【追悼】 宇宙の手触りを求めて。谷川俊太郎さんが語った“ことば”とはなにか?

  • 写真:砺波周平
  • 文:林 綾野
  • 編集:久保寺潤子
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谷川俊太郎さんが2024年11月、逝去されました。いつの時代も古びることなく語りかけてくれる谷川さんの「ことば」を見つめ直し、その魅力を未来へとつなげたい。そんな想いから、『Pen』では昨年、特集『みんなの谷川俊太郎』を展開しました。追悼の意を込めて、谷川さんのインタビュー記事を、当時より一部抜粋、再編集して掲載します。

宇宙(コスモス)の手触りを求めて、ことばを紡ぐ

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谷川俊太郎●詩人。1931年、東京生まれ。1952年に第一詩集『二十億光年の孤独』を出版。詩作の他に絵本、脚本、エッセイ、作詞、翻訳など幅広く作品を発表。半世紀以上にわたり刊行した詩集と絵本はそれぞれ100を超える。読売文学賞、野間児童文芸賞、三好達治賞、ストルガ詩祭金冠賞ほか、受賞多数。2024年11月、92歳で逝去。

2023年春、『谷川俊太郎 絵本★百貨展』が開幕した。谷川の多岐にわたる作品の中でも絵本の仕事に改めてスポットライトを当てる展覧会だ。そして同時期に、新作絵本『ここはおうち』が出版された。絵を描いたのは、幻想的で緻密な描写で注目を集めるjunaida。初めてのコラボレーションについて谷川はこう回想する。

「ラフスケッチを見たら細かくて、すごく新鮮でした。絵を見てことばが自然に出てきましたね」

絵本づくりを始めて50余年。文章が先か、絵が先かなど、絵本ができるまでのプロセスもさまざまで谷川はその都度、新しい表現に挑戦してきた。『ここはおうち』には物語が切り替わっていくきっかけとしてタブレットをもったおじいさんが登場する。いまの子どもたちにとって身近なツールだ。いまという時代に対してどう考えるか訊ねてみた。

「それはすごく意識しますね。いまの時代にフィットしているか、あるいはちょっとでも先取りしているかということは、創作をする上でいつも考えます。時代のこともあるけど、ぼくにとっては、いまというものをどう捉えるかっていうのが大テーマなんですよ。ただ、いまはみんな時代に負けているような気がするのね。どんなに新しいものが出てきても、それは人間が本当に必要としているものなのか? 昔はわりと未来が開けていたからそんなこと考えなかったけど、いまは未来が閉じかけているような気がする。だから時代に負けないでいなきゃって強く思いますね」

ここはどこなのか、いまはいつなのか。谷川は子どもの頃から考え続けたという。そして自分の存在は宇宙の一点だと感じるようになる。十代の頃に書いた『二十億光年の孤独』も、そうやって生まれた。

「ぼくは歴史的な時間認識が薄くて、空間的なもののほうが好きだったんですね。現在という時間は過去にも未来にも通じているけれど、その流れは時計の針が示すような単一なものじゃない。“永遠の中のいま”っていうのはすごく重層的なもので、それをずっと詩に書いてきました」

ちょうど50年前、谷川は日本語がもつ豊かさや魅力に着目していた。1973年に出版された『ことばあそびうた』は、自身の全作品の中でベスト3に入ると自負する絵本だ。「かっぱ かっぱらった」というふうに駄洒落っぽく韻を踏みながらことばの音(おん)を楽しむつくりで、「かっぱらっぱかっぱらった」と続く、いわばショートストーリーにもなっている。リズミカルに語尾を揃えるなど、精緻な工芸品をつくるようにことばを組み合わせたこの作品は、すべてひらがなで書かれている。

「言語の最初は音でしょ。ひらがなって日本語としてことばの始まりみたいなところがある。表音文字であるひらがなで書くことで、昔に遡れる感じがあってね。“質感”みたいなものが日本語の基本にあると思うんだけど、この本ではそれを表現できてうれしかったですね」

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核心をつく話をしながらもやんちゃな表情が時折のぞく。「最近、自分ではじいさんの仮面を被った子どもだと思っています。長生きすれば子どもに戻るんですよね」

谷川は常に「ことばとはなにか」という問いと向き合ってきた。そしてことばに対する疑問、ことばだけでは表せないものがあるのではないかという思いも抱えていた。そんな中で、絵本の存在に新たな可能性を見出したのだ。

「ことばだけの詩と違って絵や写真がともなうと世界が一挙に広がるし、具体的になるんですね」

ことばの音(おん)への興味をさらに発展させた谷川は、オノマトペの絵本に取り組む。「わんわん」「ぽたんぽたん」など、擬音や擬態語が表す世界をヒヨコの冒険物語を通して感じる『ぴよぴよ』は、その一冊である。ことばの音、トーンが状況を表すオノマトペの世界とは、一体なんなのか?

「いま、どうしても文字文化のほうが圧倒的だから、ヒヨコの鳴き声というプリミティブな形でオノマトペの世界に触れるのはすごくいいと思います。音が文字として視覚化すると同時に、絵があれば文字を見てどんな音か想像することができる。小さな子どもが喃語を発しますよね。『ちょちちょち』とかね。幼児のデタラメことばだって思うかもしれませんが、そこにはことばの基本の発声があります。それが人間の聴覚を通してどういう影響を与えるのか。ベタベタとペタペタは明らかに違うわけです。それは理性が判断しているのではなく、身体の感覚的なものが判断しているのです」

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肌に馴染むTシャツやセーターを着こなす姿はいつだって自然体。ことばのこと、時代のこと、幼い頃の戦争体験に至るまでゆっくりとていねいに話す。紳士的な佇まいは昔もいまも変わらない。

子どもに限らず、本来誰もがことばの音を通じて身体的に状況を判断したり、なにかを感じとっているわけだ。しかし印刷技術が発展して書物が普及すると、人は文字を読むことを主とし、声に出す機会は少なくなる。

「みんな意味を大事にするけど、ことばのテクスチャーっていうのかな、手触りに近い皮膚感覚的なものはあまり問題にしない。ですが、実際にはことばのテクスチャーというものは、一篇の詩の中にも、散文の中にもあって、それを敏感に感じる人もいれば、完全に見過ごしてしまう人もいます」

絵本という形であれば、子どもだけなく、大人にもことばの肌触りを感じてもらえるのではないかと谷川は考えた。そして『ぴよぴよ』をはじめとするオノマトペ絵本、国内外で人気の高い『もこ もこもこ』、赤ちゃんのための絵本『んぐまーま』など、ただことばを感じ、楽しむいわゆる「ノンセンス絵本」を数多く手がけていく。

「ぼくは、我々がいまこうして生きている現実の世界っていうのは、基本的に無意味だって思っているんです。新聞や雑誌などを通して意味のある硬いことばに慣れてしまって、それがことばだと思い込んでるわけでしょ。でもことばのもとは無意味なものなんだっていうことを、わかっていたほうがいいと思うんです。そのほうがもっと自由に考えられる。無意味なものはダメ、意味があるものが大事っていう価値観を壊したいっていう気持ちもありますね」

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家の中には書庫もあり、部屋にも廊下にも本棚が連なる。リビングに点在するのは比較的最近の本。

ことばとはなにか? について改めて聞いてみた。

「一言で言うのは難しいけど、たとえばすごく精巧な道具だって考えることもできるんじゃないかな。それはトンカチとかカンナとかいうものじゃなくて、もっとすごく繊細微妙な道具でね。その道具で人間はわかり合ったり、あるいは喧嘩したり仲良くしたりする。でもその背後には常に人間の肉体ってものがあって、発したことばにはそれぞれの質感、テクスチャーがあることを忘れないほうがいいですよね」

ことばに意味ばかり求めず、テクスチャーを通して、それをただ感じること。それはもともと、無意味であるこの世界のあり方をそのまま受け入れ、感じることなのだろう。『もこ もこもこ』は1977年の出版以来、150万部を超えるロングセラーとなっている。意味なんかなくても面白いという谷川のノンセンスへの思いは、多くの人に届いているのだ。

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ワープロが出た時から、書くよりタイプのほうが性に合うという。詩作、原稿書き、推敲もすべてMacで行う。デスクには大小のルーペが並ぶ。「とにかく見えなくなったからね、これがないとダメ」。

谷川のいちばん好きなことばは「すき」だという。展覧会では、この「すき」ということばをテーマとした谷川の新作「すきのあいうえお」を見ることができる。五十音を頭文字とする好きなものを谷川が書き出し、それを写真に撮ってスライドとした映像作品である。

「一音でもモノは名付けられるし、わかることもたくさんある。それを実際のモノに変えるのは手間だけど、今回改めてことばっていうのは万能だなって思いましたね。実際にできないことがなんでもできちゃう。だから信用できないものでもあるんです」

なにもないところから、ことばはなにごとをも表現し、つくり出してしまうのだ。「すきのあいうえお」はことばがもつ可能性を目に見える形で表した作品ともいえるだろう。最後に「すき」について訊ねてみた。

「要するに“すき”ってのは愛なんですよね。愛こそすべてってビートルズも言ってるじゃないですか。“すき”っていうのは人間の基本的な生き方に関わることばだと思うんですね。だから自分にとってはベーシックジャパニーズみたいな感じがする」

生きるということには、常に身体的な感覚というリアリティがついてまわる。谷川の紡ぐことばを追いながら、私たちは忘れかけた宇宙の手触りをきっと思い出す。 

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詩人として絵本作家として、この家で多くの作品を生み出してきた。少年の頃から現在に至るまで「いまはいつなのか、ここはどこなのか」という永遠の問いがその胸の中にはある。

 

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