湯を知り、湯を敬い、湯と戯れる──。そんな湯への愛があふれる雲仙湯道文化祭が、長崎県雲仙市で2024年11月に開催された。仕掛け人は、入浴文化の普及に邁進する湯道の初代家元・小山薫堂。湯道にも雲仙市にも初となる試みは、両者にどんな果実をもたらしたのか? 湯煙に多くの笑顔が咲いた“湯のお祭り”をレポートする。
メインイベントは、初公開の湯道文化賞授賞式&湯道未来会議
湯道とは、マルチな活躍を見せる放送作家・小山薫堂が家元となり、自身も愛してやまない入浴の素晴らしさを広めるべく考案したもの。この日本固有の贅沢な行為を、茶道のような“道”へと昇華させ、入浴への感謝と喜びを文化として国内外に発信したい……そんな想いから9年前に生まれた取り組みだ。2020年には、一般社団法人 湯道文化振興会も設立。湯に関わる多くの分野を巻き込みながら、日々湯道の成熟・発展に努めている。
雲仙湯道文化祭もその一環だが、今回は雲仙市との共同開催。そのきっかけは、雲仙市から直々に「湯道と連携協定を結びたい」との依頼があったことだという。「湯道との連携を地域の魅力発信に繋げ、湯道の精神である感謝や思いやりを街づくりに活かしたい」と雲仙市長。片や、お風呂による地方活性化を目的の一つに挙げる小山率いる湯道文化振興会にも、これは願ってもない機会となった。
その雲仙市は、山側に雲仙温泉、橘湾に面した海側に小浜温泉を擁する温泉郷。国立公園第1号に選ばれたほどの美しい土地であり、明治~昭和初期には外国人の避暑地として栄えたことから、雲仙温泉にはいまもエキゾチックな情趣が薫っている。
かくて雲仙市とのコラボで実現した雲仙湯道文化祭。なかでも注目すべきは雲仙観光ホテルで行われたメインイベント第3回の湯道文化賞授賞式と湯道未来会議だ。湯道文化賞は、入浴文化に対し輝かしい功績を挙げた個人や団体を表彰するもの。過去2回は京都・大徳寺真珠庵で非公開にて行われたが、今回は初の一般公開とあって各地から入浴愛好家や報道陣が詰めかけた。
多くの聴衆が見守るなか、各賞の受賞者が発表。受賞者からは以下のように感謝のコメントが述べられた。
【湯道特別賞】伸誠商事
自衛隊が用いる入浴支援用設備の製造を通して、被災地などでの入浴援助を続ける尽力に対して。
「どのような場面でも展開可能な入浴機材の開発に取り組んでおります。今後も自衛隊隊員の皆様や、被災者の方々に一時の安らぎと英気を養っていただけるよう、よりよい製品開発に励みます」(伸誠商事)
【湯道工芸賞】永楽屋
風呂文化の過去と未来を結ぶ、芸術的価値の高い手ぬぐいづくりに対して。
「江戸時代から明治、大正、昭和、平成、令和と6時代にわたり手ぬぐいをつくってきました。今後も湯道さんとともに、文化としての手ぬぐいを広げていこうと思います」(十四世 細辻伊兵衛さん)
【湯道創造賞】「妙法湯」店主・柳澤幸彦さん
独自に考案した「こんぶ湯」を中心に、地域全体を巻き込む循環型の仕組みを作った功績に対して。
「廃業する銭湯も多い昨今ですが、私たち銭湯経営者は皆様の健康と心の癒しの場を守る大切な仕事だと感じ、 誇りを持って続けています。今後も時代に合わせて銭湯の価値を高め、愛されるよう努力します」(柳澤幸彦さん)
【湯道文化賞】草津温泉
自治体・旅館・共同浴場などの組織が連携し、温泉を軸とした街づくりを行う成果に対して。
「草津では町長を先頭に、行政と民間が意見を述べ合いながら頑張っています。それができるのは、みんなが“100年後の草津温泉が豊かな町であるために”との目標を共有しているから。本日の受賞、大変嬉しいです」(「湯の華会」会長・黒岩智絵子さん)
【湯道貢献賞】雲仙市
雲仙と小浜の両温泉を活用した街づくりと、湯道との連携に対して。
「常々、雲仙市にしかできない情報発信をしたいと思っていました。今後は湯道のお知恵を拝借しながら雲仙の個性を磨き、 全国からお客様にお越しいただけるよう力を尽くします」(金澤秀三郎雲仙市長)
その後、連携協定締結式を挟み「お風呂の幸せ作文コンクール」湯道大賞が発表。342名の応募者から選ばれたあすかさんが、受賞作「浴槽で楽しむそれぞれの旅(人生)」を朗読し、湯に浸かる幸せを聴衆に伝えた。 ---fadeinPager---
湯のプロフェッショナルが“これからの温泉のカタチ”を探る、湯道未来会議
授賞式に続いて、湯道未来会議がスタート。湯に一家言持つ識者たちが、「湯を活かした街づくり」をテーマに語り合った。ファシリテーターの小山に加え、雲仙観光局代表理事の山下浩一さん、草津温泉女将の会「湯の華会」会長の黒岩智絵子さん、温泉ビューティ研究家の石井宏子さん、ONDOホールディングス代表取締役社長・山﨑寿樹さんの5名が参加した。
まずは魅力ある街づくりに積極的な草津温泉が話題にのぼり、黒岩さんが年間370万人を呼び込む仕掛けや舞台裏を語る。「草津の人口約6000人のうち、9割がサービス業従事者。みな目指すものが同じなので、いろんな挑戦がしやすいんです」と黒岩さん。
「温泉地は“周囲の地域を巻き込んだショールーム”になれる場所」と言うのは石井さん。温泉だけでなく、人々に地域全体を楽しんでもらうのが今後の旅のトレンドになると予想する。新潟や群馬などの連携事業、雪国リトリートを例に、地域全体と繋がる重要性を説いた。
地域のよさを詰め込んだ15の入浴施設を運営する山﨑さんも、自身の経験から湯による地域おこしは可能だと語る。最近注目するブームとして、昭和レトロと現代湯治というキーワードが挙げられた。
さらに小山も「インスタ映えは即効性があるけれど、結局、人だと僕は思います」と述べる。「また会いに来たくなるような人が湯をつくっていれば、その存在が“街の観光大使”になるんですよね」
他にも黒川(熊本)、別府(大分)、東川町(北海道)などの施策やアイデアが披露され、愛される温泉地に必要な条件や課題が見えてくる。観光局の山下さんもいたく刺激を受けた様子。このディスカッションが、雲仙市の魅力をさらに高める契機になるかもしれない。---fadeinPager---
室町時代の風流な愉しみを再現した「淋汗茶湯」
最終日には、湯道ならではの企画「淋汗茶湯」も催された。本来は風呂で汗を流した後、抹茶の飲み比べを楽しむ茶会のことで、室町時代から全国各地で行われたという。今回は、雲仙の工芸×茶道×湯道のコラボによる再現だ。
当日は2回に分けて、各10名の有志が参加。ひなびた味の共同浴場、だんきゅう風呂でひと風呂浴びて、開催場所の雲仙焼窯元へ。そこで客をもてなす亭主は、裏千家今日庵業躰の奈良宗久さん。端正な所作と時折挟むユーモアが快く、茶会は不慣れという参加者も緊張がほぐれ、自然と笑顔になっていた。
地元の和菓子屋「永昇堂」の主菓子がふるまわれるなか、茶会は和やかに進行。家元や参加者同士の話も弾み、くだけた空気が茶室を包む。「かつては揚屋(あがりや)などでも行われた淋汗茶湯。お茶だけでなく、お酒や食事も含めた気軽な楽しみだったんです」と奈良さんが微笑み、くつろいだ過ごし方を肯定する。
長崎らしいクルス(十字架)をあしらった器を始め、個性豊かな茶道具を愛でるのもまた眼福。雲仙焼窯元が、今回のために特別につくった水指などの湯道具も見られた。湯を介し、こうした感性や伝統に触れるのも“文化の結び目”たる湯道の醍醐味なのだ。---fadeinPager---
まさに街ぐるみで盛り上がった湯道文化祭
そのほか、期間中は「雲仙・小浜スタンプラリー」なども実施。小浜歴史資料館では3日間限定で湯道の特別展示が行われた。この施設は小浜温泉発展の基礎を築き、島原藩主から「湯太夫」の称号を賜った一族の邸宅で、温泉マニア必見のスポットである。
イベントの盛況ぶりでは、最終日の「タネト湯道市」が出色だろう。雲仙市のオーガニック直売所「タネト」にて、地元の「雲仙福田屋」、長崎市の「プルミエクリュ a.k.a 深田惣菜」、京都の「実伶」などが雲仙・小浜の温泉水を使った特別メニューを販売。地獄ソーメン(福田屋)やなぽりサンドイッチ(深田惣菜)といったこの日限りの逸品を、多くの人が列を成して買い求めていた。---fadeinPager---
湯を愛するさまざまな人々が集まり、いくつもの縁が繋がったこの期間。温泉という“触媒”の性質ゆえか、文化祭中は終始温かな祝祭感に包まれていた気がする。とりわけ印象的だったのは、温泉地にはまだまだ展開力があると確信させた湯道未来会議。あの会場に漂っていた静かな熱気が忘れられない。そこには、湯道そのものに向けられた期待や希望もあったはずだ。
そんなお祭りの最後は、家元・小山薫堂の言葉で締めくくろう。
「今回、連携協定や文化祭という形で湯道を正式に認めてくださった雲仙市に感謝申し上げます。他の温泉地でもイベントコラボが増えており、湯道を広めるきっかけをつくっていただいているのが本当に嬉しいですね。湯道自体はまだ道半ばですが、ゴールは200年後だと思っていますので(笑)。実際、歴史ある“道”や“祭事”の多くが、最初は遊びみたいなことから始まったはず。僕らもこうした経験を重ねていき、いずれ本物の“道”に至れたらと願っています」