唯一無二の存在感でグラスを手にする人を魅了する「ドン ペリニヨン」。今年11月、ドン ペリニヨン醸造最高責任者のヴァンサン・シャプロンが来日。2015年の“ブドウの物語”について語った。
シャンパーニュの世界において圧倒的な存在感を放つのがドン ペリニヨンだ。すべて単一年のブドウのみで造られるヴィンテージで、その年のテロワールの個性を如実に表している。その味わいは実に不思議で、繊細なのに芳醇、親しみやすいのに複雑で奥深い。知性を感じさせながらもどこかセンシュアルで、グラスを手にする人を瞬時に“美しきパラドックスの世界”へと導く。
実はこれは、すべてアサンブラージュ(ブレンディング)のなせる業。その年の天候といっても、たとえばピノ・ノワールの名産地のモンターニュ・ド・ランス地区とシャルドネの聖地コート・デ・ブラン地区では雨量も日照量も異なる。また、同じ地区内でも畑によってブドウの生育状況も違ってくる。シャプロンはそれを見極め、異なる地区、異なる畑、異なる品種の最良のブドウのみを選んでアサンブラージュュする。
「2015年は、過去45年間で最も暑い8月が訪れた年でした。穏やかな冬と寒い春の後、酷暑を迎えました。降雨量も少なく、たとえばピノ・ノワールなら、アイ村は雨量の少なさに悩まされましたが、一方でヴェルズネイ、ヴェルジーは必要な雨量に恵まれた。暑い年のブドウは凝縮感のある果実味を湛えて成長します。私はこれをアドバンテージとして捉え、これ補完するものとして、雨量に恵まれてみずみずしさが際立つブドウ、酸味が美しいものなどをセレクトし、例年より収穫を早めました」
こうして誕生したのが「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2015」だ。グラスの中から舞い上がるのは、カカオパウダーやブリオッシュの香ばしい香り。熟成が美しく進んだことを物語っている。そして続くのはジャスミンや菩提樹、芍薬などのフローラルで華やかなアロマ。テクスチャーはやわらかで、ふくよかな果実味と清潔感に満ちた酸味が口中でふわりと踊る。これが「迷宮なのか」と感動する一瞬だ。
ドン ペリニヨンは、17世紀末から18世紀初頭に実在した高僧、ドン・ピエール・ペリニヨン修道士の名を冠したシャンパーニュだが、驚くのは、ペリニヨン修道士の哲学と精神がボトルの中に表現されていることだ。彼が泡立つワインの製法を発見し、「おお、神よ。私はいま、星を飲んでいます」と叫んだという話は有名だが、おそらくこれはロマンティックな伝説。史実としては、ペリニヨン修道士は異なる品種やクリュ(区画)のアサンブラージュを試みた人物で、シャンパーニュの生産技術において大きな役割を果たしたと残っている。ランスのノートルダム大聖堂のステンドグラスにも、ペリニヨン修道士の姿が残っている。
「彼がどんな人間で、どんな環境で生き、どのように仕事をしていたのか。まだ掘り下げなければならない歴史が多く、私はまだ彼を理解できていないように感じることがあります。ですが、彼のヴィジョンは明確に理解できる。歴史に思いを馳せ、彼の姿を探し続けることは、私にとっての永遠のシャンパーニュの旅であるように思います」とシャプロンは静かに語る。
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バスキアとペリニヨン修道士に共通するキーワードとは
この秋、「ドン ペリニヨン ヴィンテージ2015 トリビュート・トゥ・バスキア コレクション」を数量限定コレクションとしてリリースした。ジャン=ミシェル・バスキアは1980年代にニューヨークでアンディ・ウォーホルに見いだされ、一世を風靡して夭逝した伝説のアーティスト。だが、なぜいま、バスキアなのか。シャプロンは明快に答えてくれた。
「アサンブラージュです。彼が描いたのはポップな王冠や盾。彼の作品は、それらをコラージュしたもので、ペリニヨン修道士の精神と思いに共通しているのです」
盾はドン ペリニヨンの聖地であるオーヴィレールを守る愛のシンボル。つまり、ラベルに施されているのは、バスキアとペリニヨン修道士の精神の邂逅なのだ。
インタビューの中で、シャプロンは「ワイン造りにおいて時間はレイヤー(層)をなすのに必須の要素だと語っていた。「熟成」はもちろんながら、それだけではなく、過ぎゆく時間の中で毎年変化する自然からのサインを受け止めることや、過去に学んで新しい世界を構築することが、さまざまな事象に厚みをもたらすと考える。おそらくは、バスキア・トリビュートも、過去から未来へと流れる時間の中で、シャプロン氏が受け止めたサインなのだろう。
最後に、シャプロンに「ペリニヨン修道士はあなたの守護天使では?」と尋ねると、こう答えた。
「そうならうれしいですね。ペリニヨン修道士が洗礼を受けたのは1月5日だったそうです。ちなみに、私の誕生日は1月6日。これも何かのサインかもしれません」
ドン ペリニヨン