2024年11月、アーティスト・写真家の嶌村吉祥丸が、京都の一乗寺エリアに「koen(コウエン)」という新たな“場”をオープンした。過日に写真集 『what is good?』を刊行し、その写真展をパルコで開催していたことも記憶に新しい吉祥丸は、東京・荏原で「same galley」の企画・運営を行うほか、ヴィーガン対応のラーメン「ラーメン吉祥丸」やフレグランスブランド「kibn」もプロデュースする。ひとつの領域に留まらず、常に新たな活動を続ける彼がオープンした施設はどのようなものだろうか?
一乗寺は京都駅から電車やバスで40分ほどの距離に位置するが、芸術系の大学も多く、ユニークな古道具店も点在するディープなエリアとして知られている。2年後には新たな文化施設の開業も予定されており、今後盛り上がってきそうだ。
今回オープンした「koen」は、カフェ・ショップ・ギャラリー・アトリエなどを組み合わせた複合施設。その名の通り、“公園”という場所が持つ“公共性”を意識したと言う。これまで取り組んできた多様な活動と地続きと思われるこの新たな一歩について、吉祥丸がなにを考えているのか訊いてみた。
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長年考えていた、公共性を持つ場所の可能性
――まず、このような施設をつくることはいつから考えていたのでしょうか?
自分のやりたいことをiPhoneのメモに残すのが習慣なのですが、遡って見てみると、どうやら9年ほど前から“公園”という単語が書かれていて、その頃からなんとなく考えていたかもしれません。
ただ、アイデアの種としてはずっと持っていたものの、飲食店やショップをつくるとは思ってもいなくて、約1年前にこの物件が見つかってから本格的に動き出しました。
――そう言えば、6月に銀座ソニーパークで『koen ginza』という展示を行っていましたが、あの展示は今回の施設にも関係していたのですか?
「あなたにとって“公園”とは?」というテーマで、アーティストや友人たち、展示を訪れた方々に、公園の存在そのものを問いかけた展示でした。開期全体を通して総勢約200人の方から回答をいただきました。いま、社会におけるサードプレイスが少ないと思ったことが発端です。
行きつけの定食屋のような場所はあるかもしれないけれど、セレクトショップやギャラリーのようにカルチャーの文脈を持ちながらサードプレイス的な機能を果たしているところは少ない。そこでコロナ禍を思い出してみると、当時はみんな公園でピクニックしたりランニングしたり。公共性を持った場所に改めて可能性を感じました。そういった関心があって、今回の施設をつくるためのリサーチとして『koen ginza』の展示を開催しました。
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世界的に見ても稀有な、“京都”というコミュニティ
――なるほど、あの展示はこの施設をつくるためのリサーチだったのですね。場所として京都を選んだのには理由がありますか?
僕自身は東京で生まれ育ち、アメリカ・ポートランドに住んだ時期もあって、その後は東南アジアからヨーロッパなどさまざまな地域を旅していたのですが、京都の面白さにやっと最近気付くことができた気がします。コロナ禍で海外に出掛けられなくなった時期でも、プライベートで唯一訪れていたのが京都でした。クリエイターやアーティストが世代や分野を超えてつながっている点で、京都がポートランドの空気と近いとも感じました。
それに加えて、京都の場合は伝統工芸に関わっている人とも身近につながることが面白いところです。茶道や織物業の人たちとも交友があるのですが、300年以上や10代以上続いている家業まであります。このような時間軸の中で町全体が現在につながっている感覚は、世界的に見てもかなり稀有だと思います。どれだけ掘っても掘り尽くせない奥深さを実感しました。
――この施設も、そのようなつながりの中で出来上がったのですね。
はい、京都に住んでいたり、ゆかりのある方々と一緒につくり上げました。建築は富田晨さんに、ロゴデザインは星加陸さん、ショップカードなどのデザインは水迫涼汰さんに、この机も「ものや」という古道具屋も営むデザインスタジオの櫻井仁紀さんを中心に製作してもらいました。ショップのアイテムに関しても、自分が直接関係を持っている人たちのものだけを扱っています。たとえば、ショップに置いている本も東京・学芸大学で昔から親しくしている古書店「流浪堂」に選書を依頼していて、洋服は「エッセンシャルストア」というショップが手掛けるヘルスというブランドなどを取り扱っています。
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カフェ、ギャラリー、ショップ、アトリエそれぞれが独立した設計
――施設内は1階のカフェとショップ、2階のギャラリーとアトリエそれぞれでガラッと印象が変わっていて新鮮ですね。
カフェギャラリーなどの複合した機能を持てば持つほど、どうしても一つひとつの空間に対する印象が薄まっていきますよね。ギャラリーで展示をするアーティストにとってもそれがネガティブであることは、自分の視点でわかってるので、それぞれの空間として独立させました。
カフェはオフホワイトとグレー系を基調に、左官の壁の持つ自然な色合いを中心に整えました。ショプは部屋っぽさを大事にしていて、たとえばセンスのいい友達の家に行った時に、置いてある家具や服が気になるじゃないですか。「これどこで見つけたの?」とつい眺めて買ってしまうのが、ショップ然としてないけど、いちばん健全なものとの出合いのあり方なんじゃないかなと感じています。そして階段を上ってホワイトキューブで展示に集中する。同じ建物内でも、空間を分けていることでギャラリー空間ではお客さんがしっかりと展示や作品と向き合うことができるように心がけています。
空間それぞれの色味や照明も変えているので、外から見た時に漏れてる光の色が違うのも面白いですよね。カフェは暖色系の落ち着いた光、ショップは日中は自然光の入る部屋のようで、ギャラリーは青白いパリッとした光。漏れてる光の色が全部違う。
――最後に、この「koen」をどのような場所にしていきたいですか?
海外から友人が来た際に「日本でお薦めのスポットを教えてほしい」と言われて、答えるのが難しいと感じたことがありました。たとえば、ある美術館で面白い展示を開催していたらそこを薦められるんですが、「この場所自体に絶対に行くべき」と答えられるところが自分の中では本当に少なくて。koenは京都に位置していますが、国内国外問わずさまざまな人にとっての居場所であり、表現や実験の場所になれたらと思っています。
今後クチコミで少しずつ知られていって、「ここで展示やポップアップなどをやりたい」という人も出てきてくれたら嬉しいです。コンセプトにしている「縁が交わる場」という言葉の通り、ゆっくり時間をかけてもこの場所に集う人やもの、そして周辺環境や社会にとってもいいご縁が生まれ続けますように。