名著をたどったテヘランへの旅で、自由とはなにかを知る紀行文学【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】『傷ついた世界の歩き方 イラン縦断記』

  • 文:瀧 晴巳(フリーライター)
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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『傷ついた世界の歩き方  イラン縦断記』

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フランソワ=アンリ・デゼラブル 著 森 晶羽 著 白水社 ¥2,970

一冊の本に背中を押される旅がある。沢木耕太郎の『深夜特急』がそうだったように。作家で旅行家のニコラ・ブーヴィエがおんぼろのフィアットに乗り込み、スイスのジュネーヴを旅立ったのは1953年、24歳の時だった。親友で絵描きのティエリ・ヴェルネとバルカン半島に向かったこの旅は『世界の使い方』という一冊の本になり、旅のバイブルとしてヨーロッパの若者たちに長く受け継がれてきた。

本書の著者、フランソワ⹀アンリ・デゼラブルもそんなひとりだ。ブーヴィエが旅した景色を自分の目で確かめたい。2022年、折しもイランではクルド人女性が服装の乱れを理由に道徳警察に逮捕され、殺害された事件をきっかけに激しい抗議運動が巻き起こっていた。

果たして安宿に着くと、ザイードと名乗る男が親しげに話しかけてくる。「どこの国から来たのか」「旅行の目的はなにか」。男が電話に出た隙に、さっきから目配せを送ってきたフロントの女性が慌てて記したメッセージに目を通す。「さては自分に気があるのかな」という呑気な推察は「気をつけて。彼は政府の手先かもしれない」という警告に吹っ飛んでしまう。

下手をすれば逮捕監禁され、命の危険に晒されるのだ。そんな彼が目の当たりにしたのがヒジャブを被らず、髪をなびかせ、デモの先頭に立つイラン人の若い女性たちだった。

「あなたにテヘランの街角のこだまを聞かせてあげるわ」

デモを先導する女性が「独裁者に死を!」と叫んだ時、デゼラブルはとっさに他人のふりをした自分を恥じた。命がけで抑圧に立ち向かう彼女たちを目の当たりにして、同じ状況で自分はなにができるのかと自問する。よくも悪くも出たとこ勝負の臨場感が、自由とはなにかをリアルに語りかけてくる。

※この記事はPen 2025年1月号より再編集した記事です。