第百回“湯道は、ここからはじまる。”【小山薫堂の湯道百選】

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂
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〈京都府某所〉
慈湯釜

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湯道百選の記念すべき百湯目はここ以外にはありえない。総本山となる風呂をつくりたいと考えたのは、コロナ禍で社会全体が息苦しさに包まれていた3年前。湯道創設の大恩人、大徳寺真珠庵第二十七世住職の山田宗正氏に相談したところ、京都某所にある特別な場所を紹介いただいた。しかも設計から施工まで引き受けてくださると仰る。こんなにありがたいことはない。すべてを委ねた。

天に向かって青竹が伸びる薮の隙間に風呂釜を設えるとのこと。付近は京都随一の水脈を持つ名水の一等地。湧き水を薪で沸かすため、いまや日本唯一の五右衛門風呂製造メーカーとなった大和重工業から直焚の丸型を取り寄せ和尚様の友人である土工と庭師が加わり、わずか3人で石造りの露天風呂を完成させた。畳よりも巨大な石は祇園祭りの山鉾の辻回しをヒントに竹を敷いて運んだという。

湯開きの日は、和尚様自らが湯を沸かしてくださった。柔らかな湯に身を沈めて天を見上げると、風に吹かれて左右にしなる青竹の先に小さな青空があった。薪の燃える音に混じって聞こえる笹鳴りは開湯を祝福しているかのよう。地下水と釜火と竹林の調和から生まれた湯は温泉を凌ぐ心地よさ。それでいながら、煙突脇に祀られた跋陀婆羅菩薩(ばったばらぼさつ)が微かな緊張感を漂わせる。

この湯をいつまでも慈しみたいと「慈湯釜」(じゆうがま)という名が閃いた。ここは、湯道はじまりの湯。湯道に深く心を寄せたあなたに、ぜひいつか浸かりに来てほしい。

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京都某所にあり住所、入浴方法は非公開。五右衛門風呂まわりの左官仕事は、挾土秀平氏率いる職人社秀平組によるもの。跋陀婆羅菩薩とは、お風呂で悟りを得たと言われる仏様。 

 

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風呂掃除、薪を焚べる行為も含めて、風呂は修行の場であり、人や自然への感謝を自ずと感じられる唯一無二の場所。

※この記事はPen 2025年2月号より再編集した記事です。