京都・伏見で酒を科学する、月桂冠の実験的プロジェクト「Gekkeikan Studio」とは?

  • 写真:齋藤誠一
  • 編集&文:佐野慎悟
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日本酒の既成概念に囚われない自由な発想と、実験的なアプローチから生まれたゲッケイカン スタジオ(Gekkeikan Studio)の製品ラインナップ。左からno.1からno.5まで、現在5スタイルが展開されている。写真提供:Gekkeikan Studio

創業1637年、約390年の歴史を持つ老舗酒造メーカーである月桂冠は、“日本酒を進化させる実験”をコンセプトに、最先端の日本酒を試作の段階で提供するプロジェクト「ゲッケイカン スタジオ(Gekkeikan Studio)」を2021年にローンチした。業界最大手の月桂冠では、常に全国流通を前提に商品開発を行うため、発売までに2〜3年を要することがほとんどだ。その分、時代を超えて愛される普遍的な酒づくりができる一方で、時代の潮流を牽引していくような酒づくりは難しい。そこで月桂冠では、生産本数と販売チャネルを独自に設定したゲッケイカン スタジオを新しく立ち上げることで、既成概念に囚われることのない、自由で斬新な酒づくりへの道を切り拓いたのだ。

もともと月桂冠の企業理念には、革新を求めるチャレンジ精神が受け継がれている。日本の酒づくりでは古くから杜氏の感覚や経験則が重要視されてきたが、月桂冠では1909年に清酒メーカーとして初めて酒造研究所を設立し、科学的な根拠を元に高品質な酒づくりを始めた。また、酒の小売店では持参した徳利に酒を詰めて売ってもらう「通い徳利」が中心だった頃に、いまでは常識となっている防腐剤なしの瓶詰め酒を開発し、全国に普及させたのも月桂冠だ。

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月桂冠創業の地である京都市伏見区にある月桂冠総合研究所には、最新鋭の研究・検査設備が揃う。

 

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研究所のラボには、「酒を科学して110年」という言葉が誇らしげに掲げられている。

 

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大量生産に繋がらないエッジの利いたアイデアを、実験的にブラッシュアップして商品化。

いまも創業の地、京都・伏見にある月桂冠総合研究所には、最先端科学の粋を集めた精密分析機器が所狭しと並び、その設備は国内最大規模を誇る。彼らが新しく立ち上げたゲッケイカン スタジオというプロジェクトは、たとえ大量生産・大量販売へと繋がらないものだとしても、日々研究の過程で生まれてくる革新的なアイデアや画期的な新発見をしっかりと拾い上げ、実験的にブラッシュアップして商品化していこうとする試みである。

 これまで徹底した品質管理と綿密なマーケティングによってビジネスを維持してきた大企業にとって、この取り組みは大きなチャレンジであり、それ相応のリスクを伴うことはいうまでもない。しかし彼らは、あえて実験段階のプロトタイプを世に送り出し、その感想や意見を消費者からダイレクトに吸い上げていくことで、日本酒の可能性を広げていくことに未来を見出したのだ。

 

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研究所内にある−80℃を保つディープフリーザーには、独自に開発した、数千におよぶ酵母株が無数に保管されている。

 

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ゲッケイカン スタジオの製品開発を担当する研究員。微生物の発酵力を評価するファーモグラフという装置を使用して、自社開発酵母の働きを計測する。

115年の歴史をもつ月桂冠総合研究所は、常に麹菌や酵母の研究において業界を牽引してきた。日本酒のフルーティな吟醸香の元になる、酢酸イソアミルとカプロン酸エチルを多く発生させる酵母を生み出すことに成功し、全国に普及したのも月桂冠総合研究所の功績だ。研究所内にある−80℃を保つディープフリーザーの中には、先達から受け継がれた数千におよぶ酵母株が保存されているという。酵母は日本酒の個性を決定づける重要な要素であり、その持ち札を無数に抱えているということは、そのまま酒づくりにおける表現の幅と言える。月桂冠総合研究所では研究員たちが日々実験を繰り返しながら、これまでにないイノベーティブな日本酒を産み出そうとしている。

 

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顕微鏡を用いて自社開発酵母の活性度を確認する研究員。

 

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実験的に造った麹米を顕微鏡にかけ、麹菌の生育度合いを確認。

 

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高度な成分分析計を用いて、自社開発酵母で醸された原酒の成分を細かく評価。

ゲッケイカン スタジオでは新しく生まれた製品に対してno.1から順番にナンバリングしたネーミングを採用しており、消費者からのフィードバックをもとに各商品の改良を重ね、no.1.1、1.2という具合に随時アップデートしていくスタイルを取っている。11月には最新作のno.5がラインナップに加わったほか、昨年発売されたno.3のアップデート版no.3.1が新しくローンチされた。生産本数は各銘柄数百本ずつ、公式オンラインショップと月桂冠大倉記念館の売店のみで限定販売されている。

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ゲッケイカン スタジオの個性を活かした、イノベーティブなペアリングイベントを開催。

no.1では、メロンのようなフレッシュフルーツのアロマが香る日本酒を濁り酒とアッサンブラージュすることで、ジューシーさをさらに高め、シルクのように滑らかな口当たりを表現。

no.2は桃のコンポートのような深い香りと甘みと、とろりと滴る濃密な舌触りが特徴。

no.3は飲む温度によって香りや味わいが大きく変わる、パイナップルを思わせるトロピカルなテイスト。

no.4は通常の日本酒のアルコール度数が15%前後なのに対して、アルコール5%に抑えたまろやかな飲み口が特徴。甘味や酸味のバランスが取れた、華やかですっきりとした透明感のある味わい。

no5は、ポリフェノールやミネラルを多く含む古代米を原料米の一部に使った、スパイスのような芳醇な香りとすっきりとした渋みのある味わいが特徴。

ボトルのエチケットには、それぞれの味わいのイメージに合わせたグラフィックデザインが施されており、味覚や嗅覚と共に視覚も愉しませてくれる。

新しいno.5とno.3.1のローンチに合わせて、月桂冠は酒蔵のある京都・伏見にメディアを集め、ゲッケイカン スタジオと創作料理を合わせるペアリングイベントを開催した。会場は月桂冠が1919年から93年まで本社として使用していた伏見夢百衆。大正風情が残る歴史的な空間で、最先端の日本酒と食のイノベーティブなペアリングが表現された。料理を提供したのは、東京・目黒区の池尻大橋に店を構える髙崎のおかんの髙崎丈さん。ゲッケイカン スタジオのno.2、no.3.1、no.4、no.5を冷酒と燗酒で用意し、それぞれに合う創作料理を振る舞った。

 

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普段店では自然栽培の米を使い、手仕事で酒づくりを行うような小規模な酒蔵の酒ばかりを扱っている髙崎さんは、最先端の技術力によって日本酒の革新を目指す、ゲッケイカン スタジオの姿勢に感化されたと語る。

 

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no.4に合わせたのは、ブラックスター(渋柿)とシャインマスカットを乗せた、宮津産白いかと帆立のタルタル。フィンガーライムソースが爽やかに香る。

 

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no.2をアップデートしたno.2.1に合わせたのは、イカ墨のソースをかけたゆで卵。生雲丹の甘味とカカオニブの苦味がアクセント。

 

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no.3をアップデートした新発売のno.3.1に合わせたのは、ターメリックを加えた黄身酢ソースをかけた山口産くえのソテー。ベルガモットの酸が油脂分を引き締める。

 

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新発売のno.5に合わせたのは、北海道産ヒグマのシンタマを使ったハンバーグ。赤ワインのフォンと百合根のピュレとともに、さっぱりとした味わいが愉しめる。

歴史ある月桂冠が誇る国内屈指の研究施設と、そこで働く研究員たちが、長年蓄積されてきた膨大なデータとノウハウを駆使して、いま自らの持てるポテンシャルを存分に発揮しようとしている。このような大手の動きが業界全体を刺激して、日本酒の可能性とその愉しみ方が、飛躍的に進化していく未来が見えてきた。

ゲッケイカン スタジオ

公式サイト:https://www.gekkeikan.co.jp/gekkeikan-studio/

公式ECサイト:https://www.gekkeikan-shop.jp/

公式インスタグラム:https://www.instagram.com/gekkeikan.studio/

公式note:https://note.com/gks1637