日用品を使って大きな世界に接続するーーヴェネチア・ビエンナーレで提示した、アーティスト・毛利悠子の想いとは

  • 写真:齋藤誠一
  • 編集&文:井上倫子
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1895年に開催以降、最も長く続いている現代美術の祭典「ヴェネチア・ビエンナーレ」は、各国を代表するアーティストが展示を行い、第一線で活躍するキュレーターからアートファンまで多くの人が注目する世界の大舞台だ。2024年、日本館の出展作家に選ばれたのが、アーティストの毛利悠子。身近な現象やものに着目し構成される毛利の作品は、音と光を紡ぎ一度として同じ表情を見せない。彼女の作品は繊細でささやかだが、環境や災害といった大きな世界にまで接続する。世界の舞台で提示した毛利の想いとはなにか。

音楽の地平を切り拓いてきた細野晴臣は、2024年に活動55周年を迎えた。ミュージシャンやクリエイターとの共作、共演、プロデュースといったこれまでの細野晴臣のコラボレーションに着目。さらに細野自身の独占インタビュー、菅田将暉とのスペシャル対談も収録。本人、そして影響を与え合った人々によって紡がれる言葉から、音楽の巨人の足跡をたどり、常に時代を刺激するクリエイションの核心に迫ろう。

『細野晴臣と仲間たち』
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毛利悠子(もうり・ゆうこ)●アーティスト 2006年、東京藝術大学大学院美術学部先端芸術表現科修了。日用品と機械などを組み合わせたインスタレーションを制作。サンパウロ・ビエンナーレなど、世界各地の国際展に参加。第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

日用品や楽器、機械を組み合わせたキネティック・スカルプチャー(動的な立体作品)やサウンド・インスタレーションを展開してきた毛利悠子は、これまで重力や磁力、空気など目に見えない身近な環境変化に着目してきた。この春開幕したヴェネチア・ビエンナーレでも、人間にとって欠かせない「水」に着目し、2つの作品シリーズ『デコンポジション』と『モレモレ』を発表した。

『モレモレ』は、日本の地下鉄の駅構内で見かける水漏れ対策のホースやバケツをモチーフにした作品。2009年に水漏れ対策を写真に収めた『モレモレ東京』を発表し、15年に現在のような立体作品として発表した。これまでも世界各地の美術館で展示をしており、現地で手に入れた日用品を使うことにこだわっている。

「中国の展示では不思議と赤色のものが増えたりして、地域性が自然に出て面白いんですよ。今回も近くの雑貨店で購入したものを使っています。そもそも水漏れ対策は、土地によってさまざま。日本は地震が多く雨漏りが多いから、通行人たちを慮ってすぐに現れます。でも気づくとなくなっている。人工物だけれど、大きな視点で捉えたら循環し続ける自然の一部のようにも見えてくるんです」

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左は『モレモレ』。ポンプで汲み上げた水がフライパンやホースを伝い上から下へ流れ落ちる。右は『デコンポジション』の一部。果物を通った電流がケーブルを伝いスピーカーへと接続される。 photo: kugeyasahide. Courtesy of the artist, Project Fulfill Art Space, mother’s tankstation, Yutaka Kikutake Gallery, Tanya Bonakdar Gallery.

上部から流れ落ちる水はホースや傘などを通じ打楽器に接続され、同じ空間に合わせ展示された『デコンポジション』のスピーカーから流れるオルガンのような音と合わさり、不思議なハーモニーを奏でる。この作品は果物に電極を刺して電流を流し、スピーカーや電球を反応させる。果物に電気が通るのは「水」が含まれるからだ。電極が触れる水分量によって音が変化したり電球が明滅したりする。果物はヴェネチアの果物屋から廃棄されるものを譲り受け、展示後は日本館の外に置かれたコンポストで堆肥にするという試みも考えられた。ヴェネチアにはゴミ処理施設がなく、ゴミを船で運ぶ様子を見て思いついたという。

『デコンポジション』は地球規模の循環につながっている。そして『モレモレ』も地球温暖化によって沈みつつあるヴェネチアの水害を想起させる。

「展示を見た海外の方から、『水漏れ対策というそれ自体は小さな取り組みが、問題の提起だけでなく解決への一歩に感じられた』と言ってもらえたのが嬉しかったです。『モレモレ』は、震災後に地球が動いていてそこに人間が活動している、そんな大きな視点から始まった作品でもあったので」

さまざまな現象を通して、世界がどう動いているのかを知りたい

毎年、作品の表現だけでなく、どんな問題提起があるのかにも注目が集まるのがビエンナーレだ。24年の全体のテーマは「どこにでもいる外国人」。旅行者や移住者が増える一方で、ジェンダー差別や移民問題、戦争も深刻化している状況から生まれた。24年は戦争や環境問題に続き、ジェンダーや民族性に焦点を当てた作品が多く、言葉がわからなくても伝わるようなインパクトのある作品も多いなかで、日用品で構成される毛利の作品は、非常に繊細でささやかとも言える。

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ヴェネチア・ビエンナーレ日本館での展示の様子。天井と床に開口があるので雨が内部に入ってくる。1階外のピロティからも作品を見ることができる。 photo: kugeyasuhide. Courtesy of the artist, Project Fulfill Art Space, mother’s tankstation, Yutaka Kikutake Gallery, Tanya Bonakdar Gallery.

彼女はビエンナーレのテーマや日本人であることを強くは意識していないと言うが、アジア人として発表することは意識したという。水、自然環境にまでおよぶ世界感、それらはアジア人らしい感覚でもあり、海外で伝えることは容易ではない。さらに毛利は「ネット越しに見ただけではわからないことが多い」とも言う。一度として同じ状況がないインスタレーションは、視覚、聴覚だけでなく五感で体感してほしい。作品の世界観を多くの人に伝える上で力となったのが、日本館史上初めての外国人キュレーターであるイ・スッキョンが携わったことだ。

「日本館での展示が決まった際、参加してほしいと私から彼女にお願いしました。彼女は元テート・モダンの主任キュレーター。出身はお隣の韓国で、欧米に向けてアジア的な感覚を言語化するのにうってつけの人です。私の作品を見ただけで、客観的に翻訳してくれたことは大きかったですね」

わかりやすさが求められるSNSの時代に毛利の作品はわかりやすくはないと言われてきた。しかし今回は作品の持つユーモアや繊細さ、メッセージを海外のメディアは好意的に受け止めていた。

今回発表した毛利の作品の一部が、アーティゾン美術館で開催中の展覧会『ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて』で見ることができる。毎年、現代アーティストが美術館のコレクション作品とセッションするように構成されるシリーズで、今回は毛利が選ばれた。彼女は古代ギリシア語で「自然」あるいは「本性」と訳される「ピュシス」を展覧会のタイトルにつけている。

「私の作品は機械仕掛けのものが多いのですが、それが生み出す現象は、『モレモレ』のように大きな視点で捉えれば自然の一部でもあると思う。さまざまな現象を介して、どうやって世界が動いているのかということに興味があって。大昔のギリシア哲学者たちが自然のについて考えていたように私も考えたい、常々そう思っています」

自身で手を動かして制作する作品が多い毛利だが、今後は重機を使うような大きな作品も手掛けてみたいという。これからも毛利が生み出す作品は、大きな世界へと接続していく。

『ジャム・セッション
石橋財団コレクション×毛利悠子
—ピュシスについて』

開催期間:開催中〜2025年2月9日(日)
開催場所: アーティゾン美術館
東京都中央区京橋1-7-2
www.artizon.museum/exhibition/detail/575 

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