「料理はもちろんのこと、インテリアデザインから家具、器やカトラリー、スタッフのユニフォームまで。どこを切り取っても、それがどんなもので、どういう意図で選択・決定されたものであるのか、すべて自分で説明ができます」
小林圭シェフがそう話すのは今年3月、虎ノ門にオープンした「KEI collection PARIS」についてのことだ。パリの「Restaurant KEI」で、アジア人として初めてミシュランガイドの三つ星を獲得してから5年。2024年は東京での新たなブランド構築に力を入れた1年だった。
「KEI collection PARIS」は、地上250メートル、天空に浮かぶグリルガストロノミーレストランで、東京の夜景を見下ろすルーフトップテラスには、バーラウンジとインフィニティプールを備える。室内ではゴージャスな夜景に劣らず、フルオープンのキッチンが目を惹き付ける。
「コンセプトは“劇場”です。厨房に立つ料理人たちがパフォーマンスをし、周りでサービス人たちが舞い、お客様にその中で食事をしていただく。お客様が入って初めて完成する空間。21時半になると幕がいったん降り、それ以降の舞台はバーへ。時間ごとに、空間の移動も伴いながら楽しんでいただく、そのありさまも劇場なのかなと」
空間デザインは、これまでにも数々のラグジュアリーホテルなどを手掛けてきたたA.N.D.(乃村工藝社)の小坂竜が担当。エントランスでは、サンルイのクリスタル照明が煌びやかにゲストを迎えいれる。さらに曲線のレイヤーが連なる意匠が、劇場幕を彷彿とさせる。ダイニングや個室には、小林シェフと旧知の仲である写真家・蜷川実花を筆頭にアーティストの作品も展示。空間ごとのテーマに基づくオリジナルサウンドは、大河内康晴が率いる「SOUND CoUTURE Inc.」のクリエイションだ。
厨房内もフルスペック。一般的なレストランにある機材、設備のすべてを揃え、炭火焼きの窯、フランス製のピザ窯なども揃えた。グリエ、ソテー、ポワレ、ロティ、などフレンチの技法に、日本の炭火焼を加え、食材やその状態に応じた火入れを1℃単位の緻密さで微調整し味わいの頂点を引き出す。これが、グリルガストロノミーが標榜するところだ。
「舞台は整えるから、あとは“演者”自身が、なにがベストか責任をもって考えながら、この劇場を完成させてください、というスタンスです」
ここで言う“演者”は、スタッフにほかならない。料理長を務める久保雅嗣シェフをはじめ主要スタッフは、開業前にパリの「Restaurant KEI」の厨房で研修を受けた。
「料理そのものを学ぶというより、“KEI”の哲学を感じてもらうためです。料理は、『Restaurant KEI』のコピーをして欲しいわけではなく、むしろコピーであってはいけない。目指すのは、ブランドの構築なわけですから」
ブランドの構築。この1年、小林シェフの口から幾度となく聞いた言葉だ。「KEI collection PARIS」に加え、六本木「Héritage by Kei Kobayashi」、銀座「ESPRIT C. KEI GINZA」、「ST LOUIS BAR by KEI」と開業が相次いだが、その意図について尋ねられた際の答えである。
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次の世代への継承は、自身の果たすべき責任
「ファッションのグランドメゾンにたとえるとわかりやすい。オートクチュールがあってプレタポルテがあり、ジュエリー、フレグランスなどさまざまな部門があり、総指揮を執るアーティスティック・ディレクターの下、シーズンごとのテーマを表現する、というのを何年も続け、ブランドの哲学を継承していく。そのイメージです」
そこには、やはりゲストの存在が不可欠だという。
「やれ小林はビジネスに走っただとか言う人もいますが(笑)、そもそもレストラン自体がビジネスです。食事に来てくださるお客様がいなければ、1日たりとも成立し得ない」
支払われる代金に見合った商品とサービス──レストランであれば料理と食事を楽しむ時間、アパレルならばウエアやアクセサリーなどを提供したうえで、消えてなくなる物理的なもの以外にゲストの心に価値を残せるのがトップブランドだというのが小林シェフの考えだ。
「たとえば時計でも、車でも同じですよね。買ってくれるゲストがいて、初めて次のものをつくることができる。それを何年も、何十年、何百年も続けるうちに、たとえ時代やモデル、型が変わっても、変わらない核が継承されていく。センセーショナルはやがてクラシックになり、独自の文化を形成していく。そこまできて初めて、ゲストはものがもつ機能そのもの以上に、それが纏うもの、つまり美学や哲学に対価を払うようになる。これが、私が考えるブランドです」
ミシュランガイドでの三つ星もあくまで通過点。高い評価や賞賛以上に小林シェフが執着するものが継承だ。
「いまの自分があるのは、料理に、フランスに出会うことができたから。フランス料理という分野である評価をいただいたならば、もう自分のためだけに料理をすることはできない。次の世代への継承は、果たすべき責任であると感じています」
12月に公開される映画『グランメゾン・パリ』では、料理監修を務めている。リアルな調理シーンなどで料理関係者からの注目をも集めたドラマ『グランメゾン東京』の劇場版は、公開前から話題を呼んでいる。東京でのプロジェクトなど、これまで以上に多忙を極めた時期に大役を引き受けるに至ったのも、継承への想いからだ。背景には、飲食業界の慢性的な人材不足がある。
「映画を通じ、ひとりでも多くの若い人に、レストランでの仕事の魅力を伝えられたらと。もちろん簡単な仕事ではなく、修業は苦しく、なんなら私自身、いまも毎日苦しみもがきながら料理をしている。なにかが完成しても、数秒後には“もっとできたはず”と後悔する、その繰り返しなので。でもその先で、人の喜びをつかむことができる。ガストロノミーはアート。食欲ではなく心を満たすものですから」
ガストロノミーはアート。料理人は自らの手でつくり出したもので、人の心を動かせる、誇らしく、価値のある素晴らしい仕事である。メッセージは同じ。映画で、そして東京に誕生したレストランの場で、そこに集まるすべての人へ、まっすぐに訴え続けている。