連載「腕時計のDNA」Vol.16
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
ピアジェは、1874年にスイス時計製造の中心であるジュラ山脈、ヌーシャテル湖の西端に位置するラ・コート・オ・フェの時計工房として始まった。創業者ジョルジュ=エドワール・ピアジェが手掛けるムーブメントは高く評価され、名だたる高級時計ブランドの重要なサプライヤーになる。1943年にピアジェの名をブランド名に掲げ、現在に至るまで誕生の地を離れず時計をつくり続ける名門マニュファクチュールだ。
薄型時計のパイオニアであり、50年代以降ムーブメントの最薄記録を次々と打ち立てる。そして、それは伝統的な機械式にとどまらなかった。70年代のクオーツ台頭時には保守的なスイス時計産業でむしろ積極的にクオーツの開発に取り組み、薄さを追求。76年に3.1㎜という当時世界最薄のクオーツムーブメント「7P」を発表したのである。
薄さを極めることはけっして記録の追求だけではない。薄くすることで時計のデザインやジュエリーセッティングといった装飾の自由度は増す。いわば創造の可能性への挑戦だったのだ。こうして生まれたジュエリーウォッチはもとより、培った審美眼や技法を注ぐハイジュエラーとしても世界中の女性を魅了する。一見相反しながらも両者は見事に融合し、類い稀なクラフツマンシップが通底するのだ。
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新作「アンディ・ウォーホル ウォッチ」
エッジィなスタイルに時代を映す現代アート
「アンディ・ウォーホルについて知りたいと思ったら、映画や絵をただ表面的に見てくれればいい。そこに僕はいるから。裏にはなにもない」とウォーホルは語った。その作品もさることながら、常に衆目を集める生き方やスタイルも作品そのものだった。銀のウィッグをつけ、典型的なアメリカントラッド。首からはチノンのカメラを下げ、ベルルッティの靴を愛用した。時計好きでも知られ、カルティエのタンクは針が止まっていてもアクセサリーとして着けた。
ピアジェもこよなく愛したブランドだった。7本以上を所有し、なかでも有名なのが1972年に誕生したブラックタイウォッチだ。当時最先端だったクオーツムーブメントの「Beta21」を搭載し、45㎜径のクッション型ケースにゴドロン装飾を施したデザインは、まるでSFのタイムトンネルを思わせた。ウォーホルが愛用したことから、やがて「アンディ・ウォーホル ウォッチ」が正式名称に。生産は約10年で終了したが、高い人気から2014年に機械式ムーブメントを搭載し、限定復刻されてきた。
待望の新作はオリジナルを換骨奪胎し、アイコニックなベゼル装飾をクル・ド・パリに変え、ブルーのメテオライト文字盤を採用する。エッジの効いたパンキーなデザインにも現代アートのテイストが漂う。もし本人が生きていたらその腕を飾ったに違いない。
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定番「アルティプラノ オリジン ウォッチ」
マニュファクチュールの技術が息づく超薄型
近年、開発設計や加工製造の技術革新により、時計の最薄記録は次々と塗り替えられている。その先鞭を切ったのがピアジェである。第二次大戦後、新たな時代の訪れとともにスイス時計も高精度の追求やタフネスなスポーツウォッチなどベクトルが多彩に広がるなか、ピアジェが選んだのは薄型時計だった。
手首にも心地よく収まる薄型のフォーマルウォッチは、伝統的なスタイルとして人気は高かったが、多くの技術的なハードルがあった。精度や駆動時間、耐久性などの両立を要し、そのため実用性と信頼性を備えた薄型ムーブメントを実現できるのは限られたマニュファクチュールだけだったのである。さらにムーブメントだけでなく、ケースやブレスレットといった精細な外装技術も欠かせない。いわば複雑時計にも匹敵するウォッチメイキングの技術の結晶だが、それもピアジェにとっては本領発揮だったのだ。
かくして1957年に発表した手巻き式ムーブメント、「9P」はわずか2㎜の薄さを実現し、その3年後には自動巻きでわずか2.3㎜という「12P」を発表し、これらを搭載した超薄型時計で世界的な名声を得た。
こうした伝統を継承する「アルティプラノ オリジン ウォッチ」は、2.15㎜の薄型手巻き式の「430Pムーブメント」を搭載する。フィット感と40時間の駆動時間を併せ持ち、時分針のみのエレガントなスタイルがブルー文字盤に美しく映える。
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通好み「ピアジェ ポロ スケルトン」
薄型とスケルトンの技術をアイコンに注ぐ
薄型と並び、ピアジェを代表するスタイルがスケルトンだ。1970年代にブランド初のスケルトンウォッチを発表し、精緻なメカと美しい装飾の虜になった愛好者にはマイルス・デイビスも名を連ねた。腕時計好きでもあったマイルスは、ステージ直前にその日の気分に合わせて持参した腕時計を選んだといわれる。
こうしたムーブメントを露にするスケルトン文字盤は、いまでは多くのブランドも手がけるが、ピアジェは2004年以降これまで14点の自社ムーブメントを開発してきた。とくに代名詞である薄型と組み合わせることで唯一無二の美しさが際立つ。
「ピアジェ ポロ スケルトン」は、「ピアジェ ポロ」初のスケルトン仕様だ。「ピアジェ ポロ」は、79年にエレガントなポロ競技の世界観から生まれた。競技場で開催されるパーティに集まるセレブリティや時代を象徴するジェットセッターに愛用され、常に時代の感性を吹き込み、これまで進化を遂げてきた。現行モデルは、ラウンドベゼルにクッション型の風防を組み合わせたシェイプ・イン・シェイプを特徴にする。
搭載する薄型自動巻きムーブメントの「1200S1」は、60年に登場した「12P」の流れを汲み、それをスケルトナイズする。オールブラックにネイビーのマイクロローターが映え、ブランドロゴを誇らしげに掲げる。アイコニックなラグジュアリースタイルに薄型とスケルトンを融合し、三拍子揃った通好みの一本だ。
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大胆さとエレガンスはさらに輝きを増していく
昨年ブランド創業150周年を記念して発表された2本の復刻は、あらためてピアジェの革新的なクリエイティビティを明らかにした。「ピアジェ ポロ 79」と「アンディ・ウォーホル ウォッチ」だ。それらはラグジュアリーとアートという異なる独創的なスタイルを打ち出し、まさにブランドを象徴するアーカイブだ。伝統的なスイス高級時計でも常識を覆し、慣例を取り崩してきた大胆さとエレガンスは現代においてさらに輝きを増すのだ。
ピアジェは、マニュファクチュールとハイジュエラーというふたつの原動力を持ち、その相乗効果が独自の美学を比類なきオリジナリティへと昇華する。気品あふれる不変の価値は、極薄の心地よさや美しい貴石と同様、時代を超越するのである。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
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