴づけるのは、水田の中に農家が離れて点在する「散居村」だ。
散居村の美しい景観と豊かな文化を保全しようと、2022年秋に開業したのが楽土庵。水田に囲まれた「アズマダチ」と呼ばれる築200年の古民家を再生したアートホテルだ。
木の引き戸を開けると、目に飛び込んでくるのは染色家・芹沢銈介の四曲屏風。他にも富山に疎開していた板画家・棟方志功、濱田庄司、河井寬次郎ら民藝の巨匠の作品が。そう、このホテルは民藝を随所に感じることができるのだ。それらがピエール・ジャンヌレのラウンジチェアやジャスパー・モリソンの照明と不思議な調和をみせている。
「富山は民藝の精神性と親和性があります。浄土真宗の信仰が篤く、大いなる力に身を委ねる “他力”という考え方が根付き、それを柳宗悦は“土徳”という言葉で表現しました。つくり手のはからいを超えた民藝の他力美と通じるものがあるのです」と、ホテルを運営する、水と匠のプロデューサー林口砂里は話す。
3つの客室はテーマごとに内装が異なる。壁と天井一面に和紙職人ハタノワタルの手漉き和紙が張られた「紙shi」。二頭の蚕が一緒につくる繭から紡いだ「しけ絹」を壁と天井に使った「絹ken」は、天然のレフ板と言われる絹が光をやわらかく反射させ、まるで繭に包まれるような心地よさだ。「土do」の部屋では、土を扱う現代作家の林友子が敷地内の土を採取し銀箔を混ぜて製作したアートワークが床間に施され、光の加減で煌めいている。
どの部屋にも民藝の品が置かれ、北欧や李朝の家具、現代美術作品、西アジアのトライバルラグなど、時代や国を超えて出合い共鳴する空間だ。ここを訪れれば、民藝の新たな魅力に開眼する滞在となるだろう。
杜人舎/富山県南砺市
寺の敷地に立つ宿で、柳宗悦の美の心を知る
550年の歴史を持つ北陸の浄土真宗信仰の拠点のひとつ、富山県南砺市の城端別院善徳寺。柳宗悦が62日間逗留し、民藝思想の集大成である『美の法門』を書き上げたことでも知られている。その敷地の一角に、2024年3月に開業したのが“泊まれる民藝館”をコンセプトにした宿・複合施設の杜人舎だ。この建物は、もともと柳の愛弟子であり建築家・木工家の安川慶一により、僧侶や門信徒が仏教の学び舎として集う研修道場として設計されたもの。その端正で美しい佇まいはそのままに、富山出身の建築家でチームラボアーキテクツのパートナー・浜田晶則が率いる浜田晶則建築設計事務所がリノベーションを手掛けた。
1階はカフェと民藝ショップ、講堂があり、2階は長期滞在も可能な全6室の客室だ。なかでもトリプルルームは檜の芳香漂う総檜風呂があり、室内には実際に安川慶一が愛用していたメキシコの革張りの椅子が置かれている。空間自体が民藝を体現しており、床の間にしつらえた民藝の品は一部購入が可能だ。
翌朝は善徳寺の勤行にぜひ参加してほしい。朝の清々しい空気の中、寺院の本堂で厳かに響く読経と地域の住民が真摯に祈る姿に、柳宗悦が「土徳」と表現した土地の人々が持つ精神性に触れることができるだろう。
朝食は、かぶら鮨や赤かぶ漬物など、地元の伝統的な発酵保存食を中心とした郷土料理を民藝の器で味わえる。暮らしの中で育まれた民藝の本質を知ることができる宿だ。
〜楽土庵、杜人舎から足を伸ばして〜
なぜ富山は民藝の聖地となったのか? 棟方志功ゆかりの寺、光徳寺へ
誰もが知っている有名な産地ではないにもかかわらず、富山が民藝運動の聖地と言われるのはどんな理由があるのだろうか。
そのカギとなるのが、富山の西部・福光町(現南砺市)に1471年に建立された、真宗大谷派寺院「光徳寺」だ。板画家の棟方志功が第二次世界大戦末期に、500年以上の歴史を持つ富山の光徳寺に家族で疎開したことはあまり知られていない。
「祖父の十八世 高坂貫昭が河井寛次郎の紹介で棟方と知り合い親交があって、疎開を勧めたそうです」と、現住職である二十世 高坂道人が話す。
棟方は、福光の人々と触れ合う中で作風も変化していく。福光時代の棟方のもとを訪ねた柳宗悦は、作品を見てそれまでの我執の強い作風から我による濁りが消えたと感じたという。6年8カ月にもおよぶ福光での暮らしが棟方の作風の変化に強く影響を及ぼした理由を、高坂はこう説く。
「富山では浄土真宗の信仰心が篤く、目に見えない仏や自然に対して畏敬し感謝する精神がこの地の人々に根づいています。浄土真宗の〝他力本願〟という思想で、柳はそれを〝土徳〟と表現しました」
名もなき職人がつくる生活用具や民衆のための工芸品に、なぜこんなにも自由で健やかな美が宿るのか、そのことわりを長年、解き明かしたいとしていた柳。浄土真宗の一個人のはからいを超えた先である〝他力本願〟に、民藝思想との深い共鳴を見出した。
その後、柳は近隣の城端別院 善徳寺に62日間滞在し、民藝思想の集大成というべき論文『美の法門』を完成。富山は、民藝の美の法則を見出し、民藝思想の形成に欠かせない地だったのだ。
光徳寺は河井寬次郎、濱田庄司をはじめ民藝運動の巨匠たちが多く訪れ、サロンのような存在になっていく。
民藝運動に共感した高坂貫昭住職の時代より、世界・日本各地から蒐集した民藝コレクションが圧巻だ。築200年の豪農の屋敷を移築した豪快な梁が渡る空間に、アフリカの一木彫りスツールや18世紀のグレゴリオ聖歌の楽譜にピアノ、古染付の猪口など、国や時代、宗教がミックスされた世界の民藝品が一堂に会している。どれもが存在感はあれど声高に主張することなく絶妙な調和を見せる。
「これでも出しているのは3分の1程度で、器や家具は実際に暮らしで使っているものばかりです」
民藝館にあるような英国のウィンザーチェアも、ていねいに修繕しながら普段使いされている。柳が提唱した用と美が一致した民藝の暮らしがここにある。
光徳寺
住所:富山県南砺市法林寺308TEL:0763-52-0943
営業時間:9時~17時
撚る屋/岡山県倉敷市
民藝のDNAを受け継ぐ、倉敷の新しい宿
江戸時代から残る蔵屋敷、白壁に幾何学的ななまこ壁、倉敷川にたゆたう柳並木。岡山を代表する観光地の倉敷は、日本屈指の民藝の聖地でもある。この地の大地主で実業家の大原家が柳宗悦や民藝のつくり手たちを支援し、日本で2番目の民藝館である倉敷民藝館が誕生。倉敷ガラスや倉敷緞通、花むしろなど、民のための優れた工芸品が花開いた。
そうした倉敷民藝のDNAを受け継いだ料理宿が2024年11月に開業した。明治期に呉服屋の別邸として建てられた築110年の伝統的建造物と新築棟に5様の趣きの13室。そこかしこに倉敷や岡山に根付く手仕事の技を見ることができる。入り口に掲げられているい草の縄暖簾は、かつてい草の一大産地だった倉敷で、1886年に創業した須浪亨商店五代目の須浪隆貴の手によるもの。客室に設えた平盆は岡山県美作市在住の木工家・加賀雅之、湯呑みは2024年2⽉に倉敷⻘⽊窯を開窯した三宅康太による作陶と、倉敷民藝の新しい担い手たちだ。
撚る屋では、食を通しても倉敷の地域性を体感できる。江戸時代に干拓が行われた倉敷は水運を活かし、さまざまな物資が集まる一大拠点として繁栄。この地の歴史に想いを馳せ、瀬戸内で獲れる魚や近郊の山の幸などの食材を二十四節季・七十二候の季節の移ろいに合わせた割烹料理が味わえる。併設のワインバーで余韻を楽しむのもいい。歴史を継承し先人の想いを撚り合わせた手仕事と食を通して、より深く倉敷を知ることができる宿だ。
滔々/岡山県倉敷市
ものづくりの聖地で、倉敷の美に浸る
2018年以降、倉敷の美観地区で1日1組限定の宿や素泊りの宿泊施設、ギャラリーを運営する滔々。町家や江戸後期の蔵などを改修した、それぞれ趣の異なる7つの宿が点在する。
なかでも民藝好きなら見逃せない宿が、倉敷民藝館や日本郷土玩具館の隣に位置する「倉敷民藝館南 奥の宿」だ。22年4月にオープンした倉敷のものづくりを衣食住で体感できる複合施設、倉敷SOLA内にあり、部屋の北の窓から倉敷民藝館を眺めながら滞在できる。
1階はミシュランガイドで1つ星を獲得した日本料理店ブリコールの姉妹店、雲。多様な民藝の器で供される、地元の食材を使った美食で身も心も満たされる。
滔々
住所:岡山県倉敷市中央1-4-13
TEL:080-9799-7751
https://toutou-kurashiki.jp
谷屋/岐阜県高山市
民藝館に泊まる、唯一無二の体験
江戸時代、徳川幕府直轄の天領となった飛驒高山で、御用商人として繁栄した日下部家。民藝運動と関わりが始まったのは11代目当主の日下部禮一からだ。民藝運動に共感し、国の重要文化財にも指定された日下部家住宅の一部を改装して、日下部民藝館として1966年に開館。
2023年、民藝館に隣接する築100年あまりの離れを改修した1日1組限定の宿が誕生した。ゲストには日下部家の亭主自ら茶を点てお出迎え。滞在中は隣の民藝館に自由に出入りでき閉館後もプライベートラウンジとして囲炉裏端で食事をすることが可能だ。綿々と受け継がれてきた飛驒高山の文化を体感できる、宿泊者にのみ許された特別な滞在を約束する。
谷屋
住所:岐阜県高山市大新町1-55
TEL:080-2450-6222
https://taniya-hida.com
松本ホテル花月/長野県松本市
松本民芸家具を楽しめる、歴史あるホテル
松本城を訪れる旅人のための宿として、1887年に創業した老舗ホテル。松本民藝運動の旗手であり松本民芸家具の創設者・池田三四郎のアドバイスによって、約50年前の旧館建築時、明治の洋風様式に松本民芸家具を随所に配した。2016年にリニューアルし、建築家の永山祐子がホテル外装のデザイン、濱川秀樹がインテリアデザインを手掛け、民藝を体感できる内装に快適さも加わった。
併設している喫茶室、八十六温館も趣深く、池田の監修による店内は創業当時のまま。飴色に艶めく椅子にもたれながら、店名の由来にもなった86度で淹れるネルドリップコーヒーを嗜みつつ、往時に思いを馳せたい。
松本ホテル花月
住所:長野県松本市大手4-8-9
TEL:0263-32-0114
https://matsumotohotel-kagetsu.com
ホテル シツ/島根県出雲市
器とともに、暮らすように旅する宿
島根は器の街だ。柳宗悦、濱田庄司、河井寬次郞、バーナード・リーチ……彼らに指導を受け、民藝運動の影響を受けた窯元が勢揃い。柳が愛したコバルトブルーが特徴の出西窯や、ぽってりとした黄釉が愛らしい湯町窯、河井最後の内弟子が開いた森山窯に二彩の袖師窯など。
2019年7月に開業した一棟貸切の宿shitsu(シツ)は、約80年前に建てられた町家をリノベーション。アイランドキッチンが主役のダイニングで、窯元や作家の器を自由に使うことができる。飲食店が多いエリアなので、テイクアウトしたり、山陰の食材を自分で調理するもよし。触り心地や使い勝手をここで試せる。島根の窯元巡りの旅に覚えておきたい宿だ。
ホテル シツ
住所:島根県出雲市今市町918
TEL:090-9753-8086
https://shitsu.amebaownd.com
『たのしい民藝』
Pen 2025年2月号 ¥880(税込)