写真家の阿部裕介、映像ディレクターで作家の上出遼平、そして俳優の仲野太賀が運命のように出会い、そして米ニューヨークで結成した旅サークル「MIDNIGHT PIZZA CLUB(ミッドナイト・ピッツァ・クラブ)」。最初の目的地は、世界で最も美しい谷のひとつと言われるネパールの秘境・ランタン谷。1週間かけて標高4773mを誇るキャンジン・リーを登頂した旅の様子を写真と文章で追体験できる旅本『MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY』が出版された。斬新な一冊をつくり上げた彼らが語る、旅の目的とは?
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俳優、写真家、映像ディレクターによる新しい旅のかたち「MIDNIGHT PIZZA CLUB」
———出版おめでとうございます。3人が旅に出ている様子は、SNSを通じて知っている方も多かったと思いますが、まさか本になるとは……!
上出 最初はなんとなく「これは仕事じゃなくて、プライベートな旅にしよう!」みたいな始まりだったのが、話していくうちにどんどん欲が出てきちゃって(笑)。僕は映像を撮れるし、阿部ちゃんは写真、そして太賀くんもいて…….いろいろ考えた結果、みんな心の底で本をつくりたいという思いがあったんですよ。
正直、いまの時代に本ってそんなに儲かるものでもないと思っているんですけど、せっかくやるならカッコいい旅本をつくろうぜ!って。中身とかは全然決めていかなかったので、ネパールにいる間、山を登って夜ご飯を食べた後に毎晩話し合って、夢を膨らませていましたね。
——— ついに本が発売されましたが、完成した時はどんなお気持ちでしたか?
仲野 10代の頃、本屋さんでいろんな旅本を読んで「いつか旅したいな」と思っていて。そんな本を自分たちがつくったと思うと、すごく不思議な感じです。未だかつてない、面白い旅本ができたと思います。「MIDNIGHT PIZZA CLUB」が自分の人生においても大事な一冊になってしまったような気がして、それが面白いなって。
最初は単純に「旅したいね!」みたいな始まりだったのに、気づけばこの本をつくるためにたくさん話し合いを重ねて、こうやってかたちになったというのが自分でもびっくりするくらいのスピード感。この1年間で3回も旅に出ていて、3人の濃密度がちょっと半端じゃない(笑)。
———3人ともお忙しい中で、計画や準備も大変だったと思います。どんなことがモチベーションになっていましたか?
阿部 普段いただくお仕事だと、やっぱり決められたものを確実に撮ってこなきゃいけないじゃないですか。それってある意味ルートが決まった旅で、“想像することを撮る”という感じです。でも、「MIDNIGHT PIZZA CLUB」をつくるうえでは、標高4000mにあるパン屋さんを目指そう!というノリで行ったら、その途中でお店がやってないってことを知って、少し標高が低いところにあるパン屋さんで素敵な出会いがあったり……あえて狙っていかないというのが楽しいし、この本をつくるうえでもすごく重要なポイントになりました。
上出 仕組まれてないっていうか、プライベートであるということ大前提で、自由度がとにかく高かったので。でも仕事をしていると、そういうのってどんどん減ってくじゃないですか。どうしても僕らみたいな撮る側撮られる側は、ある程度仕事としての撮れ高を気にしてやらなきゃいけないので、それが突き破られる環境というのは相当楽しかったですね。
第一弾の舞台は「世界一美しい谷」ネパールの秘境、ランタン谷
———阿部さんが旅先をネパールに決めたそうですが、どんな思い入れがあったのでしょうか?
阿部 今回行ったネパールのランタン谷は、なかなか旅本でも特集されてないし、まだ日の目を浴びてないような場所で、僕はそういうところ大好きなんですよ。あとは、ネパール地震があった時に家を建てるボランティアに行って、作品制作にも取り組んでいた場所という思い入れもありました。2人をどこへ連れて行きたいかなって考えていたら、最初にランタン谷が思い浮かびました。
仲野 この3人が初めてニューヨークで出会って、ネパールに行くと決まった後、僕は先に日本に帰国したんですよ。その飛行機に乗る直前に阿部ちゃんからメールが来て、「企画書できました!」みたいな。この旅を成立させるために、寝ずに企画書をつくっていたらしい。
阿部 それまでパワーポイントを使ったことなかったんですよ(笑)。でも、やっぱりやりたいと思ったら、やるまで諦めたくないタイプで。2人にはあんまりこういう話はしてないんですけど、自分がカメラ始めた時から「絶対にチャンスを逃さない!」って思ってやってきたんですよ。なにか船が流れてきたら、それを絶対にこっちに手繰り寄せるパワーをつけたいって。それまでに技術や実力を蓄えておこうって決めていたんですね。このネパール旅が決まった時に、「いまだ!」と思ったんですよ。いままでの経験や技術をここで使わず、どこで使うんだよって思ったくらい、これに全力をつくそうと思いました。
———職業もキャラも違う個性豊かな3人男旅に、笑いや涙が止まらないという読者の声も多くあります。この3人旅だからこそ感じるよさは?
仲野 フットワークの軽さじゃないですかね。本にも書いているんですけど、旅の始まりも3人で一緒に遊んだことがない状態で、いきなりニューヨークで会って。会えちゃったことでフットワークの軽さが立証されて、どこでも行けそうな雰囲気ができた。3人で予定を合わせて10日間の旅に3回も行くって、なかなか難しいことじゃないですか。実はすごい暇なんじゃないかっていう説もあるんですけど、あんまり言わないほうがいいと思って控えています(笑)。
上出 あとは、許容力ですかね。旅をしているといろいろトラブルも起きるけど、しょうがないかって全員が思えるからうまくいく。おかげで、どこで旅をしても、どうしたって面白くなる。
阿部 NGのラインも低いですよね。人ってグループになると嫌われたくないからかっこつけたり、発する言葉を考えるじゃないですか。この2人といる時は、本当に考えてないかな。もちろんちゃんと大切にするべきところもありつつも、家族と接するみたいな安心感がある。
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旅の楽しさが詰まった音声コンテンツも公開!
———本の中には、仲野さんと阿部さんが撮影された写真が100カット以上掲載されていて、とても見応えがありました。写真家の阿部さんから見て、今回仲野さんの写真の印象はいかがですか?
阿部 太賀は僕が見えてないところをたくさん撮ってくれてるから、本当に素晴らしいなって。これは全然上から目線ではないんですが、この旅本をきっかけにどんどん写真が成長していくんじゃないかなって思いました。
本になると見える目線、物事ってたくさんあるんですよ。レイアウトを組んだり、文章の中に写真が入ってきたりすると、またちょっと自分の写真が違うように見えてくる。この本をきっかけに、さらに写真の幅が広がるんじゃないのかなって期待しています。
仲野 そうそう、あとで話そうと思っていたけど、次はレイアウトもやりたいなと思ったんですよね。もっと本ができるまでのプロセスを勉強したいなって。今回の「MIDNIGHT PIZZA CLUB」は本当に仕上がりが素晴らしいし、それはもう阿部ちゃんの功績です。その技術を全部奪って、ゆくゆくは僕がカメラの仕事をもらっていきます(笑)。
上出 ちなみに、旅を繰り返して「MIDNIGHT PIZZA CLUB」が3冊くらいかたちになったら、特装版として本を出したいなと思っていて。セレクトされなかった写真が600枚くらいあるので、それもいつか見てもらいたいなと思っています。
仲野 本の最後の写真も、カトマンズに戻ってきてからカラオケに行った一枚で。外国人しかいないから、やっぱり英語の歌で勝負するしかない!ってなって、オアシスの曲を熱唱したんですけど(笑)。こういう行き当たりばったりだからこそ生まれた映像もたくさんあるから、徐々に出していきたいね。
上出 旅の道中、ずっと音声を録音していたんですけど、その一部をポッドキャストで配信します。僕らがひたすら歩く“カツカツ”みたいな足音とか、川沿いを歩いていた時に鈴をつけたロバの群れが歩く音とか。臨場感があって、めちゃくちゃ面白いと思います。
———これからもさまざまな展開があるようですが、「MIDNIGHT PIZZA CLUB」の今後の目標を教えてください。
上出 目標は続けることですね。旅を続けたいんですよね、僕ら。本当にいままでにないタイプの本だと思うんですよ。旅本でもあり、男3人の珍道中っていうかくだらない話でもあり、なかなか行けないような雰囲気の山の旅であり……。そういう旅って、結構ハードコアストイックだったりするじゃないですか。でも、これはお酒を飲みながら読んでもらえるような楽しい一冊だと思うんです。
これを読んで旅に行きたいなと思ってもらったり、いろんな事情で旅が難しい方にはこの本を通して旅を体験してもらえたらいいなと思っています。あとは、読むと阿部ちゃんのことを好きになる人が増えちゃうと思うんですけど、それだけが懸念点ですね(笑)。
『MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY』
仲野太賀/阿部裕介 写真 上出遼平 著 講談社 ¥2,750
●Audibleポッドキャスト「MIDNIGHT PIZZA CLUB」配信中