旅は続く、メコン川の静かな朝。 ラオス・アマンタカで見つけた優雅なる日々【東南アジア紀行・後編】

  • 文:倉持佑次
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アマンという存在は、旅の概念を大きく変えてくれる。先日訪れたアマンサラでの体験(極上の休日を求めて、アンコールワットの麓へ。カンボジア・アマンサラで過ごす贅沢な時間【東南アジア紀行・前編】)は、高級ホテルという先入観を一変させ、その土地の文化や歴史に深く触れる旅の本質を教えてくれた。そして今、私はその学びを胸に、次なるアマンの扉を叩こうとしていた。ラオス北部の古都、ルアンパバーンへと向かう機内で、この地に秘められた物語への想いが膨らんでいく。

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カンボジアのアマンサラから、ラオスのアマンタカへ。アマンリゾートを巡る旅は続く。

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世界遺産の街に佇む、静謐なるフレンチコロニアル

メコン川に寄り添うように広がる街並みは、王朝時代からの威厳を今に伝えていた。山々に囲まれた盆地に佇むこの古都は、寺院の尖塔と民家の赤茶色の屋根が織りなす独特の景観を見せている。空港に降り立つと、アマンタカのスタッフが入国審査の列から私を別ルートへと導いてくれる。スムーズな手続きを終えて外に出ると、フレンチコロニアル様式の優美な白壁の邸宅が私を出迎えた。ここから始まる特別な滞在への胸の高鳴りが、静かに募っていく。

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寺院の尖塔やメコン川の流れ、赤茶色の屋根が織りなす風景は、ルアンパバーンならではの景観。

アマンタカは、かつてフランス植民地時代の州立建造物だった場所を改修して生まれ変わったホテルだ。24室のみのこの静謐な空間は、白壁とグリーンの窓枠、そしてオレンジ色の屋根が美しい調和を見せている。玄関をくぐると、天井の高いロビーが私を迎え入れた。「平和なる仏の教え」を意味するというホテル名のとおり、この空間には不思議な静けさが漂っている。

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ロビーの照明から優美に垂れ下がる装飾が、フレンチコロニアルの面影を残す静かな空間に詩情を添える。

滞在したのは、広い裏庭にプライベートプールを備えた「カーン プールスイート」。クラシカルな鍵で開けた木の扉の向こうには、天蓋付きのベッドや籐のチェアが置かれ、まるで昔から知っている別荘のような温かみのある空間が広がっていた。壁には、ドイツ人の写真家ハンス・ジョージ・バーガーが撮影したモノクロ写真が飾られ、ラオスの日常を切り取った作品が、部屋にさらなる深みを与えている。

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グリーンの窓枠が印象的な客室。白を基調とした清々しい空間に、ラオスの伝統的な四柱式ベッドが調和する。

夕食は、庭園に設えられたテーブルで。キャンドルの灯りが夜風に揺れる中、ラオス伝統料理の数々が運ばれてくる。ハーブと野菜を贅沢に使った料理の数々は、海に面していないこの地ならではの、独特の味わいを見せてくれた。「明朝の托鉢は、ホテルの前でご覧いただけます」。食事を終えようとしていた私に、スタッフが翌日の予定を告げる。この神秘的な夜の終わりに、私は静かな心の躍動を感じながら、明日を待った。

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プールサイドのディナー。キャンドルの灯りが水面に映り込み、静寂に包まれた夕暮れの時間を演出する。

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托鉢の朝に始まる、悠久の時を刻む一日

午前5時、アマンタカのスタッフが、あらかじめ準備されたもち米とともに、托鉢の作法を丁寧に教えてくれる。程なくして、オレンジ色の袈裟をまとった僧侶たちが、目の前の通りを静かな足取りで歩みを進めてくる。差し出された食事を恭しく受け取る僧侶たち、その傍らで同じように托鉢に参加する地元の人々。その光景に、仏教が息づくこの街の精神性の深さを感じた。陽が昇るとともに僧侶たちの姿は消え、かわりに街に活気が戻り始める。

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早朝の托鉢風景。千年以上続く仏教文化の営みを、アマンの敷地でも身近に体験できる。

この日の午前中は、ルアンパバーンを巡る。アマンタカが手配してくれたガイドとともに、まずは高さ150mのプーシーの丘へ。328段の階段を登りきった頂上からは、メコン川とナムカーン川に抱かれた街の全景が広がっていた。黄金に輝くワット・シェントーンでは、本堂の壁一面に描かれた極彩色の壁画に息を呑む。ガイドの説明によると、16世紀に建立されたこの寺院は、ルアンパバーン様式の最高傑作とされているという。

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ルアンパバーンを代表する寺院、ワット・シェントーン。幾重にも重なる屋根の曲線美と金箔の装飾が、荘厳な美しさを物語る。

午後は、アマンタカからクルマで10分ほどの場所にある契約農園でのクッキングクラスに参加。水田に囲まれた農園で、ラオス料理の神髄に触れる。バナナの葉で魚を蒸す「モック・パー」や、チキンスープ「ケーン・ソム・カイ」など、4品の本格的なラオス料理に挑戦した。シェフの丁寧な指導のもと、手探りで作り上げた料理は、農園の東屋で味わう。目の前に広がる田園風景とともに、ラオスならではの豊かな食文化を体感する時間となった。

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バナナの葉を敷き詰めたキッチンで、アマンタカのシェフから伝統的なラオス料理を学ぶ。

夕暮れ時、アマンタカのプールサイドは幻想的な空間へと姿を変えた。一つひとつ手作業で灯された灯篭の明かりが水面に揺らめき、その光景は時を忘れさせる美しさだった。この夜は特別に、国立博物館内にあるロイヤル・バレエ劇場の演者たちも登場する伝統舞踊が披露された。インドの叙事詩『ラーマヤナ』を題材にしたパーラック・パーラムの物語が、インドシナの伝統的な打楽器ラナートの音色とともに展開されていく。キャンドルの灯りに照らされた幻想的な舞台に、私は時空を超えたような感覚を覚えた。

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伝統芸能ラオス仮面舞踊の一幕。緑の仮面と金色の装飾が施された衣装が、物語の神秘性を際立たせる。

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大地の恵みに触れる、水と緑の物語

3日目の朝は、特別な場所での朝食から始まった。アマンタカからクルマで約1時間、クアンシーの滝へと向かう。到着すると、すでにスタッフが滝を望む特等席にテーブルクロスを広げ、優雅な朝食の準備を整えていた。シリアルやサンドイッチ、フルーツの盛り合わせを、豊かな自然の中で味わう。石灰華段丘から流れ落ちる滝の音を聴きながらの朝食は、まさにアマンならではの贅沢な時間だった。

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クアンシーの滝。エメラルドグリーンの水をたたえる石灰棚は、ラオスが誇る自然の造形美。

午後はホテルに戻り、充実したウェルネス施設でゆっくりと過ごす。4室のトリートメントルームの一つで、ラオスの伝統的なマッサージを体験。マッサージ、フェイシャル、スクラブなど豊富なメニューが揃う中から選んだオイルを使わない施術は、タイ古式マッサージと日本の指圧を組み合わせたような独特の手法で、筋肉の奥深くまで働きかける手技と心地よい力加減が、凝り固まった心身をじんわりとほぐしていく。穏やかな音楽と、部屋に漂うアロマの香りに包まれながら、旅の疲れを癒した。

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スパトリートメントルーム。窓から差し込む自然光が心地よく、癒される。

最終日の朝、チェックアウト前に地元の祈祷師の方々が集まり、バーシー儀式が執り行われた。バーシーは「バーシー・スークアン」とも呼ばれるラオスの伝統的な儀式で、人生の節目や旅立ちの際に大切な魂を体に留める意味がある。花で飾られた祭壇を前に、私の無事な帰国を願う祈りが捧げられる。参加者全員が祭壇から伸びる白い糸を持ち、祈祷師の詠唱に耳を傾けながら、私の幸せを願って祈りを捧げてくれた。手首に結ばれた白い糸には、この土地の人々の温かな祈りが込められているようだった。

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マリーゴールドの花と白い布で飾られた祭壇を前に執り行われる、ラオスの伝統的な儀式バーシー・スークワン。

カンボジアからラオスへ、2つのアマンでの滞在は、私の中で旅の概念を大きく変えることとなった。それは単に異国の地を訪れることではなく、その土地が紡いできた物語に静かに耳を傾けること。文化や歴史、そして人々の営みに、ゆっくりと心を寄せること。アマンという存在を通して、旅の本質的な豊かさに出会えた気がした。時を忘れて過ごした静謐な空間で、私は新たな旅のかたちを見出すことができたのだ。

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村上春樹が『ラオスにいったい何があるというんですか?』の執筆時に座り、読書に没頭したという同じ場所で、今も多くの人が物語に想いを馳せている。

アマンタカ(Amantaka)

住所:Kingkitsarath Road, Ban Thongchaleun, Luang Prabang, Laos
客室数:24室(全室スイート)
アクセス:ルアンパバーン国際空港より車で約10分
料金:1泊2名利用時 US$1,250~(税、サービス料別、季節により変動)
https://www.aman.com/ja-jp/resorts/amantaka