2024年6月に公開された映画『ルックバック』は公開後、瞬く間にSNSで話題となり、興行収入20億円を超える異例の大ヒットとなった。そのヒットの裏には自身で監督、脚本、作画までを担当した押山清高の圧倒的な熱量があった。原作者の藤本タツキが信頼を寄せるこの男は、シーンの約5割を自身の手で描いた。自身を主人公に重ね合わせながら制作したという押山の、アニメーター、そして監督としての矜持とは。
音楽の地平を切り拓いてきた細野晴臣は、2024年に活動55周年を迎えた。ミュージシャンやクリエイターとの共作、共演、プロデュースといったこれまでの細野晴臣のコラボレーションに着目。さらに細野自身の独占インタビュー、菅田将暉とのスペシャル対談も収録。本人、そして影響を与え合った人々によって紡がれる言葉から、音楽の巨人の足跡をたどり、常に時代を刺激するクリエイションの核心に迫ろう。
『細野晴臣と仲間たち』
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2024年6月に公開された映画『ルックバック』は、口コミやSNSで話題を呼び、10月の時点で興行収入は20億円、観客動員数は117万人を突破。11月現在まで上映するロングランヒットとなり、アジアやヨーロッパ、アメリカでも公開され海外での興行収入が7億4000万円、観客動員数が70万人にものぼる異例の大ヒットとなった。
ストーリーは、絵が得意な小学生の主人公・藤野が引きこもりだった京本と出会い、ふたりで漫画家を目指すというもの。『チェンソーマン』のヒットで知られる漫画家・藤本タツキによる漫画が原作で、藤本は「自分の中にある消化できなかったものを、無理やり消化するためにできた作品」と言う。クリエイターならば一度は経験するような葛藤や喜び、子どもの頃に誰もが感じていた感情が描かれている。大規模な映画ではないものの、なぜこれほどまで共感を呼んだのだろうか。そこには、漫画の世界観を忠実に落とし込んだ監督・押山清高の力がある。
押山は監督・脚本・キャラクターデザイン・作画を担当した。特に作画は約700カットあるシーンを押山ひとりで350カット以上手掛け、さらに通常は30〜40人ほどのアニメーターが必要なところを8人で制作。これはきわめて異例といえる。映画だけでなくクリエイティブな業界で、ひとりの負担を増やすことがリスクとされるいま、なぜこの体制が可能だったのだろうか。押山は語る。
「僕の仕事が多くなるので、正直、みなさん心配していたと思います(笑)。でも短編映画『シシガリ』の作画をひとりで4カ月で仕上げた経験がありましたし、なにより藤本さんが僕を信じてくれたことが大きい。お会いしたことは数回しかないのですが、SNSで僕の絵を見ていいなと思ってくれたようです。制作中も、原作者としてこうしてほしいというリクエストもほぼなかったですね」
映画で藤野と京本が会話をせずとも四コマで通じ合っていたように、押山と藤本も互いの作品を通じて信頼関係を築いていた。押山はこれまでも『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』をはじめとするアニメーションの現場に携わり、業界では知らない人はいない若手のホープ。監督の経験もあり、以前からアニメーターの役割を超えて仕事をしていかないと満足できるものにならないと感じていたという。プレイヤーでありながらチームを率いるリーダー、それが押山が目指すスタイルだ。
アニメーターの役割を超えなければ、満足のいくものにはならない
映画を印象づける要素のひとつに、原作のような手描きの線が活かされている点がある。通常は色をつけるためにアニメーターの線を清書する工程があるのだが、本作ではあえてそれを行わず着色している。『チェンソーマン』のアニメ化に関わっていた経験もある押山は、以前から藤本の絵のタッチを熟知していた。
「フォルムの取り方をはじめ藤本さんの画風の特徴はおおよそ掴んでいました。それに連載を読んでいると、時間がないなかで描いている葛藤だったり、うまくなっていくのも伝わってきて。そこに共感できましたし、『ルックバック』自体も絵がうまくなりたいと葛藤する物語なので、絵にはもちろんこだわりました」
その結果、押山自身で描くことが増えていったわけだが、少数精鋭のチームだったことも大きい。ジブリ作品などを手掛けてきたベテランアニメーターの井上俊之も参加し、少人数でコミュニケーションがとりやすく、目指す世界観を共有することができた。
「でも原作の絵を理解しているとはいえ、漫画とアニメの絵は根本的に違うことが多々あるんです。漫画は一枚絵として成立していれば雰囲気で伝わるところがありますが、アニメはカメラの視点が動くと人物が立体的に見えますし、画面の奥行きまで表現しなければならない。原作の再現度が高いと言っていただけることが多いのですが、僕たち描き手からすると、もう全然違う作品を描いている感覚なんですよ」 たしかに原作は144ページの読み切り漫画で、映画にするには短い。映像化のために押山は藤野の部屋の小物、履いている靴、配色など、ありとあらゆる設定をつくり込んだ。もちろん引き延ばしたり追加されたシーンもある。
「たとえば、冒頭のカットは原作にないシーン。月を見上げて、そこからカメラがぐるぐる回りながら住宅街に降りていく。藤野と京本が出かけて手をつないでいるシーンは、背景の人を描くのがとても大変だったんですが、よりエモーショナルに仕上がったと思います。原作はよくも悪くも読者に寄り添い過ぎない印象があったので、映画ではあえて、よりていねいに伝えていこうとしました」
音と動きが加わり表現の幅を広げることができるのが映画のよさだ。登場人物たちの気持ちを細やかに表現するために、セリフには方言が追加され、言葉にならない気持ちはハルカナカムラの音楽が補完した。原作の持つ力はあるとはいえ、これだけ多くの人の心をつかんだのは、やはり映画の力が大きいと言えるだろう。
「アニメは目に見えないことにも命を宿らせることができるんです。そもそも原作をそのままコピーすることはできないし、自分が原作者になったつもりでつくらないといい映画にはならないし、意味がない。この作品は、藤野の体験を僕自身もしてきたから、ひたすら描くことができた。それがより実感のある表現につながったのだと思います」
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藤本タツキが思う、映画『ルックバック』
『ルックバック』をアニメ映画にすると聞いた時に、押山清高さんに監督をしていただけると聞いて最初に思ったのはもったいないという気持ちでした。
押山監督の関わった『スペース☆ダンディ』や『フリップフラッパーズ』は、アニメーションだけでなく話の内容もとても躍動的な動きを見せる作品です。一方、『ルックバック』は主人公ふたりがずっと机の前に座っているという作品で、押山さんに監督をしていただくのはなにか宝の持ち腐れというか、もっと活躍できる作品が他にあるのではないかと思ってしまいました。ですが、完成した映画を見ると驚きました。机の前に座った藤野と京本はこんなにも動いていて、絵を描く癖もあったのか……と自分が考えた話なのに、まるで他人の作品を見ているようでした。
押山監督が考えたオリジナル要素である「藤野と京本の手が離れていく一連の演出」と、「藤野が電話でアシスタントのグチを言うシーン」は、映画の中の藤野と京本がどこか日本で本当に生きている気がしました。
素晴らしいアニメーションと演出をありがとうございました! 押山監督のオリジナル作品もたくさん見せてほしいです!
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