【Penが選んだ、今月の音楽】
『トゥネル・アクスティコ』
高齢者vs若者の対立構造を煽り、分断社会に拍車をかける言説が巷にあふれている。そんな嘆かわしい現実も、元気に輝きを放つ高齢者の存在を知れば少しは好転するかもしれない。そんな思いも込めて紹介するのが、マルコス・ヴァーリの新作『トゥネル・アクスティコ』だ。
1964年のデビュー以来、ボサノヴァ第2世代の旗手として活躍してきたマルコス。ボサノヴァ、サンバ、MPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)などのブラジル音楽の潮流に、ジャズ、ロック、ソウル、ファンク、AORなど、その時々の欧米の音楽トレンドを巧みに取り入れ融合させた独自のサウンドで高く評価される、ブラジル音楽界屈指のポップ・マエストロも御年81歳。しかしその新作に衰えの気配は微塵もなく、溌剌としたサウンドには年齢を感じさせない豊潤な魅力が弾けている。
インコグニートのリーダー、ブルーイの息子であるダニエル・モーニックをプロデューサーに迎えた新作は、ディスコ~AOR系サウンドを現代的にアップデートしたディスコ・ブギーの傑作である。メロウかつブリージンなブギー・サウンドは、ブラジル最高のグルーヴ・マスターの呼び声そのままに、聴く者を心地よく躍動させてくれる。
注目曲が多いのも本作の特長で、その筆頭は1979年にソウル・レジェンドのリオン・ウェアと共作・共演したデモ音源をAI技術を駆使して再構築したアーバン・ソウル曲だろう。ソウル好きなら感涙必至の発掘曲だ。さらには大御所ロック・バンド、シカゴの『シカゴ13』収録曲の軽快なセルフカバーや、昨年惜しくも亡くなったバート・バカラックに捧げたA&Mサウンド曲も収める豪華さ。ポップ職人に衰えなしを実感させる、極上ブラジリアン・ポップ・アルバムは、若者にも新鮮に響くことだろう。
※この記事はPen 2025年1月号より再編集した記事です。